魔王城は築57年

おもちさん

第1話 駆け出し魔王ヒューゴ

薄暗い城内にて断末魔の叫びが鳴り響く。

声の主は相当な巨体なのか、それとも人外な力を有する者か、その吠え声は多くを揺るがす程のものであった。

今、勇者の聖剣が魔王の胸元に突き立てられ、邪なる命を奪い去ろうとしていた。

世界を滅ぼすほどの力を持つ魔族の王であっても、それに抗う術(すべ)は持たない。



「グァァ! おのれぇ……矮小(わいしょう)なるニンゲンの分際で、よくもぉぉ!」


「これで終わりだ。魔王ヒューゴ。永遠の眠りに就くがいい!」



トドメを刺した勇者は息も絶え絶えといった様子だ。

彼の仲間も五体満足な者はおらず、みなが満身創痍といった有様だ。

想像を絶する戦いが繰り広げられた事は確実である。



「フフフ、私は、不死身だ! 覚えておれ、必ずや復活を果たし、今度こそはニンゲンの世を滅ぼしてくれようーー」



セリフを言い終える前に、魔王の体は朽ち果ててしまった。

辺りには遺骸どころかチリひとつ残らず、抜け落ちた聖剣があるばかりだ。

勇者は足を引きずりながらも愛剣を拾い上げ、それから振り返りつつ言った。



「みんな。帰ろう! 故郷に凱旋だ!」



誰もが立ち上がるのもやっとという様子だが、表情は明るい。

長く辛い旅がようやく終わる。

それを確信すると、体の底から力が湧いてくるようであった。

そうして一行は『魔王の間』と呼ばれる戦場から立ち去っていった。


大きな鉄扉を抜ける前に、勇者は一度振り返る。

その眼は、無惨にも打ち捨てられた王国兵の亡骸を見ていた。

長らく放置されていたせいか、すでに白骨化した後である。



「ごめんな。次来た時には、お前たちも連れて帰ってやるからな」



弔いの約束を交わし、彼らは部屋から出た。

その時、これまでにない調子の声が辺りに響き渡る。



「はい、カットォーーッ!」



それを合図に、周囲の動きは慌ただしくなった。

衣装・メイク担当は勇者たちの元へ駆け寄り、演技によって崩れた部分を修復にかかる。

白骨死体役は魔物『スケルトン』であり、腰を叩きながら立ち上がった。

撮影中はずっと同じポーズであったために、体を少し痛めたようだ。

自嘲的な笑みと共に『骨が軋むわぁー』などと口を揃える。


そんな最中、戦場を外側からグルリと囲んでいた撮影クルーたちは、既に撤収準備に取り掛かっていた。

魔王の間での撮影は全て完了したからだ。

本日のスケジュールは過密も過密だが、進捗は遅れ気味。

なのでスタッフは、特に新人の下働きは脇目も振らずに片付けに没頭し始める。


そんな慌ただしさの中、遠慮げな声がひとつ投げかけられた。



「あの、みなさん。どうもお疲れさまでした!」



声の主は魔王ヒューゴである。

魔族の王であり、ニンゲンなどモノともしない力を持つ男が、極めて腰の低い挨拶をしたのだ。

雄牛のような立派な筋肉に鳳凰を凌ぐきらびやかな羽、猛獣のごとき牙や爪を備えているが、この男は驚くほどに謙虚であった。

いや、謙虚というよりは小心と言うべきか。


彼の実力こそ本物であるが、ニンゲンを憎んでいるというのはあくまでも物語上の設定でしかない。

カメラさえ止まれば、極普通の好青年となる。

そんな彼は全ての出番を撮り終えたので、最後に一声だけかけて立ち去ろうとしたのだ。


だが折悪く、スタッフには会話をするだけのゆとりが無い。

結果的にヒューゴの言葉を無視した形になってしまっているが、手を休める者は誰も居なかった。

元来気の弱い彼は怒るどころか文句のひとつも言う事は無い。

ただモジモジと所在無さげに漂うばかり。

しばらくそのままで居ると、邪魔をしては悪いと感じ、黙って現場を立ち去ろうとしたのだが。



「お疲れ魔王ちゃ??ん。いい演技だったよ、すっごいキレてたよぉ??」



体にまとわりつくような、やや不快な声がする。

それを発したのは戦う術を持たない、愚鈍そうな中年男性だ。

彼自身は弱きニンゲンであるが『権力』という力を過分に有していた。

その人物に対し、ヒューゴは全身を緊張させて、最敬礼でもしかねない程に畏まって答えた。



「か、か、監督! どうも今までお世話になりました! 僕は今日でお終いなので、その……」


「うんうん、チミとも今日でお別れかぁ。寂しくなるね。次の出演とかは決まってないの?」


「あ、はい。特にオファーは来てないんで……」


「ふぅん。まぁ頑張ってよ。ウチの方でも枠が空いてたら、魔王ちゃんに声かけるからさ」


「ありがとうございます! いつでも呼んでもらって構わないんで! 下っ端でも死体役でも、何でもやりますから!」


「お。やる気あるじゃ??ん。じゃあさ、近々別のプロジェクトが走る予定なんだけど……」



2人が話を進めようとしたところ、あるスタッフが割り込んできた。

息が荒く、どこか殺気立っている様子だ。



「カントク! もういつでも出発できますよ!」


「おっと、そうだよねぇ。今日は修羅場なんだよなぁ。うんうん」


「あの、僕の事はもう結構ですんで……」


「そうかい? じゃあ悪いけど行くね。そのうち連絡を寄越すから、そんときはヨロシクねぇ??」


「はい! こちらこそ宜しくお願いします!」



撮影クルーと勇者たち一行は、次なるロケの為に移動していった。

その場に残された魔王ヒューゴ。

労いや別れの言葉もないままに、独りきりにされてしまった。



「……さて。帰ろうかな」



誰に言うでもなく呟き、自宅へと向かった。

ちなみに『魔王の間』は撮影セットであり、この青年の住処は全く違う場所にある。


町中の撮影所を出て、山道へと入る。

最初のうちは街道が整備されているが、それも徐々に荒れていく。

道沿いに立ち並ぶ住居もまばらになり、やがて途絶える。

そして道すら無くなった頃に森へと差し掛かる。

ヒューゴは迷う素振りも見せずに、鬱蒼と茂る森の中へと足を踏み入れていった。


そのまま歩く事しばし。

朽ち果てかけた小さな家へと辿り着いた。

およそ暮らすには難がありそうな掘っ立て小屋であるが、れっきとした彼の住処だった。

取り壊し予定だった建物を、たまたま見つけたヒューゴが破格の値段で借り受けたのだ。


定義に従って表現すれば、これが魔王城である。

築57年の年代物。

このちょっとした騒ぎで崩れそうな建物が、現世の魔王の住処なのであった。

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