第13話 憧れのヒトは今

仲間は増えども手取りは増えぬ。

いや、全員が無職のため、資産は光の早さで目減りしていくだろう。

先日はキャットウルフであるカリンを受け入れはしたが、その負担は家計を直撃した。

一応金貨という大層な一時金は手に入ったものの、定収入ではないので、早晩に尽きる。

一刻も早く仕事を得るべきであった。


ヒューゴはともかく町中で頭を下げ回った。

カリンは恨みを買いすぎた為に働き口など無く、大将自ら金策に励むこととなったのだ。

まずは鍛冶屋。

力の加減が難しく、鉄を叩くどころかへし折って失敗。

鉱山。

巨体過ぎて坑道にすら入れず門前払い。

漁師。

体の重みで船が沈む。

ならばと自前の翼で海洋を飛び回ったりもしたが、羽ばたきで海は大時化(おおしけ)となり、他の漁船が沈没しかけて大目玉。


数々の失敗を経て辿り着いたのは墓地。

墓守りである。

ヒューゴは早朝から日暮れまでを、教会裏手の墓場で過ごす事になった。

やることと言えば草を狩り、たまに墓標を磨くだけ。

他はせいぜい、お供え物が盗まれないよう見張るくらいだ。


業務内容の簡易さから賃金も安い。

日当は銅1に賎8枚。

今の生活費は低く見積もっても、1日で銅4枚は必要だ。

明らかに赤字であるが、無収入よりはマシと判断し、この職場に流れ着いた。



「おはようございますー」


「ヒッヒッヒ。おはようさん」


「お婆さんは夜からですよね。こんな早くから出てきて平気なんですか?」


「アタシャね、もうここに住んでるようなもんさ。家に帰っても、息子たちぁ気味悪がって構っちゃくれんからね。ィエッヘッヘ」



ヒューゴが管理小屋まで出勤すると、同僚の老婆が出迎えた。

白髪のボサボサ髪の隙間から充血した目が覗き、相手の目を射抜いている。

怖い。

それが相対した者の素直な感想だ。

だがヒューゴは、心が凍りついたのを隠しつつ、老婆とのささやかな雑談に応じた。



「それでは、作業に行きますね」


「ヒッヒッヒ。あいよ。いってらっしゃぁぁあい」



呪いにも似たエールを背負いつつ、墓地へと繰り出した。

季節は冬。

周囲は建物がひしめいており、日差しはここまで届かない。

日陰だけが理由ではないだろうが、ヒューゴは薄ら寒い気分に陥った。



「さてと、草刈りでもしようかなぁ」



訪れる者の少ない場所である。

親族が訪ねて来なければ、辺りは自然と荒れてしまう。

ヒューゴは手始めに雑草を抜き始めた。


しばらくその様にしていると、とある一角だけ整えられている事に気付く。

そこには魔族の墓がある。

花や供物も新しく、寂しさ漂う墓地を僅かながらに華やかにしている。

存分な管理がされているようだが、墓標自体は古い。

葬ってからの期間と、死者を悼む想いが噛み合わないようで、ヒューゴは手を休めて考え込んでしまった。



「誰のだろう? 名前が書いてないけども」



名も無き魔族の墓。

それが得られる情報の全てである。

ここでは何者が葬られているのか知りようがない。


ヒューゴは探求心を刺激され、しばらくの間ただずんだ。

すると、背後から聞きなれた声が聞こえてきた。



「おう、デカブツ。奇遇だな」



現れたのは大家だ。

ヒューゴは彼と視線を重ねるが、やはりどこか生気の無い眼だと感じた。

何となく気まずくなって視線を落とすと、真新しい花に、供物として『スアマ』を携えているのが見えた。



「どうも、大屋さん。お墓参りですか?」


「例の知り合いのな。魔王オブスマスの眠る……」


「お、オブスマスですか!?」


「知っているのか? その目の前の墓はあやつの物だぞ」


「あぁぁ! そんな……何て事だろうッ!」



これには腰を抜かさんばかりに驚いた。

