第32話 真の敵

カネナシ勇者一味は、極限状態を迎えている最中であった。

予(かね)てより作業していた『巨大袋』製作のせいではない。

それはすでに完成済みである。


彼らが悩まされているのは飢餓だ。

局地的な食糧難。

不安視されていた生活資金が、とうとう底をついたのである。



「腹ぁ、減ったぁ……」



無音の室内では呟きすらよく通る。

スマホどころかテレビすら消されており、台所も静まり返って久しい。

電気とガスが止められているのだ。

よって文明人からほど遠い生活を強いられており、娯楽に親しむどころか、真冬に暖を取ることすら叶わずにいる。


唯一生き残っているのは水道だが、これもやがて止められるだろう。

もっとも、彼らがその場面を目撃することはない。

その事態より前に、家賃滞納が原因で追い出される事が確実だからだ。



「うっせぇ。腹減って苦しんでんのは、みんな同じだっぺよ」


「異議ありー。賢者さんは高いびき中でーす」


「アイツは頭数に入んねぇべよ」



下宿先の部屋で、4人全員が床に寝そべっている。

空腹、いや餓えが厳しく、もはや生産的な活動は不可能という状態なのだ。

うち3人は憔悴、残りは惰眠。

パーティの全滅は時間の問題だろう。

経済戦争の敗者として。



「なんか、食いもん、買ってきて……」


「バカいうでねぇ。勇者が借金しろってのけ?」


「でも、死んだら元も子も無いじゃないですか。良いじゃない、証文で首が回らないヒーローとか」


「良くねぇべ。越えちゃ行けねぇラインっつうもんがあんべよ」


「越えちゃいけない……ねぇ」



平日の真っ昼間からイイ大人が働きもせず、こうして堕落を貪るのは良いのかと、錬金術師は思った。

そして明日の今ごろには『背に腹は変えられねぇべ』と言って、金策に奔走するだろうとも。

伊達に付き合いは長くはない。

この先の数日間くらいの行動を予測をする事は、彼にとって容易いものだった。


それからもグズグズと、たわいのない会話は延々と続いた。

金策から始まり、食える草やキノコ、昆虫について。

持ち寄られた拙い提案は、糸の切れた風船の如く、部屋の宙を漂っては消えていく。

退屈凌ぎの不毛な会話。

そうやって『最期の刻』が来ることを待っていたのだが……。


3人が耳慣れない物音を聞いた。

全員が満身創痍な体を酷使し、半身だけ起こし、そちらを見た。

眠り姫だ。

賢者(ねむりひめ)が自らの足で立ち上がったのだ。

これまで何度呼び掛けても、9割方は惰眠を優先した彼女が、今この瞬間に目を覚ましたのである。

しかも、彼女なりのキメ台詞付きで。


「んんん、ビビビッと来たぁーーッ!!」


「何ですか、うるさいなぁ」


「ビビビッて何だべ。もしかして……」


「貴様ら、何をノンビリ寝ておる。戦じゃ戦。働きどころを見失うな、さぁ立て、急ぎ駆けるぞ支度せい」


「オレ、走るの、無理だぁ」


「バカも休み休み言うだよ。もう腹に力が入らねぇだ」


「そうですよ。賢者さんは眠りこけてて知らないでしょうけど、僕たち、何日もまともに食事してないんですからね」


「餓鬼めが、だらしない。ならばこれを使うが良い」



賢者はおもむろに自身の胸元をまさぐった。

そして、豊かな谷間より取り出したものを、まざまざと男衆に見せつけた。

一同は目眩ましでも食らったようにして、その目を細める。



「そ、それはまさか、一万円札!?」


「眩しい、目ぇ開けてらんねぇべ……」


「さぁこれで英気を養え。いざ行かん」


「やったぞぉ! 腹いっぱい、食えるぞぉー!」



さっきまでの澱みはどこへやら。

命の炎をエネルギーに変え、速攻で身支度を整え、最速の行軍にて移動した。

街の牛丼チェーン店に。



「い、いらっしゃいませー。ご注文はお決まりですか?」


「牛丼特盛、半熟卵と豚汁頼むっぺよ!」


「オレはカルビ丼特盛、あと牛丼も、食べたいぞぉ!」


「牛丼特盛に、辛味スープと焼き鮭をください!」


「カルビ丼並とツナサラダ。このバカどもを先に。ワシは最後で良いぞ」


「か、かしこまりました……」



店内は一時騒然となった。

それもそのはず、ファンタジー衣装に身を包んだ一行が、随分な意気込みで押し寄せて来たのだから。

端から見ると、年相応のマナーも知らぬコスプレ集団にしか見えない。

そして、そのお祭り騒ぎは、食事が供出されると一層にヒートアップした。



「あぁ、うめぇ! うめぇぞおーー!」


「食べても食べても底が見えないなんて……、特盛とはなんて素晴らしい!」


「沁みるべぇ。腹ん中が縁日みてぇだよぉ」


「貴様ら。あまり浮かれるな。これより大戦を控えておるからな」


「魔族の討伐、ですよね? 問題ないでしょう。警官隊あたりと連携すれば勝てますよ」


「違う。そうではない」


「はぁ? 何言ってんですか?」



錬金術師が賢者に食って掛かった。

言葉以上に目を怒らせて。

腹に食物が入ったおかげか、喧嘩を吹っ掛ける程度には体力が戻ったのである。



「敵を見間違うな。現地に着いたならワシの指示通りに動け。最も幸福な結果を出してやろう」


「敵? それは一方的に侵攻してきた魔族でしょう」


「違う。見当違いも甚だしい」


「だったら何だって言うんですか!」



賢者は『口撃』を浴びせられても怯まない。

呼吸にして2つの間。

賢者の眼は相手の心を貫くような、奥底まで見透かすような鋭さを持った。

むしろ、怯んだのは錬金術師の方である。

賢者はそんな反応に対し、静かに、そして明瞭な言葉で告げた。



「我らの真なる敵は、驕れる者どもじゃ」

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