2.


 そのままリーフェの足は、気負うことなく前へ進んだ。優雅な足取りに反して、紺掛青の袍の裾が大きく翻る。


 三歩も進めば、リーフェの姿は番兵達の目の前にさらされていた。視線が集まるのも気にすることなく足を進めたリーフェは、建物の入口扉の延長線上で足を止める。

そのまま建物の方へ体を向け直したリーフェは、二丁銃を真っ直ぐに自分の正面へ向け、堂々と登場したリーフェに呆気にとられる番兵を尻目にためらうことなく引き金を引いた。バババババッと、音というよりも衝撃に近い大音声が響く中、銃弾を受けた錠前が呆気なく壊れて宙を舞う。


「なっ…!? 何者だっ!?」

「!? やつは! リフェルダ・ロベルリン・ハイライド!?」

「まさか本当に現れるなんて!!」


 とっさに柱の影へ逃れた番兵達はすぐにリーフェの正体に気付いたようだった。広がる動揺を悟ったリーフェは、番兵達を誘い出すかのようにあえて引き金を引く指を緩める。


 その隙を突入の合図だと読んだサラは、リーフェの火線にさらされないように気を付けながら扉へ向かって飛び出した。リーフェが隙をあえて作ったことに気付いていない番兵達は、今ならリーフェを取り押さえられると思ったのか、誘われるがまま階段を降りて中庭まで出ている。サラが扉の前までたどり着いた時には、番兵達は十歩以上向こうで完全にサラへ背を向けていた。サラの姿は、本当に番兵達の目には映っていないのだろう。今なら簡単に中へ入ることができる。


 サラはソロリと扉を開くと、わずかな隙間から体を中へねじ込んだ。そっと扉を閉めれば、外の喧騒は閉め出されて静謐な空気がサラを出迎える。


 建物の中は外からの想像を違わぬ優美な空間になっていた。『コレクションルーム』という名の通り、ただ収集品を収めておくだけではなく、品々を愛でるための空間として使われているのだろう。収集品はどれも重厚な大理石造りの陳列台の上に美しく展示されていた。


「……でも、分類はしないのね」


 入口のすぐ目の前には厳めしい造りの西洋甲冑、その隣には東方渡りの古い壺、さらにその奥には大振りの宝石に彩られた首飾りといった具合に、収蔵品は無秩序に並べられている。アドリアーナからしてみたら何か法則があるのかもしれないが、几帳面な人間が見たらモヤモヤしそうな光景だなと、サラはどうでもいい感想を胸中に転がした。


 その瞬間、扉が閉まるような音とともに騒々しい足音が聞こえてきた。だが音の発生源はサラが入ってきた扉の方ではない。


「外の騒ぎはなんだ!?」

「リフェルダ・ロベルリン・ハイライドという声が聞こえたぞ!!」

「陛下が仰っていた重注人物じゃないか!!」


 左右を見回して足音がやってくる方向にあたりをつけたサラはソッと大理石の台座の間に身を隠す。そんなサラの目の前を兵が慌ただしく走り抜けていった。


「外のやつらに加勢しろ!!」

「中に何人残った!?」

「二人はいる! 後の人間は表に加われ!!」


 ──残りは二人、ね


 一行が扉を抜けて出ていく所までを確認してから、サラは兵達がやってきた方向へ走りだす。それと同時にパチンッと青いヴェールが弾けて消えた。ここから先はサラの力だけで兵の目をかわさなければならない。それを改めて思い、グッと奥歯を噛みしめながらサラは己の足へ力を込めた。


 典型的なリーヴェクロイツ様式の建物では、柱を多く建てる関係上、階段を設置できる位置が限られている。様式美にうるさそうなアドリアーナがこの建物を建てさせたのだとしたら、地下へ降りる階段は必ず入口に対して正面、かつ奥まった場所にあるはずだ。


