The last tree

【エンジーク&ブルース】

子供達のはしゃぐ声が聞こえる。

この扉の先に、たくさんの子供達がいる。年に一度の特別なイベントを楽しみにしていたのは自分達も同じだった。

耳に馴染んだクリスマスソングが響く。さあ、行こうか。


******************


イベント出動の日は朝からバタバタしている。準備や身支度を整えながらサポートメンバー達は打ち合わせや会場設営に走り回っていた。そんなみんなの荷物が乱雑に放置された控室の片隅で所在なさげに座っていると、相棒が駆け込んできた。

「ねぇウイング来た!?」

「っいや、来てない、けど?」

あまりの勢いに一瞬詰まりながら答える。慌てて室内を見回した俺に呆れたのか、彼女はため息をつくと何してるの?と問う。

「………荷物係?」

あ、これは怒られるヤツだ。

この散らかり具合がサボりの動かぬ証拠。少しでも何かしておけばよかったと後悔しても遅い。


「もう少し片付けてから言おうよ荷物係さん。っていうか散らかし過ぎね、後でみんなにも言っておくわ。」

「そうだな。」

手近に落ちていたコートを拾い手早く、いやテキトーに丸めて放った。ふふっと笑われたので反射的に顔をあげる。

「どうしたらいいか、分からないんでしょう?」


図星だ。

今まで「出る側」でしかなかった。

だから何をしていいか、何が出来るのかさっぱり分からなかった。

「…分かってるって思ってたんだ。」

サポートメンバーの力がなければ満足に出動も出来ない。彼らの仕事を軽んじたことは無いし見ていたつもりだったが、それとこれとは話が違う。自分の見えていないところでこれほどいろんな事が起きていたとは。


「あなたは特にね。出ずっぱりだったから、分からないのも無理ないわ。」

「それ、怒ってる?」

「ああ、出ずっぱりって?昔は嫉妬してたけど、今は気にしてない、けど。」

「けど?」

「今すっごく気分が良い。」

「ほんっとに、お前…」

タカダノバーバリアンだろってくらい容赦ないことを言う。でもごもっともだ。ブルースとしての任務をこなしながら非番の時はサポートに回ることも多かった彼女に言われたら何も返す言葉はない。本当に器用だなと心から尊敬する。

「俺はエンジークのスーツがなければ、ただの役立たずだ。」

長年の相棒と二人きりだからだろうか、思ったより情けない声だった。

「ねぇ!ウイングは?」

遠くからサポートメンバーの声が聞こえた。普段からわりと横着なヤツなのでかなり遠くから聞いたらしい。こちらの会話は聞かれていないのはラッキーだった。

「ごめん!来てないって!」

と廊下に頭だけつきだして声のする方へ返事をした相棒は、さっきの意地悪な笑みを引っ込め、俺の一番好きな明るくて頼もしい笑顔で言った。

「落ち込むのは早いわよ、エンジーク!あなたにしか出来ない仕事を頼みたいから来て!」

え?と間抜けな返事をした俺は、気がついたときには温めていた小さな丸椅子から引き剥がされていた。

******************


果たしてエンジークにしかできない仕事とは、会場外の道案内だった。

「寒い!!!」

誰もいないのを良いことに声を出してみたが効果はない。芯まで冷えきった両手をこすったところでカサカサいうだけで熱など発生する予感は微塵もない。

看板をもって立つだけ、たまに道を聞かれたら答えるだけの仕事は、確かに体力もあるし経験上早稲田の地理に詳しい俺でも出来るというかこの程度の仕事量なら貴重なサポートメンバーを割くより俺の方が適任だろう。あいつの言うことに間違いはない。容赦なく適材適所を実行しただけだ。

薄い真っ赤な法被の袖を意味もなく引っ張って伸ばす。同じ赤ならエンジークのスーツの方が100倍暖かい。いやあれは赤じゃなくて臙脂色か、と下らない考え事ばかりしている。あと5分が長い。でも戻ったところで出来ることは、無い。

