第12話 仲間に入れて欲しいの

大家の話から数日後。

ヒューゴは2つの事で頭を悩ませていた。


第1点は、大家から元気が無くなってしまった事。

相変わらず毎朝に新聞を携えてやって来るのだが、雑談はほとんどなく、簡単な挨拶だけ残して立ち去ってしまうのだ。

何か話題を用意しても無駄。

妙に老け込んだ様にも見えて、それがヒューゴの心を騒がせた。


もう1点はもちろん、台所事情だ。

金がない。

警備員の仕事を失ったこともあり、全財産は銀貨5枚の銅9枚。

チーサの養育のためには、一日当たり銅2枚は必要だ。

次の仕事を早急に見つける必要があった。



「さてと……これから面接に行くよ。おいで、チーサ」


「もっも!」



今日は朝から花屋の面接が控えている。

日当は銅3賎5枚。

危険が伴わない分、警備員よりずっと手取りは少ないが、背に腹は変えられない。

気持ちを新たにして家から1歩踏み出した。

踏み出したのだが……。



「あれ、君は……」



入り口のドアを開けると、目の前で待ち構える魔族と出くわした。

彼は片ひざを着いた姿勢のままで、熱い眼差しをヒューゴに送っている。

体のあちこちに生傷の残したキャットウルフである。



「おはようござんす! 本日のご機嫌いかがにございやしょう!」


「お、おはよう。突然どうしたんだい?」


「アッシは感激したんでさぁ。あれだけの無礼を働いたにも関わらず、アニィはアッシを窮地から救い出してくれやした! アニィみてぇな漢(おとこ)は、後にも先にも居やしやせん!」


「う、うん。路地裏での件だよね? あの事なら気にしないで……」


「どうかアッシを、アニィの軍団の端っこに加えてくだせぇぇ!」



キャットウルフが地に額を擦り付けて懇願した。

これにはヒューゴも弱る。

軍団とは何か。

それらしいメンバーはウサギが1羽いるのみである。



「キャットウルフさん。悪いけど今は急いでるんだ。これから面接が……」


「ああっ! アッシとしたことが、大変失礼しやした! この期に及んでまだ手前の名をお伝えし忘れておりやしたぁ!」


「いや、あのね?」


「魔界北部より人里に舞い降りてぇ早5年余、キャットウルフ族が末子、カリンと申しやす! 以後ぉ、お見知りおきをぉお!」



カリンは再び片ひざを着いてから、口上と同時に片手を前に突きだした。

それから静止。

唐突な異文化との遭遇に、ヒューゴもどう受け止めて良いか分からず、同じく固まってしまった。

この場で金縛りにかからずに済んでいるのは、空を遊覧するカラスだけである。



「あのね、カリンくん。言いたいことは色々あるけども、僕は軍団だなんて……」


「お願いしやす! お願いしやす! アッシにはもう行くところがありやせぇん!」


「参ったなぁ。この子は全然話を聞かないよ」


「ちなみに上納金と言いやすか、そのぉ……軍団入りへの手数料的なものは、先日お渡しした金貨で賄えないかなぁなんて。えへっ、えへへっ」


「いつぞやくれたヤツかい? それならあの子が持ってるよ」


「カァーーッ!」



いつの間にかカラスが柵に止まっていた。

これ見よがしに、その頭に金貨を乗せながら。

カリンはヒューゴとカラスの両者を見比べ、事と次第を把握した。



「このカラス野郎! それはアニィにあげたもんだぞ!」


「カァーーッ!」


「待てやコラァーーッ!」



カラスが金貨を口に咥えて飛び去った。

急ぎカリンも追跡していく。

ようやく嵐から解放され、肩の力を抜いたヒューゴは、しばらくその場でボンヤリした。

それから家庭菜園の見回りを始めたのだが……。



「いけない! これから面接に行くんだった!」



少しのんびりし過ぎたようだ。

約束の時間は既に目前に迫っており、麓まで歩いて行ったのでは到底間に合わない。



「仕方ない。目立つのは嫌だけど、遅刻するよりはマシだ!」



ヒューゴは鳳凰にも似た翼を広げ、大空に向けて飛び立った。

その勢いは放たれた矢の如く。

亜音速にも匹敵する速度により、瞬く間に撮影町まで到着した。



「良かった、これで間に合いそう……」



だが、焦りは禁物。

ヒューゴは減速のタイミングを大きく誤り、かなりの勢いで町中に着地してしまった。

しかもそこは花屋の目の前。

着地の衝撃により、店先にある売り物の花が大多数押し倒されてしまったのだ。



「げぇっ! やっちゃった!」



詰めの甘さは彼の悪い所である。

それからは店番に混じり、散らかった店先を整えた。

運の悪いことに、面接官はその店番であり、のっけから最悪な印象を与えてしまった。


もちろんアルバイトは不採用。

そもそも凶悪な見た目の男では、花屋に採用されにくいだろう。

狭き門を自ら閉ざした格好となった。



「はぁ……失敗したなぁ」



この日の受けたアルバイトは午前に花屋、午後に保育士。

花屋については先述の通りだが、後者も当然不採用だった。

とにかく子供が泣いてしまう。

ヒューゴはあらゆる手を尽くしたが、全ての園児が火の点いたように泣きじゃくり続けたのだ。

適正皆無という事で、ほぼ門前払いの扱いを受けてしまった。



「他のアルバイト、探さなきゃなぁ」



日暮れ。

帰路に着くヒューゴの足取りは重い。

チーサも彼の気持ちを汲んだのか、大人しいものだった。

主の暖かい胸元で、独り遊びに興じていた。


明るいニュースの無いままに帰宅すると、ドアの前に来客の姿があった。

カリンが朝と同じ姿勢で待っていたのだ。

これには流石のヒューゴもうんざりしてしまう。



「キミねぇ。また来ちゃったのかい?」


「アニィ! どうにか奪い返しやした! これでどうにか、アッシを受け入れてくだせぇ!」



差し出されたのは、泥だらけの金貨だった。

よほどに格闘したらしく、カリンの手や顔には細かい傷が増えている。

だが、そんなものは厭(いと)わずに、満面の笑みをヒューゴへと向けてきた。

これを見てしまっては、善人なる魔王は無下には出来ない。

小さな溜め息を漏らすと、疲れ顔に苦笑を浮かべたのだ。



「まぁ……ともかく、あがっていくかい? 行くところが無いんだよね?」


「あぁっ! ありがとうござぃやす! ありがとうござぃやす!」



こうして傾きかけた魔王城に、カリンという新たなメンバーが加わった。

貧しいものたちが肩を寄せ合う形で。


それは奇しくも、かつて反乱を企てた魔族と酷似した経緯を辿っていた。

伝説の名優としても名高い、魔王オブスマスの生涯と。



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