4.


「は、ハイト……っ!?」


 タンッと軽やかに着地を決めるハイトの背後で兵二人が壁に叩き付けられる。一撃で伸びてしまったのか、兵はわずかに痙攣するだけで動き出す気配はない。


「サラ! 今の内にっ!!」


 腹心二人が戦う姿は見たことがあったが、ハイト自身がこんなに鮮やかな立ち回りを見せたのは初めてだ。


 驚きに立ちすくむサラに向かってハイトは片手を差し伸べる。その手を見て、サラはようやく我に返った。


「ええ、行きましょっ!!」


 ハイトの手を取り、先導するためにハイトを追いこして外へ飛び出す。ハイトは後れを取ることなくサラに続いた。そんな二人の後ろを人身姿の水龍シェーリンが追う。


「ハイトって、武芸もできたのね? いつもリーフェとヴォルトが前線に出るから知らなかったわ」


 通路を出口に向かって走り、階段を駆け上る。走りながら問いかければ、ハイトはうんざりしたような声音で答えた。


「過保護すぎなんだ、あの二人が。たしなみとして武芸一般は叩き込まれてるっていうのに、最後の最後まで俺には出るなって言うんだ。はっきり言って、体術ならリーフェより俺の方が上なんだぞ」

「そんなんだ……」

『ハイト、階段を上り切った先に何やらウジャウジャいるようだぞ』


 駆け上がりながらも水龍が冷静な声音で呟く。その指摘にハイトは眉をひそめてサラを見やった。サラはその視線に無理矢理浮かべた不敵な笑みを返す。


「地下から地上へ上がる道は一つしかないわ。建物の入口も一つよ」

「正々堂々正面突破しかないって事か」

「そういうことっ!」


 答え終わるのと同時にサラの足は階段の最後の段を踏んでいた。その勢いのまま扉を押し開き、外へ飛び出す。地下に慣れた目には建物の中の光さえ明るく感じられた。瞳をすがめながら、サラは突入前に覚えた感覚の通り進路を左に取る。


「! 侵入者だぞっ!!」

「やはりいたかっ!! 報告通りだっ!!」

「囲めっ!! 逃がすなっ!!」


 そんなサラ達をいくつもの気配が取り囲む。瞳をすがめて周囲を見渡せば、扉の周囲はいつの間にか兵に囲まれていた。


 どうやら『中に残った兵は二人』という情報は『中に残った兵は二人以上』というものの誤りであったらしい。異変を察知して応援要請に行った仲間が残っていたのだろう。外から微かに銃声が聞こえているから、リーフェに捌ききれる以上の人間がここに押し掛けているのかもしれない。


「っ……!!」


 収蔵品の合間を縫って通路は細かく切られている。その隙間と兵の隙間を縫って扉の前から先へは進めたものの、すぐに行く先は別の兵によってふさがれた。相手の狙いの場所に誘い出されたと分かった時には、壁際に開けた空間に追い詰められている。


「……っ」


 背後には大理石の台座に置かれた巨大なアクアマリン原石。それを中心に半円を描く態勢で兵がサラ達を取り巻いていく。建物の外へつながる扉はまだはるか先だ。無理矢理突破すれば、遅かれ早かれ必ず取り押さえられる。


「……」


 ジリッと、無意識の内に足が後ろへ下がったのが分かった。その気配を察した兵達は逆に一歩分前へ出る。ハイト達の後ろに立った水龍はそんな兵達を睥睨するだけで何も行動を起こそうとはしない。そもそもどうしてここに水龍が人身で顕現しているのかもサラには分からないが、ハイトに事の他目をかけている水龍が動きださないということは、ここで暴れられない何らかの事情があるのだろう。


 やはり自分がどうにかするしかないと、覚悟を決めてサラは『詞中の梟ミネバ・ラス・フローライト』に手をかける。サラの動きに気付いた兵達が、得物の先をサラに据え直したのが分かった。


