第14話 カリンの長短所

ヒューゴは財布を片手に悩んでいた。

目の前には食器の数々が所せましと並べられている。

吟味をするが手は触れない。

それらは全て歴とした商品であり、傷つけでもしようものなら買い取りの可能性が生じてしまう。

ゆえにこうして、棚の前で石像になって考え込むのが常だ。



「うーん。やっぱり、木椀くらい無いと可哀想だよねぇ」



カリンは文字通り身一つでやってきた。

金貨という持参金はあったにせよ、他には本当に何も無かった。

余分な食器の用意をしておらず、彼は食事時になると鍋から直接食べる羽目になってしまった。

もちろん、辛そうにしながらだ。


これはマズいと思い、ヒューゴは仕事上がりに『センカ屋』へとやって来たのだ。

ここは店内にある大抵の商品を、たったの賎貨1枚で買うことが出来るという夢のような場所である。

とはいえど、サイフは絶賛大赤字の真っ只中。

気軽な買い物を許される身分ではなかった。



「ううーん。椀とスプーン、それと石鹸にしようかな」



その頃チーサは、スッカリ待ちくたびれて寝落ちしている。

なのでヒューゴの言葉は独り言となって、店内へと消えた。


物が決まれば話は早い。

木製のスプーンに椀、それから石鹸を手に取った。

念のために値札を確認する。

ごく稀に賎貨3枚、5枚などという高額商品が紛れ込んだりしているので、油断をしてはいけないのだ。



「いらっさぃあせー」



やる気の無い店員が商品代として、賎貨3枚を要求してきた。

カウンターに金を置くと、素っ気なさまでが加わった声で、品物を手渡された。



「ありぇっしゃー」



商談成立のようだ。

この態度にはヒューゴも慣れないが、店員がニンゲンの場合は大抵こんなものである。

不満を現す事なく店を後にした。


それからは家路に着いた。

今日の陽は落ち、空には満点の星の海が広がっている。

普段なら多少の寂しさを感じるのだが、同居人が増えたこともあって、気持ちまで沈むことはなかった。



「ただいまぁー」


「アニィ、お帰りなさいやせ!」



ヒューゴが家に戻るなり、カリンは膝を着いた姿勢で出迎えた。

室内はキレイに整頓されている。

まぁそもそも散らかせるだけの物が無いのだが、何かしら整えられた形跡があった。


だがそれよりも目を引くのは、部屋の真ん中に積み上げられた魚だろう。

大小20尾はある。

これにはヒューゴも前のめりになりながら、それらの食料を品定めをした。



「カリン、これは一体……!」


「へぇ。今日は河の解禁日となっておりやしたので、ちょっくら調達して参りやした。本当は30は取りたかったんですがねぇ」


「とんでもない! 素晴らしい! 君は最高だよ!」



額面にして、銅貨20枚にも匹敵するほどの富を、カリンは一日で手に入れたのだ。

これにはヒューゴも大絶賛。

主に手放しで誉められたとあって、カリンはニャンニャンと咽び泣いた。

どうやら彼は猫の要素の方が強いようである。

氷魔法で魚を冷凍保存しつつ、ヒューゴはボンヤリとそう思った。


ちなみに狩猟の方は不得手とのこと。

森の解禁日は果実や木の実収集がメインとなるが、そちらもヒューゴより上手にこなす事だろう。



「さぁさぁ、晩御飯の支度をするよ」


「アッシも手伝いやす!」



狭い台所に2人が並び、料理の支度が始められた。

獲れたての鮭はぶつ切りに、キャベツを一口大に千切っていく。

椎茸はみじん切り。

鍋には水が肩一杯まで満たされ、ヒューゴの炎魔法により沸騰目前となっている。


その頃チーサ。

こちらは氷漬けとなった魚の上を、滑り台の要領で遊んでいる。

そこそこ勢いがつくので、地面での着地に失敗し、壁までモチモチと転がってしまう。

それでも当人は楽しくて仕方がないようだ。



「ところでカリン。ちょっと聞きにくい事なんだけど」


「何でございやしょう? どんな事でもお答えしやすよ!」


「君はお金持ちだったでしょう。どうして急に落ちぶれたんだい?」



ガコン!

