第24話 密命

国と呼ぶからには、当然だが統治機構が必要となる。

内政や軍事、外交の適任者を探しだし、体制を整えなくてはならない。

だが、残された魔族は皆が一般人。

つまりは素人集団だ。

ゆえに抜擢の方法も大雑把となる。



「ええと、軍事のトップはブライさん。それから、内政のトップはエクセレスさんにお願いするよ」



魔王は自室に2名の人物を呼び出して、唐突に告げた。

式典といった盛大なる催しはなく、ただ何となく叙任したという形だ。

見ようによっては非礼極まる人事。

だが炎狼のブライは、満更でも無さそうに気を吐いた。



「まぁ、しゃあねぇな。ビシビシと若ぇヤツらのケツを叩き回ってやる」



妖魔(デモノニア)種のエクセレスは、自慢の歌声を披露しつつ、軽やかに答えた。

手元の竪琴を掻き鳴らしながら。



「仕方ないですねーぇ、ワタクシのぉ極めて貴重な知識経験がぁ役に立つのならーぁ。お力になりまっしょーーーぉおい!」



割と五月蝿い。

ブライは露骨に顔を背けるが、彼女は全く気にした様でない。

ちなみにエクセレスは、傍目から見ると、知的なニンゲンの女性にしか見えない容貌をしている。

絹のように滑らかな長髪。

涼しげな切れ長の眼は概ね閉じられており、気品と知性を感じさせる。

実際彼女は知恵者であり、あまねく楽曲を奏でるため、民俗学や風俗に精通している。

ヒューゴの知る中では、もっとも内政向きの人物なのである。



「何かあったら相談してね。出来る限りの事はするから」


「おっしゃ! 早速竜人どもを集めて組手だ、組手!」


「ワタクシのぉー知人友人をぉーかき集めまっしょーーぉおぃ!」



意気揚々と去る2人。

ヒューゴはその背中を見送ると、ようやく肩の荷を降ろした。

まだ統治者になって半月も経たないが、早くも疲労困憊(ひろうこんぱい)してしまっている。

何かトラブルがあると、王自らがその場まで出向いて決裁していたからだ。


こうなると毎日が闘争だ。

麓の民はアレが困ったコレに困ると言い、血気盛んな若人はニンゲン世界に攻め入ろうと不穏な動きを見せ始めた。


今のところ、誰もがヒューゴの言葉に従ってはいるが、全てを統率し続けるのにも限界はある。

故に役割を分ける事にした。

今の2人が適任かは分からないが、しばらく様子を見るしかない。



「さてと。庭の野菜でも見に行こうかな」



身の回りの事は家族だけで対応しようと決めていた。

なので、家庭菜園の世話は自身かリリアムの役目である。

チーサも一応は手伝っているつもりでいるが、葉に溜まる夜露で遊ぶばかりである。



「チーサ、居るかい?」



庭からは楽しげに遊ぶ声が聞こえる。

それには不審に感じた。

もう1人の声が、耳慣れぬものであったからだ。

リリアムでもカリンでもない。

となると、来客という事になるのだが、そのような予定は聞かされていなかった。



「ええと、お客さんですかぁ?」



ヒューゴは問いかけつつ、そちらへと向かった。

そこに居たのは老いた魔族である。

体格は小柄で、撫で付けた髪は全て白い。

好好爺(こうこうや)なのか、澱みの無い笑みをたたえている。


だが、ヒューゴはその人物を見た瞬間、反射的にひざまづいた。

意識的にではない。

なぜか、無礼を働いてはいけないと、直感で感じたのだ。


その時になって、老人はヒューゴの存在に気づき、優しげな声を発した。



「突然の来訪、失礼する。そなたが魔王ヒューゴ君かな?」


「さ、左様でございます!」


「固くならんでも良い。中に入れて貰っても?」


「ハハッ。お言葉にはございますが、見た目の通り老朽化激しく、願わくば麓の館の方へ……」


「良い、良い。1度ここへ入ってみたかったのだ」


「……では、仰せの通りに」



魔王自ら老人を招待し、室内へと招待した。

折り悪く、リリアムにカリンは不在である。

ブライやエクセレスも、麓の辺りを奔走している頃だ。

唯一の仲間はチーサのみ。

だが彼女は状況を全く理解しておらず、主人の肩に飛び乗ってはモチモチと転がる。

頼もしいような、腹立たしいような気持ちを抱きつつ、接待は始められた。



「さてと。まずは自己紹介から。いつまでも謎の爺では、そなたも具合が悪かろう」


「いえ、そのような事は……」


「ワシは、魔界より来た、魔総理大臣じゃ」


「まっ……!?」



只者ではないとは思っていたが、そこまでの大人物とは考えもしなかった。

額を床に擦り付けんばかりに、ひたすら平身低頭した。


ちなみに魔総理大臣とは、魔界指導部の頂点である。

魔元老院メンバーで構成された魔内閣の筆頭であり、あらゆる魔のつく魑魅魍魎(ちみもうりょう)どもを束ねる貴き者だ。


ヒューゴは得心がいく。

この威圧感。

そして懐の深さ。

そのシワの深い頬をチーサが歯を立てようとも、全く格好を崩さないのだ。


不躾な子を手元に戻し、本題に移る。



「さて、ワシがわざわざ足を運んだのは、酔狂のせいではない。こう見えて多忙な身の上でな。手短に済ませるとしよう」


「ハハッ。いかなるご用命で」


「ニンゲン世界にはそなたらを始めとして、少なくない魔族が移り住んでおる。自ら赴いたもの、魔界より連れ去られたものと、経緯に違いはあれどもな」


「私は前者にございます。叱責や罰などございましたら、いかようにも……」


「急(せ)くな。咎める為に遙々とやって来ぬわ」



微かに微笑んだのを見て、ヒューゴの気持ちは少しだけ緩んだ。

だが、次の瞬間、老人は凄まじい覇気を放った。

ヒューゴは悲鳴をあげそうになるのをどうにか堪え、言葉を待つ。

年季の入った口から伝えられた言葉は、予想だにしないものであった。



「魔王ヒューゴよ。そなたに密命を授ける。この地に住まう者どもを率い、ニンゲン世界を支配せよ」

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