第6話 魔王リクルート

ヒューゴたちは撮影町へとやってきた。

この町は周辺の地域の中で最も大きいため、住民や来訪者が多く、往来は混雑しがちだ。

商店には物が溢れ、随所では家々が新たに建てられ、活気も景気もすこぶる良く見える。


だが、皆が幸福を享受している訳ではない。

この町を賑やかしている富がほんの一部分でしか巡っていない事は、魔族の困窮ぶりから明らかであった。

不満は日常的に燻っており、大きな社会不安となっている。

そんな暗い背景も、開拓村のような若々しさや、大通りの華やかさなどが表面的には覆い隠していた。


さて、ヒューゴたちは町へ観光に来たのではない。

そして買い物の為でもない。

まぁ、食品類は買うのだが、それが主目的ではなかった。



「ここで、合ってるよね。うん」



ヒューゴは緊張した面持ちで、手元の新聞と目の前の建物を何度も見比べた。

入り口には立派な看板があり、そこには『警備本舗 撮影所支部』と書かれていた。


この会社は周囲の警備を一手に担っている、

地元密着型の企業であった。

警備以外にも危険な業務さえも請け負うと有名である。

ヒューゴはここに面接の為にやってきたのだ。


金払いが良く、さらに特定の資格も不要で、年中募集がかけられている。

すぐにでも働いてお金が欲しいヒトにとっては、打ってつけな求人だと言えた。



「し、失礼しまぁす」



お化け屋敷に入る時のように、腰を引いたままで入室した。

中は仄(ほの)かに暗い。

一応は灯り取りの窓もあるのだが、立地の悪さから、昼間だと言うのに陽射しが届かない。

そんな暗がりの奥から、芯の無いボヤッとした声が投げ掛けられた。



「あい。アンタがヒューゴ君ね? 面接の件ね」


「は、はい! 本日は、その、ご多忙のなか……」


「あーあー。そういうの良いから。どうぞ座って」


「はいぃ! 失礼しまぁす!」



室内には、ニンゲンの男が1人居るだけだった。

堅太りした体つき、黒と白色のまだらな短髪、年の頃は50代前半。

寝起きのようなルーズな対応で、隅にある来客用テーブルにヒューゴを誘導した。


年代物の椅子だ。

図体の大きいヒューゴには余りにも小さく、通常使用をすると壊してしまいそうだ。

よって、空気椅子に近い格好で面接に望む事となる。


テーブルには暖かなお茶が置かれた。

ニンゲンにとっては日用品でも、魔族にとっては滅多に口に入らない稀少品だ。

試しに一口だけでも飲んでみたいと思う。

その一方で『来客用の飲み物を口にするのは失礼』というマナーを風の噂で聞いており、迂闊に飲む事ができない。


なので、悶々と眺める羽目になるのだが……。



「もっも!」


「あっ。ジッとしててよ!」



懐に隠していたチーサが、珍しいもの見たさに勢い良く飛び出した。

迷うこと無く器にダイブ。

……だが、その茶は『あたたかぁい』である。

自業自得な断末魔の叫びが響き、チーサはモチモチと辺りを転がった。



「もぉお! もぉぉお!」


「ちょっとチーサ! 大丈夫!?」


「もっ……」


「あぁ良かった。火傷はしていないようだね……ッ!」



ツレの安否を気遣った直後、ヒューゴはすぐに思い出す。

今はアルバイトの面接中であることを。

机の上はもう惨劇そのもの。

ヒューゴと面接官に用意された茶は器ごとひっくり返り、暖かなお茶はテーブルの大部分を濡らし、その端から床に滴っている。

その様子を顔色ひとつ変えずに、ただ黙って見ている面接官。

ヒューゴの血の気は一瞬で失せ、土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。



「す、す、すいません! お茶は弁償しますんで、どうかお許しくださいませ!」


