第27話 頭痛の種

撮影村からは、一部の魔族が魔界(こきょう)に帰還する事となった。

その数は人口の2割に相当し、およそ100名。

それと引き換えにやって来るのは戦闘型の10余名。

内政担当のエクセレスと、検討に検討を重ねた結論である。

生産者を減らし大飯喰らいを呼び込むのだから、これくらいの交換レートになってしまうのも仕方がない。



「それじゃあみんな。向こうでも頑張ってね」



帰還当夜、ヒューゴ自ら見送りに出た。

リスト入りしたメンバーの様子も様々で、里帰りを喜ぶ者やら不安に沈む者など、多面的な雰囲気だった。

そんな喜びを分かち合い、或いは勇気付けるようにして声をかけていく。



「ゴルゴナさん。あっちでも元気でね」


「はい。重ね重ね、魔王様にはお世話になりました。いつの日か、必ずやこの大恩に見合うお返しを……」


「いやいや! 気にしないでよホント! 全然大丈夫だから!」



ゴルゴナと呼ばれた淑女は二重人格だ。

普段は大人しいが、何をキッカケに暴れだすか不明な女である。

ヒューゴは爆発物処理、あるいは立て籠り犯と向き合う交渉人のごとく、極めて慎重に言葉を選んだ。


それからも相手を変えて挨拶を続けた。

大抵が非戦闘員、あるいは老人である。

彼らは皆、温厚であり、和やかな雰囲気の中で別れが惜しみ合った。


しばらくの間そうしていると、犬人種の一家に出くわした。

かつて処刑の憂き目に遭った、あの母子たちである。

墓場で盗みを働いた兄妹も、生活水準があがったせいか、随分と血色が良くなっていた。

そして元気一杯フルチャージ。

子供に相応しいエネルギーで駆け、背後に母を置き去りにし、ヒューゴの胸元に勢い良く飛び込んだ。



「魔王のアンちゃん! 魔界に返してくれてありがとうな! ほら、グレースもお礼言えよ!」


「マオーのアンチャン。どぉも、ありがとうございます!」


「あはは! 元気そうだね。お母さんもお加減はどうですか?」


「ええ。良き治療師を手配していただけましたので、すっかり回復しました。復職の許可もいただきましたし。なので、これから陛下のお役にと思っていた矢先に、魔界へ戻るのは心苦しくあります……」