ヒューゴの無神経な言葉が突き刺さったのか、カリンは鮭の頭部を包丁で一刀両断した。

それから再び大袈裟な身ぶりで泣き始めた。

咽(むせ)び泣きである。



「アニィ、聞いてやってくだせぇ! 聞くも涙語るも涙。アッシはまだまだ若輩者にございやすが、こんなにも酷(むご)たらしい話は耳にした事がございやせん!」


「う、うん。聞くよ。これまでに何があったんだい?」



カリンの話としてはこうだ。

映画の出演料の他に、関連商品による莫大な報酬を得ていたのだが、それら全てを一夜のうちに失ってしまった。

悪い人間に騙され、あらゆる収入を放棄させられてしまった。

彼曰く、難しい書類を何枚も見せつけられ、書かされたが、内容については酒に酔っていて覚えていないとの事。


更に間の悪いことに、侍らせていた女たちが、カリンの手持ちの資産を全て持ち逃げしてしまったのだ。

もちろん被害を届け出たが、犯人は人間である。

魔族の訴えなど一顧だにされずに門前払いとなった。


そして失意の最中、当てどもなく貧民街をさまよっていたら、悪漢に目をつけられてしまう。

それからの顛末はヒューゴも知る通りである。


転落などという言葉では生ぬるい。

自由落下よりも加速度的に落ちぶれた人生とは、どれ程に辛いものであろうか。

ヒューゴもかけるべき言葉を探すが、どうにも適切なものが出てこなかった。



「それは、何というか……壮絶な話だねぇ」


「いやいや! アッシはこれで良かったんでさぁ。振り返れば、あの時は目が曇りきってござんした! 金に溺れる余りに、いっちゃん大切なものを見失ってしまったのです!」


「大切なものって?」


「真心にござんす。上っ面だけの敬意やら親交なんぞ、なんの足しにもなりゃしやせん! むしろあの頃は、物は溢れども心は渇き、あろうことかヒト様を貶す事で己を慰める日々……」


「……カリン?」



独白は徐々に内にこもり、彼の意識は傍若無人の深みへと潜りこんでいった。

両目は怒りと狂気がない交ぜとなっている。

手に刃物。

ヒューゴは瞬間的に寒さを感じた。



「あろう事かぁ! アニィにまで不遜なる態度ォ! その罪は万死に値すらぁーーッ!」


「うわあっ! カリン、落ち着いてよ!」


「死なせてくだせぇ! 腹ァ裂いてあの日の無礼を詫びさせてくだせぇぇ!」


「怒ってないから! 僕は全然気にしてないからぁぁあ!」



包丁を逆手にカリンは割腹をはかる。

慌ててヒューゴが止めに入る。

チーサは依然としてモチモチ転がる。

その様にして廃屋同然の小屋では、賑やかな時が過ぎた。


閑話休題。

夜の更けた頃に、魔族がこよなく愛する『闇の鍋』が完成した。

魚の出汁とダークマターが決め手の一品だ。


配膳しようとして、ヒューゴはようやく思い出し、『センカ屋』で購入した品々をカリンへと手渡した。



「アニィ、こりゃあ一体……?」


「キミの所有物が何も無いでしょ。だから仕事帰りに買ってきたんだ。安物で申し訳ないけど」


「ありがとうございやす! ありがとうございやす! 末代までの家宝に致しやすぅぇぁあッ!」


「壊れたりしたら買い直すからね!? ちゃんと言ってね?」



それから遅めの晩餐が始まる。

ヒューゴは自分の椀によそり、まずはチーサに食べさせた。

鮭の身、椎茸の茎にキャベツ、そしてデロッとしたもの。

好き嫌い無く全てを平らげた。

良い子だねと頭を撫でてやり、それから自分の分を食べ始めた。


その頃カリンは一切食べようとしておらず、主が2度促すことで、ようやく食事を始めるのだった。

旨い旨い、地元が懐かしいとカリンが叫ぶ。

これにはヒューゴも同意だ。

つい最近までは、魔界(こきょう)を恋しく思ったものだ。


だが、今は違う。

チーサとカリンの存在が頼もしく、そして心に温もりを与えてくれる。

それが堪らなく嬉しいのだった。


……もう少しだけなら、ヒトを呼んでも良いかな、なんてね。


狭い室内だが、3人で食事をするには多少の広さを感じた。

それもこれも家具に乏しい為なのだが、指摘するだけ野暮である。

ヒューゴは自嘲にも似た要望を湯気の中へと隠した。


その後、闇の鍋を平らげ、みんなが食休みをしていた頃。

突然のドアノックに小屋が揺れた。

夜更けにも関わらず、無遠慮に力強く叩かれている。

ヒューゴとカリンは互いに顔を見合わせるが、どちらも身に覚えはない。



「アニィ。アッシが出やしょうか?」


「いや、僕が出るよ」



ヒューゴが来訪者を出迎えにいった。

相手を確かめもせずに、無警戒にドアを開いてしまったのはマズかった。

その軽率さをすぐに後悔するのだが、流石の魔王と言えども、未来予知までは出来なかったのである。

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