「お前達、何サラが相手みたいな雰囲気醸していやがるんだ」


 その視界が、不意に青色にさえぎられる。


「いつもいつも、俺が大人しくしていると思ったら大間違いなんだぞ」


 ザリッとハイトの足が床を滑り、半身に構えられた体勢から右腕が後ろへ伸ばされる。ハイトは正面の兵を見据えたまま、引いた右腕でアクアマリン原石に触れていた。


「迷惑料にこれは貰って行くとリーヴェクロイツ王に伝えておけ。御前っ!!」

『なるほど、整形されていない、原石のままの藍玉。これならば形代かたしろの代わりにはなろう』


 ハイトの言葉を受けて水龍がニヤリと笑う。その笑みが不意に色をなくし、パシャリと微かな音を残して水龍の姿が崩れた。


「えっ!?」


 一度重力に従って崩れ落ちた水は、うねるように宙へ伸びあがるとハイトの腕を解するようにしてアクアマリン原石へ巻き付いた。青い燐光とともにアクアマリン原石を包み込んだ水は、勢いを加速させると宝石柱の形を変えていく。細く長く上へ向かって伸びていく様は、まるで地上から竜巻が立ち上っていくかのようだった。


『ふむ、あの常春頭、中々に良い物を持っておる』


 その嵐が、パッと弾ける。


 燐光と清冽な気を放ちながら倒れるようにハイトの手の中に落ちてきたアクアマリン原石は、長い柄の先に大きな刃を備えた長物の武器に姿を変えていた。


 矛や薙刀と呼ぶには身幅が広い刃を備えた得物がハイトの手に触れた瞬間、刃を彩るかのように青い燐光が散る。


「御前、一つ宜しく頼むっ!!」

『久々の実戦だ。抜かるなよ、ハイト』


 刃に依った水龍が軽やかに言葉を返す。


 その瞬間、ハイトが握った得物が命を得たかのように翻った。


「がっ!!」

「うわっ!?」


 遠心力の乗った刃が左端の兵に向かって振り下ろされる。そのままハイトを軸にして引き戻された刃は、勢いを殺すことなく八の字を描くように反対方向の兵に向かって突き出された。


「なっ!?」


 刃を受けた兵の槍がたわみ、そのまま横へ吹き飛ばされる。その光景に周囲の兵が目を剥くのがサラでも分かった。ハイトは優雅な足さばきで前へ出ると舞を舞うような挙措で手にした得物を振り回す。


「矛……? 違う、あれって、大刀……!?」


 前にキャサリンが『ハイトが使う武器が分からない』というようなことを言っていたが、それも当然だろう。槍や矛よりも重量があり扱いづらい大刀を専門的に扱う者はあまりいないと聞いている。昔は東方域で使われていたらしいが、今ではその東方域でも廃れた武器なのではないだろうか。サラも書籍から得た知識として知っていただけで、実物を見るのは初めてだ。


 ハイトはその大刀を、まるで操船棹を扱うかのように軽やかに使いこなしている。己を軸に力を無駄なく使って舞う姿は、戦場の中にいても優美だ。アクアマリンという材質のもろさを補うために水龍シェーリンが力を貸しているのか、青い燐光が刃の軌跡を彩るように散り、ハイトの姿に現実離れした美しさを添える。


 だがサラは、そこに見とれてばかりいるわけではない。ハイトの攻撃は明らかに入口側にいる兵へ偏っている。ハイトは突破口を開こうとしているだけで、敵の殲滅を目指しているわけではない。


 サラはその思惑を胸に秘めてハイトを見つめる。そんなサラに応えるかのようにハイトの視線がサラへ向き、敵を突き崩した大刀がハイトの手に触れてから初めて動きを止めた。


 ──今だっ!!


「『閃光フラッガ』っ!!」


 それを合図と受け取ったサラは右手を滑らせて宙へ文字を描く。


 即座に形を作った文字はカッと鋭く発光すると兵達の視界を焼いた。


「うわっ!!」

「あああああああっ!! 目がぁぁあああああああっ!!」


 目くらましの光に兵達がのた打ち回る。その合間を縫ってサラとハイトは囲みを抜け出した。ハイトはサラが閃光弾を使うと予測して顔を庇っていたのか、しっかりした足取りでサラの後ろをついてくる。


「ハイト! こっちよっ!!」


 サラはハイトの前に立って進むと入口の扉に飛び付いた。開く前に外の音に耳を澄ますが、あれだけ響いていた銃声がやんでいる。まさか集まった兵を全滅させたのだろうか。ひとまず間違って被弾する危険性はないと判断したサラは大きく扉を開いてハイトを外へいざなう。


「おでましかな? ハイトリーリン殿下」

「っ!?」


 だがその判断は、甘かったのかもしれない。


 広場の中心に立ってハイトを待ち受けていたのは、謁見の間で足留めされているはずであるアドリアーナその人だった。




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