「…引退、ねぇ…」

この4年間が急に薄っぺらく感じた。


******************


心も体もすっかり冷えきって、言われていた時間より少し遅れて戻れば、出番直前のおねえさんに驚かれた。

「遅いですよ!早く早く!」

あ、ああ!と急かされるままホールの後方、撮影係の席近くのドアを開けた。


思わず固まった。

子供がたくさんいる。

「こんなにいたのか………」

ドアを開け放したまま立ち尽くす俺に、音響係が小窓を叩いて閉めて座れと合図する。始めるから、と。


ひときわ明るいクリスマスソングと共におねえさんが登場すると、子供達のおしゃべりが止む。

「みなさーん!こんにちはー!」

「こんにちはー」

「もっと大きな声で!こんにちはー!」

「こんにちはー!!」

いつもは袖で聞いていたやり取りを改めて目の前で見ると面白い。2回目のこんにちはなんて元気があり余って奇声に近くなっていた子もいる。入りたての頃はマイクに声も入らなかったおねえさんが冒頭3分で会場の主導権を握った。


急に音楽が切り替わりタカダノバーバリアンが割り込んでくる。いつものくせでフッと力が入るのが分かる。みんなの声が響いた時、行け!と心の中で思った。ヒーローの出番だぞ!



******************

無事に新人ヒーローはクリスマスショーデビューを果たした。怪人達が悪さをする前に後輩たちが計画の実行を防ぎ、例年通り怪人達も一緒にプレゼント配りをする運びになった。

特訓のかいあって、ワセダブリューの剣筋は良くなっていた。白熱したバトルに興奮冷めやらぬ子供達がプレゼントに群がる。


「次は応援出来るようにならなきゃね。」

カメラを片付けながら彼女が呟いた。誰に向けて言ったわけではなかったのかもしれない。二人とも、がんばれを言えなかった。言葉にならなかった。


「なんか、ね。」

最初こそ、力を込めていた拳はみんなの応援が熱を増すのに反比例して熱を失い惰性で指が食い込むばかりだった。

「もうあの場所に立つのは私達じゃないんだなって思っちゃった。」

サイテーね、と苦笑いする相棒に向けた顔はきっと同じような苦笑だろう。


「なんか、急に老けたな。」

二人ともという意味だったが、失礼ね!と強めの肩パンを頂いてしまった。

「せんぱーい!」

子供の群れの中に呼ばれる。


******************


プレゼントを配る後輩達の後ろに立ち、子供を誘導していく。

さっきまで不貞腐れていたのがどうでもよくなるくらいには可愛い。楽しい。生意気な子もいるが、そこは上手くコミュニケーションが取れているらしい。初めの頃は人当たりの悪かったウイングやソウダルフォンが膝をついて目線をあわせて丁寧に応じている。子供達のありがとう!が飛び交うなかで、羨ましさよりも嬉しさの方が勝った。


子供の一人が、こちらを向いているのに気付いた。手にはプレゼントを握っている。

「どうしたの?」

交換かな?と思った時だった。

「エンジークは?」

言葉につまる。

「…えっと、今日は来てないな。」


「なんで?」


子供は無邪気だ。しかし残酷だ。どう答えようかと頭をフル回転させるが、引退って分かるか?そもそも公表したっけ?と完全に空回りしている。もともとアドリブには強くない。

「なんで?」

頭が真っ白になり、なんか言わなきゃと焦った結果よりにもよってそのまま返してしまった。きょとんとした少女を前に更に言葉を探すが見付からない。


「あのね、前、エンジークに会ったの。でもね、ありがとうって言わなかったから、言おうと思ったの。」


「そっか…………ありがとう。」

またもやきょとんとした少女に、今度は落ち着いて答えられた。

「って伝えておくよ。エンジークは俺の友達なんだ。」

満足そうに、うん!と頷くとパタパタと友達のもとへ駆けていく。




あの日もエンジークは一生懸命だった。みんなの声援を受けて、立つ。

その事をあの子は覚えていてくれた。

その景色を俺も覚えている、相棒や、仲間達も。みんなと一緒にいた。

あの子は、その時に言えなかった言葉を忘れなかった。だから、伝わった。



今は上手く言えなくても、言葉に出来る日はきっとくる。

だって、エンジークの4年間は消えないんだから。



担当分を配り終わって子供達とじゃれていたワセダブリューと目が合う。

「頑張れよ!」

自然と笑顔が込み上げてきた。






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