知っているも何も、オブスマスとはヒューゴが役者を目指す切っ掛けを与えた魔族だ。

雄々しく、義理人情に篤い生きざまに、少年ヒューゴは胸を昂らせたものだ。


だが衝撃も束の間。

すぐさま、興奮染みた声は空から地へと落ちていく。



「オブスマスさん、もう故人だったんですね」


「そうだ。あやつの末路については、前に話した通り」


「すごく人気のある役者さんでした。僕も、友達も、子供の頃からずっと憧れてましたよ。いつの頃からか、話を聞かなくなったと思ったら、まさか亡くなられてただなんて……」


「箝口令(かんこうれい)というヤツだろう。大規模な反乱が起きたことは何かと都合が悪い。人間にとっても、魔族にとってもな」



大家はそう言うなり、名の無い墓前に備えられた花とスアマを取り替えた。



「オブスマスよ。いつまで眠りこけておる。早いところ墓より甦ってみせよ。でなければ、貴様の好物などワシが平らげてしまおうぞ」



シワだらけの口が、先程まで供えられていたスアマを飲み込んだ。

ニチャリ、ニチャリと粘性のある音が静かに響く。

遠く離れた大通りの喧騒も微かに聞こえるが、随分と白々しいものに感じられた。

むしろ墓地だけが隔絶されたような気分にさせる。


ただただ、老いた咀嚼音(そしゃくおん)が執拗に鳴る。

それ以外に聞くべきものは無い。

墓場から友が甦り、その無作法を咎めたりする事も、やはり無い。



「さて。日課も終わりだ。ワシは帰らせてもらう」


「あっ……」



大家はその場を立ち去ろうとした。

すっかり曲がった背中が、ひどく寂しいものに見える。

ヒューゴは自問した。

自分に出来ることは無いか、彼らの錆び付いた友誼(ゆうぎ)に対して、何かしてやれる事は無いか。



「待ってください!」



ヒューゴの思考はまとまっていない。

気持ちばかりが先を行き、ついには声をあげてしまった。

ゆっくり遠ざかる背中を元気付けるために。



「大屋さん! 僕は、あの家に住み続けます! 絶対に、この先何があっても、住み続けますから!」



老人の足がようやく止まる。

そして、振り返る事無く、静かに言った。



「何度も言うが、好きにしろ。お前さんが居なくなりゃあ壊すだけだ」


「はい! 好きにします!」



ヒューゴは身を正して叫んだ。

叫ばずにはいられない何かが、胸の内を支配していたからだ。

その時になって老人は僅かに顔を振り向かせ、目だけで笑い、再び歩きだした。



「変わりモンだな。全く……」



ゆっくりと遠ざかっていく後ろ姿を、ヒューゴはジッと見送った。

自分は余計な事をしただろうかなどと、自問しながら。

その問いは独りきりになっても止む事はなく、草刈りの間中にも続けられた。



「生きるって凄いんだな。僕なんかじゃ、全然理解できないよ……」



ヒューゴは凶悪な見た目ではあるが、多感な若者である。

命に、生き様に触れ、その心は大きく揺さぶられた。


やがて、日暮れを迎えた。

この時間になれば墓地にも僅かながらに夕日が差し、日中よりも明るい錯覚を覚える。

紅い光が墓標を染める。

オブスマスの墓も、他の物も分け隔てなく平等に。

それは人間と魔族でさえ垣根は無い。

何かと区別される両種族であるが、死という絶対的なルールだけは共有しているのだった。



「死ねば皆いっしょ。ニンゲンも、僕たちも……」


「ィエッヘッヘ! あんちゃぁあん、交代だよぉおお!」


「うっひゃぁあーーッ!」



突然現れた老婆に、ヒューゴは腰を抜かしてしまった。

心臓もちょっとだけ止まりかけた。

死者を偲んでいる最中に死んだとあっては、笑い話にもならない。

今後は周りの変化にも注意しようと、彼は新たな処世術を学んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る