「……君さぁ。業務中、その子をどうするの?」


「……え?」


「だからさぁ。君が働いてる間、そのウサギを預ける当てはあるかって聞いてんの。ウチは託児所なんて福利厚生は無いからね?」


「あ、ええと。仕事中に連れてても平気ですか?」


「……別に良いけど。結構荒事があるんだよ? そのチビが怪我しても、ウチは責任取らないからね」


「あ、ハイ! 僕は割と強いんで、どうにかなると思います!」


「ふぅん。まぁいいや」



チーサによるひと騒ぎに動じる事なく、面接は続けられた。

男は彫像のごとく顔色を変えていない。

ヒューゴは相手の心が読めず、ただ狼狽(ろうばい)するばかりであった。



「えぇと、ヒューゴ君は魔王種……ねぇ。すごいね」


「そ、そうでもないです」


「何か特技ある?」


「ええと、特技ですか? そうだなぁ……海を2つに割ったり、山を粉砕したりできます!」


「ウチの仕事は警備なんだよなぁ。解体屋と勘違いしてない?」


「あぁ! そんな事ないです! 守るのもすんごい得意で、絶対防御とかできます!」


「まぁ、この仕事に、ご大層な力は要らないんだけどねぇ」



最大のアピールポイントである性能を語ったのだが、大して興味を引く事が出来なかった。

……これは、落ちたかもしれないなぁ。

その反応の鈍さから、ヒューゴの心には早くも諦めの念がよぎりだす。



「そんで、いつから働けんの?」


「ええと、今すぐにでもいけます!」


「今日から? この時間からだと半勤扱いだから、日当は全額分だせないよ」


「は、ハンキン?」


「半日勤務。朝からやれば全日勤務。全日で銅5枚、半日で3枚」


「なるほどなるほど。それで問題無いですよ!」


「じゃあ今日からお願いね。仕事に慣れるまでは先輩に教えてもらって」


「は! はいぃ! ありがとうございます!」



早くも仕事にありつけたとあって、ヒューゴは天にも昇るような想いだった。

日に銅5枚。

毎日休まずに働けば、収入は月当たり150枚にも及ぶ。

贅沢とまではいかなくとも、2人が暮らすには十分な額面だと言えた。


……先輩かぁ、親切なヒトだと良いなぁ。


ヒューゴはまだ見ぬ同僚に思いを馳せた。


面接官は棚からシワだらけの紙をひっ掴むと、ブツブツと小言を囁きだした。

それからすぐに、視線を動かす事なく、大きな声でヒトを呼んだ。



「ブライ! もう居るんだろ? こっち来てくれ」



その声が響くと、奥の扉が開いた。

中から現れたのは、不機嫌さを隠そうとしない、立派な体格の大男であった。

頭は狼、首から下は二足歩行の人間で、全身は灰色の長い体毛に覆われている。

口の端からは、延々と煙が燻る。


彼は炎狼の魔人だ。

戦闘力の高さと気性の荒さが一級品の魔族である。



「あんだよオッサン! 今日は半勤だって言ったろ! まだ始業まで時間があるだろうが!」


「全日分を出すから、ちょい早めに始めてよ。新人の指導とセットでお願いね」


「かぁーー、めんどくせぇ! よりにもよって魔王種かよ。コイツに仕事なんか出来んのか?」


「出来るようにするのが君の仕事。じゃあ頼んだよ」



面接官はそう言い残して去っていく。

ヒューゴはいたたまれない想いとともに、先輩に向けてお辞儀をした。



「あの、今日からお世話になります! ヒューゴと言います!」


「あいよ。まぁせいぜい頑張れや」


「はい! 精一杯やらせていただきます!」


「はぁ……。そんじゃ、まずは着替えて来い。控え室はあそこだからな」



ブライに促され、ヒューゴは別室へと向かう。

こうして、期待と不安で胸を膨らせながら、アルバイト生活は幕を開けたのだった。

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