第25話 先の見えぬ闘い

毎日のように目まぐるしい変化の起こる魔王軍だが、その頃勇者たちはというと、チマチマだ。

チマチマ、チマチマと極めて地味な日々が続く。


室内には巨大な絨毯のごとく、なめし革が一枚。

もちろん、これは繋ぎ合わせて拵(こしら)えたものだ。

完全なる手作業によって。



「かってぇな。針が……通んねぇべ」



百円ショップで用意した裁縫セットでは、作業が捗らなかった。

いや、針に責はない。

錬金術師により特殊加工がされているため、強度は相当に高められていた。

ただでさえ革に針を通すのは困難であるのに、それが輪をかけて作業を難航させるのだ。



「錬金よぉ。これ、何度やっても上手くいかねぇべ。戦士も全然ダメだっぺよ」


「オレたち、役に、立ててないぞぉ」


「もぉ……。何で分からないんですか! トンと置いてスフィッとやれば簡単じゃないですか!」


「その、スフィッが、わかんねぇぞぉ」



3人がかりで製作に挑む。

だが、実質は1人作業だ。

職業上のアドバンテージを持つ錬金術師は、滑らかな指使いを駆使して、順調にこなしていく。

しかし名プレイヤーは必ずしも名監督とは限らない。

彼の指導は雑であり、仲間たちの成長を促す事は出来なかった。


手伝いとして駆り出された勇者と戦士は、酷いものであった。

やるべき事はひたすら革を縫い合わせるだけ。

だが、話の単純さに比べて、実務は極めて難易度が高い。

単純な筋力には自信があっても、この場面においては何の意味も成さなかった。



「勇者ぁ。腹ぁ、減ったぞぉ」


「我慢しろって。オメ、痩せねぇとダメだど?」


「とか何とか言ってぇ、単純にお金がないだけじゃないです?」


「余計な事言うんでねぇ」



戦士は現在ダイエット中である。

愛用する鎧が、あろうことか贅肉で装着出来なくなってしまったからだ。

戦人の風上にも置けない。

防具無しで戦う訳にもいかないので、死にたくなければ痩せるしかないのだ。

ダイエット・オア・ダイである。


それから金銭事情。

こちらも致命的な問題である。

何せ唯一の収入源であった、料理教室のアルバイトを辞してしまったからだ。

気の乗らない職場だったとは言えど気が逸りすぎた。

せめて確たる異変が起きてから動くべきであったと、今にして思うのだ。



「賢者はまだ寝てんのけ?」


「そうですね……。いい気なもんですよ」


「ほんとは、起きてんじゃ、ないのかぁ?」


「そもそもよぉ。コイツが焚き付けっから、こんな事になってんのによぉ」



勇者は苛立ち半分で部屋の片隅、別名『乙女の寝所』へと殴り込んだ。

その手狭なスペースを独占し、寝転がる淑女が1人。

仕事や家事はもちろん、目下対応中の作業すら手伝うことなく、朝から晩まで眠るばかり。

それは不穏な空気の漂う、この瞬間でも変わらない。



「おう、賢者よぉ。いい加減起きたらどうだべ?」



反応はない。

彼女の口元に耳を近づけてみる。

スピィ、スピィと、鼻通りの悪い風音が聞こえるだけだった。



「この、いい加減に……」


「勇者さん! そんなの放っておいて、こっち手伝ってくださいよぉ!」



賢者への詰問は中断され、再びお裁縫の時間となった。

空気は重たい。

終始無言のまま、ただひたすらに針を進めていく。

軽口すらなく延々にチマチマと、チクチク縫い続ける日々が続いた。


作業の後半にもなると、勇者たちはさすがにコツを掴み、進捗状況は大幅に改善された。

ようやく皆の表情に笑顔が戻る。

そして……。



「よし! 最後の縫合終わり!」


「やっと終わったなぁー」


「オレもう、指が、痛いぞぉ」



相当な面積を誇る1枚の革が出来上がった。

流石に東京ドーム何個分、というほどでは無いにしても、部屋のなかで広げる事は不可能な程度には大きい。

心地よい達成感。

そして、これまでに無い解放感が押し寄せてくる。

戦士なんぞは目頭が熱くなったのか、乱雑に目元を拭った。



「さてと。じゃあ次はこれですね」


「……はぁ?」



余韻を愉しむ間もなく、錬金術師は大量の革を取り出し、部屋のど真ん中に置いた。

もちろん全てが特殊加工を施された後である。



「これ、なんだべ?」


「何って。今のと同じ物をもう1枚作るんですよ。完成した大きな2枚の革を縫い合わせて袋にするんですから」


「オメ、ふざけてんだべ? コレをもう1個作れってのけ?」


「そうですよ。更にそこから、今言った通り、完成品を縫い合わせますから。まだまだ折り返しにすら達してませんからねー」


「……こんなの、生き地獄だっぺ」


「魔界の方が、よっぽど、過ごしやすそうだぁ」


「さぁさぁ。口よりも手を動かしてくださいよ!」



こうして、無限に思える作業は再開された。

チマチマ、チマチマ。

彼らはただひたすらに、針と向き合う日々を送るのだった。


急速に発展していく、魔族の国の事など知らずに。

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