「気にしないで。こんな幼子がいるんだから、安全な所で暮らしていて欲しい。家族仲良く平和に。もし僕に恩義を感じたなら、それを忘れないで」


「はい……。忘恩の狗(いぬ)とならぬよう、心に誓います」



ヒューゴはこの母子がどんな日々を生きてきたのか、何も知らない。

それでも、最善の暮らしを提供したつもりであるし、実際に子供たちは魔界への帰還を心から喜んだ。

これが正しい選択であったのかと迷うことを、彼は止める事にしている。


その頃、場の状況は大きく動いた。

周囲が騒がしくなり、群衆は空に向かって指をさした。

口々に『門だ、門だぞ!』と叫んでいる。


人間世界と魔界を繋ぐ、魔大門が出現したのである。

夜空に張り付けたように、だが重々しい門が静かに開く。

その内より、濃紫に染まる瘴気が溢れだし、宵闇の空に馴染んで消えた。


地上の一同は息を飲んだ。

それはヒューゴとて変わらない。

だが彼の緊張は、最初に現れた人物を見ることで、すっかり氷解する。



「インテリウス! インテリウスじゃないか!」



それはかつて袂を分かった友である。

ある意味では親兄弟よりも親しんだ相手だ。



「ヒューゴ。久しいな……という程、離れてはいなかったか」


「いやぁビックリした。そういや君の家業は門番だったよね。お父さんは来てないの?」


「あの親父なら、今ごろ飲んだくれている。人使いが荒い上に本人は自堕落。アレは救えん」


「まぁまぁ。ニンゲン世界に来るとき、渡航費用を出してくれたじゃない。その為に無理をして働いてくれたんだから、ね?」


「分かっている、分かっている。これからしばらくはオレが家を支える。だが、腹は立つ」



2人が苦笑を交換する。

間柄はあの時のまま変わりが無かった。

共に同じ夢を追いかけていた頃と。

ヒューゴはそれがどうにも嬉しくて、掛け声も景気の良いものとなる。



「さぁさぁ。早いところ魔界に戻って! 向こうに着いたら、魔県庁の魔役場での手続きを忘れないでね!」



帰還組は整然とならび、ヒューゴとインテリウスに一礼をした後、門の中へと消えていった。

ひとり、またひとり。

そして、最後の帰還者が入った。


すると、これまでとは逆に、中より逞しい魔族たちが姿を表した。

最初に出てきたのは、馬人(ケンタウロス)種。

上半身は偉丈夫。

下半身は俊馬。

大きな弓と巨大な矢を背負っている。

そんな魔族が10人ほど門より現れ、辺りの空気を一変させた。


ケンタウロスの一団が広場に整列するなり、1頭がヒューゴの方へと歩み寄ってきた。

身体が一際大きい事から、群れのリーダーであることが見てとれる。



「アンタが魔王さんかい? 何だか頼りねぇなぁ」



その男が言うと、群れからは嘲笑う声が少々あがる。

彼らは基本的に気性が荒い。

暴れ馬のごとき覇気を、その身に宿しているからだ。

もちろん好戦的でもある。



「ケンタウロスの矢、致命の矢『ブツリヌス』を受けてみる勇気はあるかい?」



その男は文字通り、ヒューゴに向かって弓引いた。

ケンタウロス種が誇る毒矢だ。

門外不出の猛毒が矢じりに仕込まれており、さすがの魔王種といえども平気とは限らない。


このときヒューゴは内心、気が気じゃなかった。

叶うことなら両手を地に着いて、心当たりの無い非礼を詫びたかった。

だが、毅然とした態度を崩さなかった。

ヒューゴのすぐ後ろには、毒矢よりも恐ろしい男が控えていたからだ。


炎狼の魔人ブライだ。

彼の凄まじい眼力、視線で殺しにかかるほどの重圧が、主人の行動を抑制しているのだ。


ーー情けねぇ真似すんじゃねぇぞ。後々面倒になるからなオゥ。


そんな言葉を言外に伝えるかのように。

もちろん、今やブライはヒューゴの手下である。

だがそんな関係性になっても、ヒューゴはこの荒神のような男が苦手だった。

未知なる恐怖より、確実な恐怖を回避したのである。


致命の矢は未だにつがえられたままだ。

キリキリと弦の軋む音。

それが夜の静寂を切り裂いた。


射つのか。

それとも、射たぬのか。

皆が片時も目を離すことなく、固唾を飲んで見守っていると……。



「あいよ、ゴメンなっせぇー!」


「はいよ、ゴメンあっさっせぇー!」



門の内より新たに、何者かが飛び出した。

そのまま弓を引き絞っていたケンタウロスに飛び蹴り。

両者の一撃はほぼ同時で、まさに完成された動きであった。


その攻撃を、死角から受けたケンタウロスは溜まったものではない。

構えは強引に解かされ、虚空に矢を打ち上げただけでなく、自身は地面に寝転がされる羽目になった。


窮地を救うようにして現れたのは獅子人(ライオネル)種の男女だ。

こちらはケンタウロスのように反抗的な態度はとらず、真っ先にヒューゴへ向かって挨拶をした。



「魔王様、お初にお目にかかります! ライオネル種のライネス!」


「魔王様、お初でございます! ライネスが妹、ライネリア!」


「2人合わせてぇ」


「ライオネル最強!」


「白夜兄妹にございまぁす!」



ライネス兄妹が、決めポーズで体を止めた。

兄は地を這う獅子の如く。

妹は空を舞う鷲(ワシ)の如く。

しばらくの間、ライネスたちは制止した。

それはヒューゴたちも同じだ。

誰一人動けない。


ーーどうすんだよ、この空気。


そんな声が聞こえてきそうな静寂であった。

だが、その空虚な時間も、突然に破られる。

兄妹から一撃を受けたケンタウロスが、体をフラつかせながら起き上がったからだ。



「テメェら……死ぬ覚悟は出来てんだろうなぁ、アァ!?」


「ライネリア。次の仕掛け、あと何秒後だい?」


「ライネス。あと、5秒後かなー?」


「ゴチャゴチャぬかしやがって! 致命の矢を喰らえ……」



怒りに身を任せ、ケンタウロスが再び弓を引こうとしたその時。

虚空に打ち上げた矢が、彼の背中へ落下し、見事に突き刺さったのだ。

もちろん、矢じりには毒が仕込まれている。


それから待っていたのは大騒ぎ。

泡を吹いて倒れるケンタウロス・リーダー。

解毒剤を取りに魔界まで戻る、ケンタウロスの若者衆。

その姿を指差して笑うライネス兄妹。

頭を抱えるインテリウスに、右往左往するヒューゴ。


その大騒動は、炎狼ブライによる叱責の後、収拾を見せた。

魔界より持ち込んだ解毒薬、そしてヒューゴの回復魔法を兼ね合わせる事で、事態は無事終息を迎えたのだ。


ーーこれは先が思いやられる。


それはこの場に居合わせた、ほぼ全員が思った言葉である。

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