第31話 真の覇者

魔族が徒党を組み、一斉に南下中。

その変事は偵察衛星により、瞬く間に人間の知るところとなり、主要各国は対応に追われる事となった。

急ぎ話し合いの場が持たれたのだが、議論は極めて紛糾した。



「何という事をしてくれたのだ! これは貴国の落ち度ではないのか!」


「全くもって非人道的な話だ。労働者と奴隷の区別がついておらんようだな」


「やはり貴国だけに任せるべきでなかった。各国の共同管理下に置かれるべきであり……」



議場を占めているのは罵声である。

戦争の世紀の引き金となりかねない失態を、あらゆる国の指導者や実力者が、当事国の代表を無遠慮に責め立てた。


8カ国で構成されるメンバーからの『指摘』は、実に激しいものだった。

通訳者たちの憔悴が激しい。

よほど汚い言葉で罵っているらしく、品位を損なわない言葉に変換しつつ、発言しているからだ。

その作業も長丁場になれば、疲労してしまうのも無理はない。


散々に叫ばれるトゲと嘲りに満ちた声を、日本からの代表者は首を垂れつつ聞いた。

反論はできない。

強烈な指摘の数々が、一応は筋が通っているからだ。

かといって、標的となっている当人は心中穏やかではない。


ーー我が国に一方的に押し付けておいて……、いざ問題が起これば罵るのか!


日本側は辛抱強く、批判が出尽くす時を待っていた。

形勢不利から脱却するために、最も拙い言葉が現れる事を待ち続けた。

そこを切り口とし、どうにか外交上の譲歩を勝ち取る必要があるからだ。


延々と詰られたままでは国威を損なう。

現実的な落とし所を見つけ出し、損失を軽減する事が彼の仕事であり、怒りに任せて暴れまわる事ではない。

腹中で蠢く怒りを押しとどめ、嵐が落ち着くまで耐えようとした。



「まぁまぁ。お怒りになるのはもっともですが、このままでは解決の糸口など見えませんよ」



妙に冷静で、どこか他人事の色味を帯びた言葉が響く。

それを聞くなり、一同の口舌は鳴りを潜めた。

最強の指導者、世界の大統領とも喩えられる人物に対し、真っ向からぶつかる胆力を持っていなかったからだ。

議場の静寂に満足したのか、彼は日本の代表者に向けて優しく語りかけた。



「日本政府は、この事態に対してどう対処されるのですか?」


「警官隊、および特殊部隊の投入を急いでおります」


「ふむ……。果たしてそれで十分ですかな?」


「現状での最善策であると確信しています」


「連中に敗れれば何としますか。勢いづけば、より強大な集団となり、我ら人類は甚大な被害を被るやもしれませんよ?」


「ですが……」


「皆様方にお聞きしたい。この緊急事態に対し、我らは手段を選ぶべきではないと考えますが……いかがですか?」



その問いについて反論は無かった。

むしろ「異議なし」「甚だもっとも」という、背中を押す声ばかりが聞こえたのだ。


日本の代表者は青ざめた。

先ほどの渡し舟にも似た話題転換は、日本を守るためでは無かった。

混迷する議場において、主導権を握るためのものであったのだ。



「では決まり、という事で問題ありませんな? 私は帰国後、本件について議会に諮ります」


「お待ちください。あなたは一体、何をなさろうと……」


「もちろん、人類の英知の炎にて焼き払うのです」


「まさか、我が国を空爆なさるおつもりか!」


「兵士を送り込めば人的被害は凄まじいものとなります。勝てる保証もない。ゆえに、爆撃という手段を取らざるを得ません」


「ではサイタマに暮らす人々はどうなりますか! 彼らに何の落ち度もない、善良な市民ばかりです!」


「……痛ましい事です。ですが、我ら為政者は時として非情なる手段を用いねばなりません。数十万と数十億。どちらがより重いのかは、比べるまでも無いでしょう」


「そんな、そんな……!」


「神のご加護を」



話は終わりだとばかりに、十字を切って皆が去っていく。

残された日本の代表者は、その後ろ姿を、なすすべもなく見送った。



「……可能な限り、住民を避難をさせなくては」



彼は外交の席での失敗を報告し、迅速なる避難の要請を本国に伝えるのだった。


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