第4話 生活力
魔王の住処にチーサという同居人が加わった。
その出来事はヒューゴを孤独から救い、何かと賑やかな暮らしになるのだが、当然良いこと尽くしとはいかない。
差し当たって、より深刻な食糧難に悩まされる事になる。
幸いモチうさぎは雑食なので、食事メニューそのものには困らない。
だが、大食でもある。
体格の割りにモリモリと食べる子の為にも、ヒューゴはどうにかして食物を調達しなくてはならないのだ。
「食べるものを用意しないと。でも、買うと高いからなぁ……」
特に今年は不作のため、食料品は軒並み高騰していた。
背に腹は変えられないが、無策に金を消費してしまえば、無収入の彼は瞬く間に路頭に迷ってしまう。
財布の紐を解くのは最後の手段。
という訳で、ヒューゴたちは森の奥深くへとやってきたのだ。
「うーん。結構な人がいるなぁ」
「もっも」
「はぐれたら大変だから、気を付けてね?」
「もっも!」
今日は週に一度の森の解禁日だ。
一部エリアに限り狩猟や収集が許されるのだが、裏を返せば、決められた日時や場所以外ではご法度である。
この国では天然資源について極めて厳しい統制が為されている。
それは森資源に限らず、山でも河でも同様だ。
なぜそのような方針が取られるのかというと、全ては撮影の為である。
例えば『野生王国 ~妖狐の大乱記~』というような趣旨の作品を撮ろうとしたとする。
ヒューゴの居る森が撮影場所に選ばれたとしたらどうだろう。
野性動物の群れや、自生する作物が無かったとしたら大問題だ。
つまりは上質なロケーションを保持する為の制限であり、その結果として住民たちは困窮するのである。
全面禁止としないのは、魔族と言えど食わねば死に絶えるからだ。
それはそれで『撮影』に支障をきたすので、多少の妥協がされた形に落ち着いていた。
「じゃあ狩りを始めるよ。しっかり捕まっててね!」
「もっも!」
夜明けとともに解禁されたので、陽が昇りきった頃には森は大盛況となった。
普段は人気(ひとけ)など全く無いのだが、今だけは押し寄せた魔族でごった返している。
この過剰すぎる競争の中で、我らが魔王ヒューゴは無事に成果を手にすることができるのか。
「こら待て! 逃げないで!」
「ブヒヒィン!」
「あぁ、またダメだった……」
てんでダメだ。
彼は狩りが恐ろしく下手である。
というのも、魔王種はおしなべて人智を超える力を持っており、下手に力を籠めようものなら大事となる。
ちょっとした森くらいなら消し飛ばしかねない。
それほどに魔王とは強く、別格の魔族なのだ。
ヒューゴの初狩猟の折りには山をひとつ吹き飛ばした経験があり、それは彼の中でも苦々しい記憶のひとつだ。
なので、細心の注意を払って手加減をする。
これが中々に難しい。
幸い破壊行動は起こさずに済んだが、力の制御を優先するあまりに、ただの1匹も狩る事が出来なかった。
狩られる側も必死だ。
わざわざ捕まる道理もないので、無為な時間だけが過ぎていく。
「ハァ、ハァ。今日は上手くいかないなぁ」
「もっ」
「しょうがない。肉は諦めて、果物やキノコを探そうか」
「もっも!」
昼を過ぎた頃には予定を切り替え、別エリアへと移動した。
リンゴなりブドウなりでも見つかればと思うのだが、こちらも上手くはいかなかった。
「……しまった、もう取り尽くされた後だ!」
今夏は記録的な猛暑となったせいで、全国的に不作となっている。
先述したが、食料品は軒並み高騰した。
このような場合、もっとも打撃を受けるのは貧民層であり、魔族などはその典型的な存在である。
そのため今日の収穫競争は凄まじく、この時点ですでに、ヒューゴには分け前など微塵も残されてはいなかった。
「いくら何でも手ぶらで帰るのはマズイぞ……」
どこかに取りこぼしは無いかと、必死になって探した。
木の虚(うろ)やら、茂みの奥やら、手を伸ばせる場所は全て探った。
