第2話 魔王の役割

ヒューゴの生業は俳優業である。

仕事内容は魔王として、ゲームやアニメで悪役を演じる事だ。

ご存じの通り、ファンタジーものは一大コンテンツであり、世には数えきれないほどの作品が出回っている。

ゆえに魔族たちは悪として描かれはするが、仕事に困ることはない。

だが、何事にも例外というものがある。



「ええと。今回の報酬が銀貨5枚かぁ。早いところ仕事を探さないと……」



魔王役は狭き門。

何せ各作品に1枠あるかどうかなので、オーディションは苛烈そのもの。

新人からベテランまで勢揃いし、少ない『パイ』の奪い合いとなるのだ。


ではチョイ役に切り替えれ良いかというと、そこまで単純な話でもない。

魔王種はなにかと存在感が強すぎるので、雑魚キャラとして出演も難しい。

ゆえに、ヒューゴのような青年は仕事が途切れがちになるのだ。


ちなみに、彼のポジションではレジェンド的存在になっても生活は苦しい。

たとえば『魔王オブザ・イヤー』に選出された実力実績を兼ね備えた人物であっても、一家4人を養うことは出来ない。

共働きか、あるいはグッズ展開に漕ぎ着けることで、ようやく暮らしていけるのである。



「全財産は……銀6に銅2枚か。これじゃあ半年も保たないなぁ。せいぜい3ヶ月かなぁ」



月の家賃が銀貨1枚と銅が5枚。

これが最低限度の出費だ。

他に食雑費が銅5枚程度かかる。

切り詰めに切り詰めた家計なのだ。


ちなみに貨幣についてだが、最上の価値を持つのが純金貨で、以降は金銀銅賎(きんぎんどうせん)と続く。

下位10枚で上位1枚に相当し、これが世界の共通ルールである。


出演による臨時収入はあれど、財布は大して重くならず、焼け石に水であった。

ヒューゴは大きな溜め息をひとつ落とし、そして部屋の隅っこに座る。

足を三角に折り畳み、アゴを両膝に乗せて。


一応足を伸ばす分のスペースはあるのだから、もっと寛ぐ体勢に出来るのだが、これが一番落ち着くようだ。

そして親指の爪を噛む。

本人も悪いクセだとは思いつつも、こればかりは中々に抜けない。

特に何をするでもなく、時間はなだらかに過ぎていく。


どれ程そうしていただろう。

気づけば辺りは薄暗くなり、陽は落ちかけていた。

老人のような仕草で身を起こしたヒューゴは、唯一のランプに火を灯した。

すると、身体は空腹を覚えて、大袈裟な音を鳴らした。



「お腹空いたな……夕ご飯にしよう」



不自由な薄暗さの中、戸棚を漁り、いくつかの食料を取り出した。

食べかけの丸パン、自家製の干し肉が少々。

今日は特別にクルミも3つほど手にしていた。

折角の打ち上げなのだからと、奮発したのだ。



「いただきます」



床に置いた木の板をテーブルに見立て、独りきりの晩餐会が開かれた。

彼は大男なので、当然ながら大食漢である。

だが、余りの貧しさゆえに、栄養どころか満足な量の食にすらありつけないのだ。



「……母ちゃんの煮っころがしが食いてぇなぁ」



孤独で、悲惨な食事時には、いつだって幼年期を思い出していた。

彼の生家も貧しいのだが、それでも今の暮らしよりは恵まれたものである。

ヤモリの刺身、溶岩バジルのスープ、そして毒サソリの煮っころがし。

いわゆる『おふくろの味』を思い出しては懐かしく思い、自然と目元が滲んでいく。


そうやって沈んでいく彼を慰める人は、どこにも居ない。

いつだって元気付けるのは自分自身である。



「今日は、何かダメだ! もう寝てしまおう!」



満腹にはほど遠いが、食事を終えた。

それからは壁の側に寝そべった。

寝具は無い。

虫食いの激しい木の床で直に眠るのだ。

当然寝心地は悪く、中々に寝付くことが出来ない。

今日のようにナーバスな夜は尚更だ。



「……風が出てきたなぁ」



入眠を阻害するかのように、強い風が吹き荒れた。

季節は晩秋。

何ら暖房器具の無い室内は、凍える程にまで冷え込んだ。


だが幸いな事に、ここの住民は魔王である。

彼には数々の魔法耐性が備わっており、氷属性の攻撃はものともしない。

なので寒風がいくら吹きすさぼうとも、寒さに震えることはないのだ。


だが、それはあくまで肉体面の話だ。

彼の脆弱な心は、先程までの落胆も相まってか、心だけが氷点下まで冷えてしまった。

幼少期を思い出しては震える。

自分の情けなさを省みては震える。


そうやって自身を苛みつつ、夜を過ごした。

強風の方は一過性のものであったので、いつしか止んだ。

だが、ヒューゴの身震いは、彼自身が寝付くまで続くのだった。

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