第28話 おしおきタイム
援軍としてやってきたケンタウロス種だが、とにかく評判が悪い。
特に訓練時だ。
上官であるブライの命には従わず、勝手に動き回る。
言い分としては『鈍いヤツらと動きを合わせられない』との事だが、結局は意に従う事を嫌っているのだ。
これには気の短いブライも幾度となく憤慨し、指導しようと試みた。
だがケンタウロスは俊馬だ。
拳を振り上げた瞬間には、既に逃げられている。
非常に好ましくない状態と言えた。
このままでは軍全体、ひいては国全体に悪影響を及ぼすだろう。
「と言うわけで。魔王さんよ、ヤツラをとっちめてこい」
ブライは魔王の部屋に訪うなり、突然切り出した。
温かい茶をチビりと飲み、口から湯気にも似た白い息を吐く。
その白いものの正体が、実は彼の体内から排出される煙であることを、ヒューゴは知っている。
「とっちめてこいって、僕はならず者じゃあないよ?」
「腕っぷしを見せてこいって事だ。アイツら、ここら辺で最多の種になったからって、調子づいてやがる」
「粗っぽいなぁ。もっとこう、話し合いで穏便に……」
「テメェがそんなんだから舐められんじゃねぇか!」
「ヒェッ!?」
ブライは鬼の形相で立ち上がり、ヒューゴの首を腕で絡めとった。
そして強引に外へ連れ出そうとする。
ヒューゴにとって脱出は容易い。
だが、されるがままで居た。
下手に抜けだそうものなら、より酷く詰られるに決まっているからだ。
「じゃあこれから行くぞ! 心の準備は良いな!?」
「えっと、ケンタウロスさんのところだよね? 修練場……」
「ちげぇよ。森の湖畔辺りだ」
「湖畔……?」
本来なら今ごろは、軍属であれば訓練の時間である。
にも関わらず、ブライが席を外して訪れた事は、どこか腑に落ちなかった。
ケンタウロスの居場所も不自然だ。
この事から、サボり組の対処が最優先になった事を推察した。
真冬の湖畔は冷える。
フラりと遊びに来るような場所じゃない。
ヒューゴは湖畔に辿り着くなり、そんな事を考えた。
自身の体調変化からではない。
寒さに凍え、身震いを止められないブライの姿を見て、である。
ーー早いところ片付けないと風邪ひかれちゃうよ。可哀想だなぁ。
ジックリ話し合う線を捨てようと心に決めるのだった。
2、3回お願いをして、無理なら引き換えそうと。
細かい位置情報を持たずにやってきた2人だが、ケンタウロスたちを探す必要はない。
相手側が目ざとく見つけ、接近してきたからである。
もちろん、親愛からではない。
ヒューゴたちを取り囲み、威嚇するように周辺をグルグルと回るのだ。
特に若いケンタウロスなどは、顔面筋肉を可能な限り動かし、相手を怯えさせようと必死になっている。
にらめっこか。
ヒューゴは思わず吹き出しそうになるも、どうにか耐えた。
「おうおうおう! 魔王様っつうのは良い身分なもんだなぁ? こんな真っ昼間からフラフラお散歩かい?」
例によって、ケンタウロス・リーダーがからんできた。
背中の包帯が痛々しい。
ヒューゴはそちらを軽く見やりながら、リーダーとの対話に応じた。
「ええとね。訓練に戻ってもらえるかな。みんな困ってるみたいだし」
「カァーッハッハ! 何だそのクソみてぇな台詞! テメェも魔王だったら、力づくで『お願い』してみろよ!」
ヒューゴたちに対する囲みがにわかに広がる。
さらには10人とも矢をつがえ、構えた。
標的は主人ヒューゴとその部下ブライである。
しびれを切らした部下のおじさんは、気弱な主人に激しく詰め寄った。
「小バカにされてんじゃねぇ! 魔王だろコラ! いっそ皆殺しにしちまえよ!」
「そ、そんな事言ったってぇ!」
「……たく、しょうがねぇなぁ」
「やっぱり荒事は良くないよね。話せばきっと分かってくれるよ」
「はいシーン13のカット1。よぉい……」
「えっ。えっ、ちょっと待って!」
「スタァーートッ!」
ブライの両手が大きな音を立てた。
それは役者スイッチの合図。
よく訓練されたヒューゴは、真面目に、何ら取りこぼしなく残忍な王に変化するのだ。
「クワーッハッハッハ! 木っ端どもが、その程度の力で我に逆らおうてか!」
「な、なんだコイツ……急にヒトが変わりやがった!」
「ふん、強がりに決まってる。撃ち殺しちまえ!」
「ええ!? 親分、さすがにそれは……」
「やれったらやれ! 弱ぇヤツの軍門に降ったとありゃあ、先祖に顔向けできねぇぞ!」
致命なるブツリヌスの毒矢。
リーダーが率先してそれを射かけると、彼の配下もそれに倣った。
多方面から放たれた10の矢。
死角、遮蔽物ともに無い。
ヒューゴは避けるでもなく、拳でしたたかに地面を叩いた。
「フンッ!」
野太い声に地響き。
次の瞬間、土砂が理(ことわり)を無視して、空に向けて駆け上がって行った。
まるで間欠泉のようだ。
その勢いは凄まじく、大振りの矢すら弾く程であった。
「そ、そんなバカな!?」
「ゲホッゴホッ! 砂煙が…!」
土砂は防御の為だけに使われたのではない。
目眩ましだ。
勢いを失って落下した小砂利が辺りを漂い、ケンタウロスたちの視界を奪い去ってしまった。
いかに俊足といえど、動けなければ意味を成さない。
「覚悟は良いか、反逆者どもめ!」
ヒューゴはいつのまにか、包囲の外側に抜け出していた。
それからは一方的な蹂躙劇(じゅうりんげき)となる。
魔王の拳打は凄まじい威力を誇り、数百キロはあるケンタウロスを、土塊同然に殴り飛ばしたのだ。
そして狙い済ましたかのように、敵を湖へと落下させる。
倒し方にこだわる余裕すらみせた。
「ヒューゴ! テメェだけスッキリすんじゃねぇぞ!」
囲みの内よりブライも参戦した。
彼もまた強者である。
重量のある敵を蹴り飛ばし、やはり全てを湖に突き落とした。
そして、それほど時を待たずして、ケンタウロス隊は全滅したのである。
「たす、助けて! 溺れる!」
彼らは地上戦は得意とするが、泳ぎが不得手であった。
体の形状が泳ぐのに適していないからである。
ひとり、またひとりと湖面の底へと沈んでいく。
ヒューゴはその様子を眺めるうち、役者スイッチが切れた。
となると、再び顔をみせたのは、普段の善良なる魔王である。
「た、大変! 助けなきゃ!」
「良いんじゃねぇの? みんな死んじまってよぉ」
「ダメだって! ブライさんも手伝ってよ!」
「……ったく。めんどくせぇ」
こうして無事、ケンタウロス隊は救出された。
魔王自らの手で怪我の手当ても為された。
これには不遜(ふそん)な態度に終始していた全員が一変、王の為には死も厭わない兵となるのである。
そして、自らが王の騎馬となることを最高の誉れとし、以後そのように務めを果たすことになる。
生半可な馬より遥かに上等なものだ。
ヒューゴは後に語る。
ーーあれ、凄く恥ずかしいんだ。おんぶみたいでさ。皆が頼むから断らなかったけど。
配下が心を入れ換えたとて、王は別の悩みを抱くことになるのだった。
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