第26話 侵略計画
午前、魔王の自室。
食卓にはブライとエクセレスが、ヒューゴと向き合うようにして並んで座る。
リリアムから出された茶を楽しみながらだ。
外は完全に雪景色。
暖かい飲み物が染み入る季節である。
「今日もご苦労様。それじゃあ早速……」
ヒューゴが2人を促した。
これは単なるお茶会ではなく、定例報告の場である。
口火を先に切ったのは、軍事担当のブライだった。
「軍の編成は順調だ。近接攻撃、遠距離攻撃の得意なものに分けた。弱い個体でも足の速いもの、目端の利くものなんかも、今後は組み込んでいくつもりだ」
「どう、うまくいきそう? ちゃんと命令を聞いてくれる?」
「たぶんな。まぁ、ちっせえ喧嘩ぐれえはあるがな。そんなもんは軍隊じゃ珍しくはねえ。大筋ではまとまっていられるよ」
「ありがとう。引き続きよろしくね」
ブライは強く鼻息を吐いた。
まるで己の手腕を、口に代わって自慢するかのように。
ヒューゴはここで目線を隣に移した。
今度は内政面の話。
エクセレスも報告したくて仕方ないのか、手元の竪琴を小さく鳴らし、調弦に余念が無い。
「じゃあ、次はエクセレ……」
「はぁいヒューゴ様ぁ、お待たせしておりまぁーーす。内政面は芳しくございませぇーーん」
「ありがとう、順調……じゃないの!?」
「今しがたぁ、左様に申し上げましたーーぁ」
「その割には楽しげに言うんだね。てっきり逆の報告だと思ったよ」
「ワタクシは歌を愛してるのでーーぇ。このようにぃ、ついつい喜びを押し隠したままでのぉ、お話となりますよぉーーぉおい!」
エクセレスの歌に乗せた報告は、聞き取る事が難しかった。
聞き返す事数度。
それでどうにか、この地域の現状を把握することができた。
深刻な物資不足に陥っている。
ニンゲンの残していった食料や燃料はあるものの、冬を越せる量には足りない。
物流はニンゲン側が支配しているので、今後どれほど待っても品が村に届くことは無い。
どうにかして新たに食料を手に入れなくては、飢えを待つばかりだ。
そして薪などの燃料問題も深刻だ。
今のうちに手を打たねば、やがて凍死者が続出するだろう。
自身は氷攻撃に耐性を持っているが、皆が皆そうでない事は、予め把握済みである。
「じゃあ……備蓄があるうちに、急いでその辺を対策しないとね」
「食いモンにしろ木材にしろ、収集場所を探さねぇとな。訓練がてらに探してやる」
「ありがとう。作業人員の選出はエクセレス、君に任せたからね」
「承知しましたぁーーぁあぃ!」
「魔王さまよぉ。オレらもがんばっから、アンタもちゃんとやれよ?」
「うん。分かってるよ」
やがて2人は立ち去った。
一抱えはあるだろうリストを残して。
ブライが最後に告げた『ちゃんとやる』べき仕事である。
「住民の入れ換え計画……ねぇ」
この界隈に移り住んだ魔族たちは、皆がみな戦上手とは限らない。
戦闘行為に耐えうるのは全体の半数くらいだ。
残りは非力な女性や子供であり、彼らは例の計画にそぐわない人材なのだ。
ーー人間世界の征服計画。
魔族は、特に戦闘型は強靭であり、脅威的な神通力を有している。
単純な戦闘力でいえば、地上で最も強い集団なのだ。
だが、それでもニンゲンには叶わないだろう。
科学という名の尋常出ない知識から、強力な兵器を数多く有しているのだ。
伊達に『霊長類の長』を謳ってはいない。
現状では、魔族側の不利。
その戦力比をひっくり返すべく、魔界の住民と入れ換える作業をしなくてはならなかった。
「ううん、家族が離ればなれになるのは厳しいかな。すると、まずは独身の人に絞ってみるかな……」
単純な名簿の入れ換えでは済まない。
何せ、こちらに移り住んだ魔族は、大抵魔界に戻ることを躊躇(ためら)うからだ。
出戻り組に対する風当たりは強い。
家族同士で離さないのも、そういった理由から来ている。
戦力、生産者としての役割、家族やコミュニティ。
溢れ者を探そうとするが、容易に見つけ出すことが出来ない。
ヒューゴの書類と向き合う日々は長らく続いた。
明くる日に、ある女性が魔王の部屋へとやってきた。
年の頃は20歳前後。
肌は十分な手入れがされ、身だしなみに気を遣っている気配がある。
「お茶どうぞ」
「ありがとうございます」
リリアムはあらぬ方を向いて、器をテーブルに置いた。
手探りで出したせいか、淵から少し溢れてしまった。
だが、それに気付かず、リリアムは粗相を詫びもせずに奥へと引っ込んだ。
「アニィ。この女性はゴルゴナさんでさぁ。どうしてもお会いしたいというので、お連れしやした」
カリンは紹介した女性の隣に座っているが、彼女の方を見ようとはしなかった。
伏し目がちで、自分の指先をジッとみている。
そしてそれからも、一向にゴルゴナの方を見ようとはしなかった。
