第22話 猛き王であれ

『魔王城』の中で、1枚の毛布が震えている。

小刻みに延々、ブルブルがたがたと、そこそこの不規則さで。

包まれるは魔王ヒューゴ。

彼は一日中うわ言を呟きながら、ひたすら無為に時を過ごしていた。



「あぁ、僕は何て事をしてしまったんだ……」



先日の広場での一件から、彼は働くこともせずに、自室にスッカリ引きこもってしまった。

人間への反逆。

それはタブーの筆頭格、最大級の犯罪であり、悪名は原野の火のごとく広がっていくだろう。

つまりは役者生命の完全なる断絶。

それどころか、場合によっては討伐対象にも成りうる。


こうなっては命長らえる事は叶うまい。

先の見えない不安、意図せぬ未来の消失に、ヒューゴの心は今にも押しつぶされそうだった。



「魔王ちゃん。元気出して?」


「どうしよう、僕はどうしたら良いんだ……」


「あぁ、今日もダメそうね」



リリアムが傍で気遣うが、復調の兆しは見えない。

ただ静かに寄り添うだけだ。

彼女の性格上『クヨクヨしてても仕方ない、1発気持ちいい事して気を晴らそう』くらいの事を言いそうだが、流石にこの場では慎んだ。

昨日それを提案した時に、割と強めの怒りを買ったからである。


チーサは畳んだ寝具の上で昼寝中だ。

主人の苦難など知らずに高イビキ。

寝相だってフルスロットル。

形態上、寝返りを打つと中々止まる事ができず、モチモチと転がってしまう。

今日は比較的大人しいが、その内に室内で『独りビリヤード』を始める事だろう。


そして唯一カリンだけは、室外に出ていた。

玄関ドアのすぐ傍。

そこで門番として入り口を守り、大勢の来訪者と押し問答を続けているのだ。



「アニィは今、取り込み中でぃ! 日を改めてくんな!」



面会希望者の列は凄まじいものだった。

再三にわたって拒絶の意思を伝えているにも関わらず、押しかけた魔族たちは帰ろうとしない。

誰もが不安で堪らなかったからだ。

さらに言えば、撮影村からは人間たちが逃げ出してしまい、インフラや物流は壊滅状態となっている。

なので、彼らが麓の村に留まる理由も無いのだ。


図々しいものは、庭の端で勝手に寝泊まりを始めるという有様。

カリンは一刻も早く不届きものを追い払いたいが、入り口を明け渡す訳にもいかず、ただただ苛立ちを募らせていった。



「おう、ちっとゴメンよ。道を空けてくれや」



ヒト垣が割れた。

その狭い道を抜けてやってきたのは、1人の魔族である。

狼の顔を持ち、口からは止めどない白煙を吐く、二足歩行の男。

炎狼の魔人である。

彼は無遠慮にカリンの傍まで寄ると、相手の警戒心などに気を払いもせず、密かに耳打ちした。



「ヒューゴの奴、今頃ウジウジしてんだろ? 何とかしてやるから会わせろ」


「……アンタ、一体何者なんでぃ?」


「上司だよ。元、が付くけどな」


「そうでやしたか。そいつぁ大変失礼しやした!」


「構わねぇ。通してもらうぞ」



ブライは返事も聞かず、無遠慮に室内へと乗り込んだ。

妙に女性的な内装に多少驚きはしつつも、足早に奥の方へと進む。

そして、毛布の中に逃避し続ける男の背中を蹴り飛ばした。



「痛ぇッ!」



悲鳴をあげたのは炎狼の方だ。

絶対防御を持つ巨体を蹴りあげる事は、鉄塊にトゥキックする愚行に等しい。

怒声と悲鳴を交えつつ、転げ回る炎狼。

初対面であるリリアムはもちろん、面識のあるヒューゴでさえも、この珍客に対して戸惑いを隠せない。



「こんのクソ野郎! テメェのケツは鋼鉄製かよボケ!」


「あぁ、どうも。何かすみません」


「魔王ちゃん。知り合い?」


「うん。前の職場の先輩だよ。名前は……」


「ブライだ。つうか、そんな事はどうでもいい。何を閉じ籠ってやがんだ! あれだけデケェ事やらかしといて、そのザマは何だ!」


「あなたには解りませんよ。僕の昔からの夢が、ずっと追いかけてたものが消えてしまったんです。故郷を捨ててまで目指したものが!」


