第19話 メリーな夜

仕事が終われば、いつもの様に真っ直ぐ家へと帰る。

墓地を出て、大通りを抜け、街道伝いに自宅を目指す。

それがヒューゴの常だ。


だが今日はどうだろう。

彼は足を止め、街中でしばらく佇んだ。



「うわぁ、なんだか賑やかだなぁ」



普段に比べ、人通りが激しい。

多くの者が両手に荷物を抱え、幸せそうな顔を浮かべながら、あちこちの家へと消えていく。

地に足が着いて居ないような軽やかさだ。


そして、その家々も随分と様変わりしている。

庭に設置された多数のキャンドルが、夜の街を優しく彩る。

玄関ドアの飾りも目を引くもので、モミの木の枝や、ヒイラギの葉で作られたリースが掲げられていた。


そんな着替えを済ませた町へ、雪が降り始めた。

静かに、優しく、少しづつ。

まるで氷の精霊が遊びにやって来たかのようだ。

この幻想的な光景を美しく思い、ヒューゴはしばらくぼんやりと眺めてしまう。



「お祭りなのかなぁ。それとも、冠婚葬祭みたいなヤツ?」



魔界(いなか)より飛び出して1年足らず。

この界隈の風俗や文化については、知らない事の方が多い。

ヒューゴはとりあえず家路を急ぎ、家人の誰かに尋ねてみる事にした。



「ただいまぁ」



家に着くと、最初に返ってきたのは「おかえり」ではなかった。

小さな破裂音だ。

紙の破片が辺りに舞い、それがヒューゴの鼻をくすぐる。



「うわっ。ちょっと、何これ!?」


「メリークリスマスぅ!」


「め、めりー。えぇ……?」


「あれ? アニィは知らねえんでやす? クリスマスでさぁ」


「知らないよぉ。街の様子も普段と違ってたし。今日は何の日?」


「あら、魔王ちゃんは知らなかったのね。今日はクリスマスイブと言ってね……」


「うんうん」


「ええと、何と言うか、大勢で集まって美味しいものを食べる日なのよ!」


「へぇーー、それは楽しそうな日だねぇ」



今この場に、人間世界について詳しく知る者が不在だ。

カリンやリリアムも、ある程度見聞きはしているが、特別に精通している訳ではない。

なので『年の瀬に起きるイベント』くらいの認識で臨んでいるのだ。



「ところでみんな。どうして自分の頭に、魚の頭を乗せているの?」


「尖ったものを頭に飾るのがルールみたいよ」


「アニィの分も用意しやしたが、着けやすか?」


「う、うん。ありがとう……」



ヒューゴは得心がいかないが、とりあえず頭に装着することにした。

やはり生臭い。

なぜニンゲンはこんなルールを作ったのかと、不思議でならなかった。


気になる事は他にもある。

部屋の隅に立て掛けられた笹だ。

そこには2枚の小さな紙と、婚姻届が吊るされている。



「これもお祝いの飾りかい?」


「そうよ。こうすると願い事が叶うんですって」


「迷信でやすがねぇ。まぁしきたりって事で。アニィもやりやすか?」


「……まぁ、せっかくだからね」



促されるままに、ヒューゴは紙に『立派な魔王役』とだけ認(したた)め、笹の葉に括り付けた。

この行為がどのようにして悲願成就に繋がるのかは分からないが、単なる雰囲気である。


それはさておき、食卓だ。

こちらも中々に豪勢であり、眺めるだけで腹が鳴るほどだ。

コカトリスの足ロースト。

フェニックスの頬肉シチュー。

ワイバーンのテイルスープ。


どれもかしこも高級料理であり、ヒューゴは大出費に怯えるが……。



「安心して、魔王ちゃん。食材は全部いただき物だから」


「そうなの? でも、よく分けて貰えたね。全部が全部高いヤツだよ?」


「お願いしたらね、くれたのよ。コカトリスさんも、フェニックスさんもワイバーンさんもね」


「ええ!? じゃあ、これは直接……」


「ちゃんと回復させたから大丈夫よ」



獲れたて。

意味深な獲れたて。

深く考えると怖くなるので、ヒューゴは追及を止めた。


料理はやはり美味かった。

頬が落ちるとはこの事か、と思うほどに。

ワインの代わりに用意したぶどうジュースも、相性抜群だった。

談笑が絶えない中で、次々と皿が空き、また笑いあう。

この豊かで、暖かな一夜は思い出深いものとなった。


翌朝。

チーサの枕元には小さな包みが置かれていた。

モチっと目を覚ました直後、皆が見守る中で、その袋を噛みちぎった。



「良かったわねチーサちゃん。サタンさんからプレゼントよ」


「もももも! もももも!」


「サタンさんが? どうして?」


「私もよく知らないけど、ニンゲン世界に伝わってるらしいの。25日の朝、いい子には贈り物があるって」


「あのおっかないオジさんが、わざわざ子供に……?」


「まぁ、本当にあの方が配るハズは無いから。だから、代わりに家族がコッソリ用意するんですって」


「そうなんだぁ。ほんと不思議なイベントだねぇ」



この包みも、リリアムが事前に用意したものだ。

まだ子供のモチうさぎに与えられた、クリスマスプレゼントの中身とは。



「もっも! もっも!」


「おお! お嬢様、これまた随分と可愛らしいおリボン、それとスカーフでやすね」


「いくら貧乏とはいっても、流石にオシャレをしないのは可哀想でしょ? こんなに可愛い子なのに」


「ええ! ちょっと待って!」


「アニィ、どうかしやしたか?」


「チーサって、もしかして女の子なの!?」


「そうでやすが、ええ?」


「魔王ちゃん、あなた……」


「……ごめん。なんとなく男の子だと思ってた」


「もおおおおぉ! もおおおおぉ!」



ヒューゴの無神経な言葉が、流石に支持者たちを呆れさせた。

そして怒ったチーサも、主人の腕に力いっぱい歯を立てた。



「それはあんまりよ。チーサちゃんに謝りなさい」


「ご、ごめんね。僕はうさぎに詳しくなくてさ」


「まぁ、アニィはヒト型でやすからねえ。アッシみてぇな獣要素が濃けりゃ、性別なんて簡単にわかりやすが」


「アタシもヒト型よ。でもチーサちゃんの事はすぐに分かったわ」


「へぇ。それはどうしてでやす?」


「女子力……かな? 神通力みたいなやつ」


「なんつうかそれ、便利な言葉でやすねぇ」



その間もヒューゴは平謝りを続けた。

だがチーサはすっかり機嫌を損ねてしまい、しばらくはプクゥと膨らむのだった。

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