第7話 初めてのアルバイト

職場の先輩であるブライの先導により、ヒューゴは町中へと繰り出した。

通行人としてではない。

警備担当者、つまりは町の運営側に立って眺める通りは、真新しく目に映り新鮮だった。



「行くぞ新入り! ボヤボヤすんじゃねぇ」


「はいっ! すみません!」



ヒューゴは苛立った声に追随するようにして、人混みの中へと消えた。


ちなみに警備員には制服というか、共通のデザインの鎧が貸し出されており、ブライは服務規程通りに全身を整えている。

その一方で、ヒューゴはボロを着たままだ。

彼の体格に合う鎧が無かった為である。

倉庫で埃を被っていた3Lサイズの物でさえ着用不可という有り様で、それより上は特注品となり、調達には日数を要する。

よって仕方なく、帽子と腕章だけ身に付けて初任務に赴いたのだ。


まずは大通りをパトロール。

初回は2人1組で臨む。

白昼という事もあり、犯罪の気配は薄い。

特に目立った異変もないので、ヒューゴたちは人波を避けながら雑談を始めた。



「そういやオメェよぉ。家がすげぇ遠いんだよな。ちゃんと通えんのか?」


「そんなに遠くはないですよ。あの山の中腹辺りですから」


「山っておい。旧村落エリアじゃねぇか。あんなヘンピな場所じゃ誰も住んでねぇだろ?」


「いえいえ、一応ニンゲンの大家さんが近くに住んでますよ。おっかないけど、優しい人です」


「マジかよ、変なヤツ。ニンゲンの足じゃあ麓まで半日はかかるだろうによ」


「そうなんですね。知らなかったなぁ」



ヒューゴは意外に思った。

彼の身体能力は特に図抜けているので、その通勤時間は20分弱で済むのだから。

ちなみに背中の羽で飛べば5分とかからないが、やたらと人目を引くので禁じ手としていた。



「ところで先輩」


「ブライだ」


「ブライさん。この仕事で気を付けるべきことは何ですか?」


「ニンゲンに逆らうな。魔族であれば容赦するな。それだけだ」


「えぇ……?」



アドバイスは簡潔であった。

そして、過分な程の差別が含まれていた。

世情に疎いヒューゴは、これを素直に飲み込むことが出来ない。



「あの、どうして、種族でそこまで態度を変えるんですか? 悪いヒトをとっちめたり、対処するものじゃないんですか?」


「アァ? 何を今さら……田舎から出てきたばかりか? この町で暮らしてて何を見てきたんだよ」


「えっと、すみません。まだ故郷から出てきたばかりで。しかも撮影所と山を往復してただけなんで、詳しいルールとか知らないんです」


「はぁーー。オレぁそっから教えんのかよぉ」


「……ご面倒おかけします」



それからブライは道すがら、俗世間について教えてくれた。

暗に『魔族としての振るまい方』にも触れて。


この町は人間と魔族が混在する町であること。

権力や権益は全て人間が独占していること。

魔族はあくまでも生存を許されているだけであり、それすらも人間の気分ひとつで奪われてしまうこと。

全ての魔族が役者業をしている訳ではなく、むしろ日銭を稼いで食いつないでいる魔族の方が多いこと。


それらを口汚い言葉ながらも、スムーズに教えてくれた。

ブライは柄が悪くとも、教育係に向いている気質なのである。

ヒューゴも言葉の上では世間を知ることが出来た。

だが、同時に疑問も生じた。



「どうして魔族はニンゲンの言いなりなんですか? 特にブライさんとか、お強いですよね?」


「今ケンカ売ったか? アァ!?」



素朴な質問のつもりが気を悪くさせてしまった。

これを受けてヒューゴの頭は素早く、繰り返し、正確に下げられた。

どこかキツツキに似た動きである。

ブライは酷く詰まらなそうな様子で、苛立ちとともに回答を吐き出した。



「ケッ。ニンゲンどもに敵わねえからに決まってんだろ。わざわざ言わせんなよ」


「えぇ!? 本当なんですか?」


「あのなぁ。言っとくが、ニンゲンごとき100や200ぐらいならワケねぇよ。八つ裂きにするだなんて朝飯前だ。でもな、ニンゲンってヤツはクソ多いんだよ」


「多いって、どれくらいですか?」


「ひと昔前に大暴れした魔族が居たんだが……その討伐には2万の軍が集結したって話だ。そんなバカみてぇな数相手に戦えるかっつの」


「に、2万もですか?」


「だからよぉ、オレたちぁ逆らうのを止めたんだ。金も権力も法律もニンゲンのもの。魔族はヤツらのご機嫌を損ねないように、コソコソと生きるしかねぇんだよ」


「そうだったんですか……」


「これからはせいぜい気を付けな。ニンゲンに睨まれたら生きていらんねぇ。まぁ、テメェみてぇな化け物面なら平気だろうがよ!」



ブライは高らかに笑うが、対するヒューゴは少しばかり落ち込んだ。

まさか世界がこんなにも理不尽なものだとは知らなかったからだ。

この時ばかりは職にありついた喜びなど消え失せていた。



「辛気くせぇ顔すんな! シャンとしやがれ」


「あぁ、はい。すみません」


「それもだ。簡単に謝る癖を止めろ。荒くれ者に舐められたら仕事になんねぇぞ」


「そうですよね、すみません」


「オイ、てめぇふざけてんのか?」


「すみません! 違うんです、すみません!」


「バカにしてんのかこの野郎ーーッ!」


「あぁーー! すみませんんんんッ!?」



ブライ先輩による鉄拳教育が執行された。

さすがに戦闘種族は伊達ではなく、極めて正確な拳がヒューゴの頬を捉えた。

だが、ノーダメージ。

上位種である炎狼の魔人といえど、魔王を傷つける事は叶わなかったのだ。


むしろブライの拳が赤く腫れてしまい、地面に転がされてしまう。

その様子を見てヒューゴはやはり『すみません』と何度も謝ってしまい、火に油を注ぐ結果となる。

生来の癖とは簡単に抜けないものだ。

ヒューゴに悪意は無いのだが、見ようによっては『下から目線の煽り文句』にも感じられ、それがブライの炎をしばし猛らせるのだった。


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