 己の知識とアドリアーナの性格から予測を立て、通路を奥へ奥へと進んでいく。そんなサラの予想に答えが出たのは、数十秒ほど後のことだった。


「……あった!」


 建物の中に入ってからひたすら真っ直ぐ進んだ突き当たりに扉を見つけたサラは、考えるよりも早くそのドアに飛び付く。スルリと開いたドアの先には、むき出しの土壁に囲まれた降り階段がポカリと口を開けていた。壁の窪みに置かれたランプと、階段の縁を彩るようにはめ込まれた夜光石のおかげで視界は十分に明るい。サラは後ろ手で扉を閉じると躊躇うことなく階段を降った。


「……───」


 カツコツカツコツとサラの足音が微かに反響しているのが聞こえるだけで、地下階段は外以上に静まり返っていた。反響の仕方から考えて、地下の空間はそこそこに広い。階がいくつもあったら厄介だな、とサラは顔をしかめたが、その杞憂を払うように階段は一本道の通路へ繋がる。ひとまず迷子にならなくて済みそうだとサラは安堵の息をこぼした。


「……っ!?」


 だがその安堵の息は、目の前に広がる異様な光景に凍りついた。


「なに……これ………。なんでこんな所に、こんなに扉があるの……?」


 サラの背丈の五倍ほど降った先にズラリと並んでいたのは、見渡す限り同じ扉が延々と左右に続く直線の通路だった。通路はおそらく、地上の建物を越えた先まで続いているのだろう。中途半端に空間を照らすランプと夜光石のせいで、通路は先まで見通せるのに所々に見透かせない影が落ちている。むき出しの土壁が陰鬱な影を落としているせいか、ただの倉庫や作業場かもしれないのに、サラの目にはそのどれもが地下牢であるかのように映った。


「この中からハイトを探せっていうの……!?」


 リーフェはこの建物の地下にハイトがいると言っていた。だが詳細な場所は分からないとも言われている。この場にリーフェがいない以上、地道に一つ一つ扉を開けて探す他に手はないが、そんなことをしていたら圧倒的に時間が足りない。上にいるリーフェがもたないだろうし、見回りに残された兵がここへ来ないという保証もないはずだ。


「っ……ウダウダ悩んでたって、どうしようもないじゃない……!!」


 焦りがサラの胸を焼く。


 そんな自分を叱咤するために、サラは両手で自分の頬を挟むように叩いた。


 疲れのせいで頭がうまく回っていない自覚はある。それに加えて、ここの陰鬱な空気に気力や精力を吸い取られているような気もした。そんな時に思考を回しても、暗い気持ちに呑み込まれて何もできなくなってしまう。


 だからサラは、馬鹿を承知で行動に出た。


 両足でしっかりと床をとらえて、スゥ~ッと大きく息を吸う。同時に腹筋へ力を込めることも忘れない。


「~ッ、ハイトッ!!」


 キンッと響いた声に、ランプの灯りが揺れる。


 王女よりも舞台女優と言った方が信じてもらえるだろう大音声を張り上げながら、サラは通路の先を睨み付けた。


「ハイトッ!! どこにいるのっ!? 迎えに来たわよっ!!」


 リーフェは言っていた。ひたすらハイトを呼びながら探せと。サラの声なら届くからと。


 だからサラは、敵に見つかることを承知で、腹の底から叫ぶ。


「いるなら返事してっ!!」


 ハイトがこの通路のどこにいるかは分からない。だがこれだけの大声を張り上げながら進んでいけば、必ずどこかで気付いてくれる。気付けば何かリアクションを返してくれる。


「ハイトォォォォッ!!」


 ──やってやるわよ! どこまでもっ!!


 サラは気合を入れ直して声を張り上げる。そのまま通路を進もうと足を……


「サラッ!?」

「ピャイッ!!」


 ……踏み出そうとした瞬間、すぐ隣にある扉がガチャガチャッと騒がしい音を立てた。


「ハ、ハイト!?」

「サラ! そこにいるのか!?」


 思わず飛び上がった勢いのまま反対側の壁まで飛び退る。だが扉が立てる騒がしい音は消えない。それどころか、開かないことにじれて体当たりでも始めたのか、扉が立てる音はどんどんけたたましくなっていく。


 ──案外分かりやすい場所に監禁されてたのね!?




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