「ええと、初めまして。僕がヒューゴだよ」
「ご多忙の中、大変恐縮でございます。蛇女(へびめ)種のゴルゴナと申します。以後お見知りおきを」
「そうなんだ。所でカリン。その態度は失礼過ぎるんじゃないか?」
「えっと、そのう……」
「話すときは相手の目を見る。それは最低限の礼儀だよ」
「アニィ。この女性はメデューサですぜ? 見るものを石像にしちまうっていう、あのメデューサですぜ?」
「えぇ……?」
ヒューゴは改めて女性の顔をまじまじと見つめた。
幾重にも重なる蛇の体の隙間に、美しい瞳を見た。
青みを帯びた、さながら静かな湖面のようなもの。
見つめあうこと、しばし。
ヒューゴの体に異変は無い。
ゴルゴナは、少しだけ寂しそうな顔で笑う。
「……別に、何ともないけど。何の違和感も起きてないよ」
「そ、そうなんですかぃ?」
「ヒューゴ様のおっしゃった様に、私にはそのような力はございません。かつて演じた役により、そのような噂がありますが……」
「えっとぉ、では、ゴルゴナさん。あなたにゃあ、他人を石にする能力はないって事ですかぃ?」
「ええ。ご安心ください」
「ほぉーー。そうとは知らずに、失礼しやした!」
カリンは慌てて頭を下げた。
ゴルゴナの方はというと、怒ってはいない。
ただやはり、寂しそうに笑うだけだ。
「それで、今日はどんなお話かな? 雑談のため……という訳じゃ無さそうだね」
「はい。恐れ入りますが、私を『帰還組』に編入してはいただけませんでしょうか」
「魔界に帰るグループだよね。それは構わないけどさ……君は織物が得意だって聞いてるよ。出来れば服飾担当として、こっちで頑張って欲しいなぁ」
「身に余る光栄にございます。なれど、私は戦う術を持たぬ女。今ばかりは、魔王様にとって不要な人員にございましょう。肩身が狭くなる前に、自らの意思で戻りたいと存じます」
「うーん。そっかぁ。惜しい気持ちもあるけど、本人の気持ちが一番大事だよね」
「お聞き届けいただけますでしょうか」
「もちろんだよ。今度魔界へ一斉に送り返すから、君もその時に帰ると良い」
「ありがとうございます。何とお礼を申し上げれば良いやら」
「止めてよ。大袈裟だってば」
深々と頭を下げるゴルゴナを見て、ヒューゴは感じ入った。
なんて礼儀正しい女性だろう、と。
少なくとも、常時から歌を歌う女だったり、鼻息で会話しようとする男よりはずっと良い。
ーー噂なんて当てにならないな。とても柔和な女性じゃないか。
そんな事を、蛇で埋め尽くされた頭頂を見つつ考えた。
帰還組の選出は難航している。
なのでヒューゴは、彼女の才を惜しみつつも、自ら名乗り出てくれた事に感謝した。
「でも、そうすると、別の人を魔界から呼ばないとね。織物が得意な人をさ」
「だったら、アラクンナさんじゃないですかい? 彼女の作る布地と言ったら、そりゃもう絶品で……」
その時だ。
テーブルが力強く叩かれた。
3人のお茶を入れた器も大きく揺さぶられ、そのうち1つが倒れた。
叩いたのはゴルゴナだ。
先程までの淑女然とした態度は一変し、怒りの形相へと変貌した。
さらに頭の蛇も、宿主の心を反映してか、その身を激しく蠢かせている。
「おうおうおう! 黙って聞いてりゃ猫野郎! アタシよりあの小娘の方が上手だって言いたいのかいオウ!?」
「いやいやいや! 滅相もねぇですよ! アッシはただ、布を任せんならアラクンナさんが良いかなって……」
「ふざけた事ぬかすんじゃないよッ! アイツにアタシの代わりが務まる訳ねぇだろうが!」
「でも、誰かに服は作ってもらわなきゃ……」
「うるっせぇーーッ! テメェを石に変えてやろうかッ!」
「やっぱり能力があるんじゃないですかぁ!」
カリンは逃げた。
そしてリリアムも巻き込んだ。
すかさずゴルゴナが追う。
逃走劇は場を外に変えて続けられた。
必死の形相で逃げる2人。
それを怒り狂って追い回すゴルゴナ。
さらに、遊びと勘違いしたチーサが、それらの背中に続く。
追いかけっこは延々催され、最終的にはチーサだけが生き残った。
他3人はというと、駆け通しで疲労困憊という有り様だ。
折り重なるようにして地面に崩れた。
恐るべきは子供のエネルギー。
チーサだけは興奮覚めやらず、全ての頭上をモチッモチッと跳ね回った。
その一部始終を、ヒューゴは室内の窓からずっと眺めていた。
「……噂ってのも、案外デタラメじゃないんだねぇ」
ヒューゴはリストを取りだし、開いた。
そしてゴルゴナの名を見つけ、その隣に『帰還』と書き込む。
あんな激しいヒトを故郷に送り返すべきか否か迷うが、本人の希望通り、魔界にて頑張って貰おうと思うのだった。
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