そこまでして、ようやく努力が実を結んだ。
「やったぁ! リンゴだ!」
「もっも!」
「茂みの中に落ちてたから、見つからずに済んだんだ! よかった……」
そこでヒューゴは口を閉ざす。
『良かった』と言いかけたが、何も良くはない。
何せ半日以上の時間を割いて、リンゴひとつしか得られていないのだから、これは大問題だと言える。
もはや窮地に陥ったと言っても良い程だ。
本日解放されている森のエリアは、ほんの一部分だけだ。
あらゆる場所は手垢の付いた後であり、時間が過ぎるほどに事態は悪化していくのだ。
「日暮れまで残り少ない、もっとたくさん見つけなくちゃ!」
「もっも!」
奮起の声に応えるように、チーサが背中から声援を送った。
ヒューゴは心強さを覚える。
それと同時に、急かされているような気にもなった。
すっかり耳に慣れた鳴き声が、たまに『もっと!』に聞こえてしまったからだ。
それはさておき。
2人は方々をさまよった。
涙ぐましい努力は徒労となり、大抵が空振りに終わる。
たまに小さな木の実を見つけては、次へ移るということを繰り返した。
時間は刻一刻と過ぎ、そして、無情にも日が暮れた。
森の封鎖を知らしめる太鼓の音が鳴り響き、武装した王国人が各所を奔走し始める。
こうなってしまえば、引き上げるしかない。
彼らに反抗すれば反逆者と見なされ、まともな暮らしには2度と戻れなくなる。
「はぁ……結局取れたのはコレだけかぁ」
リンゴがひとつ。
そして片手に余るだけのクルミ。
最短の解禁日は明後日で、大河での川釣りとなるのだが、とてもじゃないがその日まで食いつなげない。
備蓄食料も残り僅か。
そのために、ヒューゴの足取りは重たくなる。
「あぁ……失敗したなぁ。イノシシの一頭でも取れたらなぁ」
「もっも!」
「うん? リンゴが欲しいのかい?」
「もっも、もっも!」
「じゃあ半分こしよっか」
ヒューゴは鋭利な爪でリンゴをキレイに真っ二つにした。
その片方を差し出しと、チーサは体をモチモチと揺らしながら頬張る。
たちまちにそれを平らげると、口からいくつかの種を飛ばした。
それは綺麗な弧を描いて地面へと落ちた。
「もっもぉ!」
「アハハ。上手く飛んだねぇ」
種飛ばしが思いの外良く出来たからか、チーサは誇らしげな笑みを向けた。
その無邪気さがヒューゴの傷心を慰める。
「くよくよ考えても仕方ないか。こうして人間世界で頑張ってるんだ、ドカーンとやらなきゃね!」
「もっも、もっも!」
「よぉし、やるぞぉ!」
ヒューゴはリンゴを一口で頬張った。
口内には強い酸味と渋味が広がる。
ひとしきり味わい、飲み込むと、気持ちを新たにした。
それから暗い気持ちを吐き出すように、大空に向けて種をひとつ飛ばした。
……だが、それがいけなかった。
つい流れで吐き出したのだが、種に濃厚な魔力を乗せてしまったのだ。
気が大いに緩んだ失態である。
魔王の魔力を全身に帯びたリンゴの種は、地に落ちることなく、そのまま天空を目指して突き進んだ。
そして機が熟した頃、空で大爆発を起こした。
その破壊力は近代兵器を凌ぐ程であり、もちろん辺りは騒然となる。
「なんだ、今の爆発は!」
「敵襲か! 各人散らばるな、集まって敵に備えろ!」
守備隊が殺気立ちながら守りを固め始める。
これにはヒューゴも顔を青くし、即座にその場を後にした。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
逃亡中は延々と謝罪を述べた。
まるで念仏でも唱えるかのように。
駆け出しの魔王ヒューゴ。
彼には天地を揺るがす力があるが、生来の小心のせいで、他者よりも大きな労苦を背負う事になるのである。
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