4.
「……よろしかったのですか?」
背中合わせに立ったヴォルトの口上を聞きながら、キャサリンはヴォルトにだけ届くように唇を開いた。
「リーフェ様と一緒に行かなくて」
「俺まであっちに行っちまったら、誰がここを足留めすんのさ」
「私一人で、何とでも」
「まーた、強がっちまって」
『
「キャサリンこそ、本音を言えばサラに付いて行きたかったんじゃねぇのか?」
「わたくしまであちら側に行ってしまったら、ここの足留めはどうなるんです?」
「それこそ、俺一人で十分だろ」
同じように長刀を抜いたヴォルトが、わずかに刃を回して敵を牽制しているのが分かる。ヴォルトが纏う覇気に押されているのか、それとも『アクアエリアの雷刃』の武名を恐れているのか、敵は圧倒的に優位であるはずなのに自ら仕掛けてこようとはしない。
その嵐の前の静けさの中を、二人の軽口がリズミカルに転がっていく。
「……ハイト様を見つけるためには、リーフェ様が出なければなりません。そしてハイト様を連れ戻すためには、姫様が行かなければならない。リーフェ様の実力は存じ上げております。姫様も、決して弱くはありません。向こうに行ってもお邪魔ならば、わたくしはここに残るべきでしょう」
サラの合図で、リーフェが水蒸気の煙幕を作り出す。敵が混乱している間にサラとリーフェが謁見の間から抜け出してハイト救出に向かい、その間の足留めをヴォルトとキャサリンが担う。
当初はキャサリンも、無理を言ってサラに付いていこうかと考えていた。だがその考えは、作戦決行の前、装束を改めてきた二人を前にした時に霧散した。
「わたくし一人のワガママよりも、今は作戦の成功を考えるべきなのですから」
出陣を前にして二人が改めてきた装束は、それぞれが略礼装として着ているのであろう、許色の王宮装束だった。
二人は、リーヴェクロイツ王宮に殴り込みをかけるにあたって、改めて自分達がアクアエリア第二王子ハイトリーリン殿下の臣下であることを示す装束を選んだ。明確にハイトの側近として、リーヴェクロイツに真正面から喧嘩を売るという覚悟を示したのだ。
「あなた方の覚悟を前に、ワガママなんて言えませんよ。わたくしの武芸は、元を正せば生きる糧を得るためのもの。決して美しいものではありませんが、それでも役に立てるならば、有効活用できる場所で使うべきです」
「発端が美しいかどうかは、関係ねぇだろうが。それを言うなら、俺の剣も美しくはねぇからな」
敵に向けられていた刃先が、天井に向かって立てられる。牽制から実戦へ向けて構えを変えるヴォルトを背後の気配だけで察知しながら、キャサリンもハンマーの先を足元に引き寄せ下段に構えた。
「俺の剣は、当初は権力者に取り入るための道具に過ぎなかった。ハイトに救われた時、その剣を捨てようと考えた事もある。余りにも俺の剣は、ハイトの側に在るには汚すぎたから。丁度良く、剣を握れねぇ体にされてたしな」
ゆっくりと構えを変えながら、ヴォルトは小さく言葉をこぼす。
「……だが、剣を捨てたら、俺にはハイトのために役立てられるモノが、何もなかった。御世辞にも俺の頭は、文官になってハイトを支えられるようなデキじゃなかったし、その道にはリーフェが進もうとしていた。ハイトの御荷物にならないためには……ハイトに、少しでも恩義を返すためには、道具に過ぎなかった剣を、武器として使えるくらいに、ハイトに誇らしく思ってもらえるくらいに、磨くしかなかった」
その動きを見て初めて、敵は二人を迎撃すべく構えを整えはじめた。
おそらく相手は、錬度が低いというよりも士気が低い。中立国という立場を保つためには、他国に付け込まれないように一定以上の兵力が必要だ。そのためにも、兵は一定のレベルを保たれている。
だが中立国という性質上、実戦経験は圧倒的に少ない。それが今の動きに出てしまっている。そこを衝けば、この圧倒的に不利な状況もひっくり返せるはずだ。
「俺の剣が美しく、真っ当なモンに見えんなら、それは全部ハイトのお陰だ。俺はその剣で、ハイトの役に立てる場所に立つ。それが決してハイトに一番近い場所でなくても、真っ先に駆け付けられる場所でなくても」
その言葉は、さっきキャサリンが投げた問いに間接的に答えるものだった。
表面上は静かでありながらも深く響く感情を懐に秘めた言葉を、キャサリンは胸の奥で噛み締めるように受け止める。
「……この戦が終わったら、帰路の
その上で出た言葉は、我ながらベタな発言だなと呆れてしまうようなものだった。もう少しマシな返しがあるだろうにと自分にダメ出しをする背後で、ヴォルトが微かに笑うのが気配で分かる。
「いいぜ? じゃあそのためにも、とっとと蹴散らして向こうに合流すっか」
だがその笑みは次の一瞬で霧散した。
引き絞られた弦から矢が放たれるように、タンッと二人の足が同時に前へ出る。
「全ての武名は我が主のために」
二人の唇から同時にこぼれた言葉は、剣劇の音に掻き消された。
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