「だったら、あの親子がおっ死んでくれた方が良かったかぁ!?」


「そうは言ってませんよ! でも、僕は、俳優になりたかった……全てを賭してでも、立派な魔王として振る舞いたかったんだ!」



ヒューゴの脳裏には、これまでの苦労が浮かび上がった。

空腹や貧しさに堪え、孤独に震え、部屋の片隅で爪を噛む日々を。

一般的な幸せを犠牲にして挑んだ夢である。

それがヒト助けとはいえ不意にしてしまい、彼の目標が、生き甲斐が平穏を巻き込んで消し飛んだ。

今となっては己を保つ事すら危ういほどに、失意の底で磔(はりつけ)となっているのだ。



「立派な魔王として振る舞う、だと?」


「そうですよ。観るものに力と勇気と、生きる希望を与えるような……皆の心の拠り所になりたかった」


「だったら話は早ぇ。着いてこい」


「えっ……?」



綱引きの要領で、ブライはヒューゴを外へと連れ出した。

もしかしなくても魔王は超重量級。

自身の全体重をもってしても容易には動かない。

どうにかして表に出た頃には、長距離マラソンランナーのごとく、滝の汗をかいていた。

したたる雫は口元の熱によって気化していく。



「ブライさん。僕に一体なにを……」


「魔王さまだ! 魔王さまがお見えになったぞ!」



ヒューゴの姿を認めるなり、群衆が我先にと詰めかけた。

そして、順次ひざまづく。

老若男女の魔族がここへ一斉に集い、寄る辺となる王を迎えにあがったのだ。



「どうぞ我らをお導きください!」


「もうニンゲンの支配は真っ平です! 魔王さま、お助けくださいぃ!」



悲痛な顔ばかりが並ぶ。

誰も彼も虐げられた傷を持っており、強大なニンゲンに立ち向かえる強者を求めていたのだ。

誰よりも雄々しく、心優しき王を。


白羽の矢が刺さったヒューゴであるが、彼は微妙に適任では無かった。

戦力的には及第点だとしても、とにかく気が小さい。

慎重と言えば聞こえが良いが、ひどく繊細であり、物怖じしがちだ。

人間との全面戦争も有りうる際どい時期のリーダーとしては、酷く頼りない人物なのである。


なので当然、ヒューゴは惑う。

『オレに付いてこい!』などという言葉は、素の彼には無縁の態度なんである。



「ブライさん……どうしよう?」


「かぁーー! この状況でわかんねぇのかよ。察しの悪ぃヤツだなテメェはよぉ!」


「そんな事言われたって……!」


「はいシーン2のカット1。よぉい」


「えっ? えっ?」


「スタァートッ!」



ブライは両手を鳴らし、大きな合図を出した。

するとどうだろう。

ヒューゴの人相がみるみるうちに変わり、精悍な顔つきになったではないか。


これは役者スイッチだ。

彼の魂には数えきれない程の演技ストックがあり、何者かが憑依したかのように、瞬間的に別人へと変貌してしまった。



「グワーッハッハ! 我を王に戴くか! 我が言に従う覚悟はあるかぁ!」


「もちろんにございます! ヒューゴ様のあらゆる御言葉に殉じます!」


「よかろう! ならばこの魔王が手足となりて、千年の都を建造せよ! 我を崇め、疑うことなく、赤心のごとき想いで付いて参れ!」


「ヒューゴ様万歳!」


「我ら魔族に永遠の栄光を!」



ヒューゴは拳を高らかに掲げ、彼の臣民に猛アピールした。

群衆の意気は天を突くほどに盛り上がり、その熱狂は歓声と涙に染まりゆく。

それから讃える言葉が何十何百と投げ掛けられた頃になって、ようやく彼は自分を取り戻した。

役者スイッチが切れたのである。


ーーどうしよう、もう後戻りなんか出来ないよ……!


どうにか釈明をしたかったのだが、時既に遅し。

撮影村は解体され、急ピッチで魔族の町へと造り変えられるのだった。

ヒューゴを頂点に据えた形で。

このようにして、魔族は人間世界の片隅で、独立勢力を築く事となったのだ。

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