姫様の殴り込み
1.
その日、リーヴェクロイツ王都・カザルスの空には花が舞った。
まるで琥珀が花の形を取ったかのように陽光を受けて輝く花弁に、王都の住人達は思わず空を見上げる。その耳に厳かな楽の音が届き、視線を下げた時には天を突くかのように翻るオレンジ色の旗が王都の目抜き通りを埋めていた。
「な、なんだこれは!?」
「ねぇあなた、あの旗は、何の旗?」
「うわぁ、お母さん、すごい兵隊さんだよ!」
オレンジの地に梟と本の紋章が何を示すのかは分からなくても、兵を連ね、花が降る中を行く隊列が高貴な身分の方のためのものだということは分かったのだろう。王都の住人達は老いも若きも隊列に道を譲って、突如現れた道行きを道端から見物を決め込んだ。
この隊列の登場に慌てふためいたのは、旗が示す意味を知る王宮の人間だった。
「あれはフローライトの国旗じゃないか!! どういうことなんだっ!?」
「王家の旗を掲げているということは、王家からの正使か!?」
「いや、あの規模だと、王家に連なる本人が乗り込んでいるはずだ」
「フローライトがリーヴェクロイツを訊ねる予定なんてなかったはずだろ!? 一体何がどうなっているんだ!?」
そんな人々の好奇の、驚きの、そして戸惑いの視線をよそに、隊列は厳かに王宮に向かって進んでいく。
見物人の口からひときわ大きなどよめきが上がったのは、隊列が護衛する馬車が姿を現した瞬間だった。
「見て! すごい馬車!! 六頭立てなんて初めて見たわ!!」
「真っ白な馬車に白馬なんて、素敵ね……」
「誰が乗っているんだろう? 扉に紋章が描かれているけれど、この辺りでは見かけない紋章だな」
純白の車体に、一点のシミもない白馬が引く馬車。その馬車の窓から中を見ることに成功した人々は、誰もが感嘆の息をついた。
「綺麗……」
「お姫様だ~!」
「金の髪ってことは、リーヴェクロイツの御方ではないってこったな。金……フローライトか?」
「フローライトのお姫様の道行きってこと?」
「並のお姫様じゃねぇぞ。確かフローライトの王女様は『フローライトのバロックパール』って言われるような綺麗な方なんだろ? もしかしたら、その王女様なんじゃねぇのか?」
「そうなのかも! だってこれだけの規模の隊列なんですもの! きっと陛下に会いに行かれるのだわ!」
王都の住人は、はからずも目にすることができた異国の貴人の姿にほぅ、と溜め息をつく。
だがやはり王宮の人間は、そんな呑気な反応はしていられなかった。
「フローライトのアヴァルウォフリージア姫だと!? 一体どういうことだ!? うちは中立国だぞ、何の因縁がある!?」
「……陛下の御機嫌が、お忍びからお戻りになられてから事の他よろしいようだが、陛下は今回どこへ行っておられたのかな?」
「まさかコレクションのことで何かやらかしてきたんじゃ……」
予定にないフローライト使団と思われる隊列のことは即座に王へ報告された。緊急事態だ。儀礼も何もかもをすっ飛ばし、重要案件を審議していた議場に泡を食った臣下が乱入してきても、議会の出席者は誰も無礼は咎めない。
「陛下! これは一体どういうことで……!?」
「陛下、先日新たにコレクションを仕入れたと仰っておられたが、まさかフローライト王家に関わりのある物だったのではございませんでしょうなっ!?」
臣下の報告に議場の出席者達は矢継ぎ早に王へ言葉を向ける。その言葉はどれも王を咎める色を帯びていた。
王の収集癖については、臣下の誰もが承知している。その手段が時に強引で他国と揉めたこともかつてはあった。その揉め事が戦にまで発展しなかったのは、ひとえにリーヴェクロイツが中立国であることと、相手が代替品で矛を納めてくれたからに他ならない。臣下の暗躍で揉み消したというのももちろんある。
それゆえに臣下達が相手国を責めるよりも先に自国の王を疑うのも、致し方ないことだった。
「……あぁ、あのアクアマリンは、フローライト王女殿下にも関わりのある物だったかな?」
まぶたを閉じて臣下の声に耳を傾けていた王は、議場のざわめきが小さくなってからささやくように答えを口にした。その声に臣下が一斉に非難を投げ掛けようと腰を浮かす。
だが不満の声は音になる前にたち消えた。
「国王陛下と議場の方々に申し上げます!」
一つ目の理由は、新たな臣下が議場に駆け込んできたから。
「フローライト国王女、アヴァルウォフリージア殿下御一行が国王陛下に拝謁をと城門までおいでですっ!!」
「お通しせよ」
二つ目の理由は、王が艶然とした笑みを浮かべて立ち上がったからだった。
王の尊顔を日常的に拝する議場の出席者達さえ見とれる、滴るような艶を纏った笑み。その中にコレクションを羨まれて優越感に浸るような恍惚を混ぜ、リーヴェクロイツ王アドリアーナは臣下へ命を発した。
「お通しせよ。そのような高貴な方を門前で追い払ったとなれば、リーヴェクロイツの名に傷が付く」
「しっ……しかし! ご面会のご予定はございませんし、第一アヴァルウォフリージア姫は婚約の儀に臨むためにアクアエリアに入られたはずでございます。本人かどうかも分からないというのに、押し掛けられたからと即門内に入れるのは……!!」
「良い。我が命である。お通しせよ」
王の言葉に臣下は平伏すると議場の外へ走り出ていった。議場の中は形にならないざわめきで満たされる。
「どのような手を弄しようとも、我が手中に納めたアクアマリンを渡しはせぬよ」
王は悠然と議場の窓辺に歩み寄る。
二階に造られた議場の窓からは城門を眺めることができた。厳めしく立ちはだかる城門の外を見ることはできないが、外のざわめきが門を越えてこの王宮まで流れ込んでいることは分かる。
「さて、お手並み拝見といこうか。アヴァルウォフリージア姫」
笑みを含んだ独白は、誰にも届かずに空気の中へ溶けていった。
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