5.

「リーヴェクロイツ王は、ハイトを王宮に連れていくと言っていたわよね。だけどこのローウェルから王都のカザルスまでは馬車で七日、馬で駆け通しても四日はかかる距離があるの。その距離を、リーヴェクロイツ王は一日で抜けると言っていたのよね? ハイトを救出にいくならば、まずこの距離が敵になるわ」


 その決意を言葉に込めて、サラは目の前に座る腹心達を見つめる。言葉と視線に真っ先に答えたのは、ハイト側の腹心だった。


地熊イアトの力を使えば、王宮まで最短距離で進める地下通路を即興で造る事は可能だよ。だけど、本当に相手は王宮に向かったのかな? もっと近場に離宮の一つや二つはあるでしょ。ひとまずそこへ連れていった可能性もあるんじゃない?」

「いえ、それはリーヴェクロイツ王の性格上、ないかと思われます」


 リーフェの意見に異を唱えたキャサリンは視線を宙にさ迷わせていた。脳裏にはリーヴェクロイツ領の地図が広げられているのだろう。


「確かにここからカザルスの王宮までの間に、いくつか使えそうな離宮はあります。ですが、リーヴェクロイツ王は全てのコレクションを王宮に集めており、各地に分散保管は一切していないと聞いたことがあります。リーヴェクロイツ王が遠方から取り寄せる収蔵予定品は、経由地などで一時保管などは一切されず、昼も夜も荷馬車で街道を駆け通して、一分一秒でも速く王の元へ届けられるように手配されるそうです。そのためだけに運び手には検問のフリーパスなど、いくつかの特権が与えられるとか。それほどコレクションに執着する方が、離宮に立ち寄るなどというまどろっこしいことをするでしょうか? ましてや今回標的とされたハイト様に対しては……」

「国軍を動かし、当人が出張る程の執着を見せている、か。確かに離宮を経由するなんてまどろっこしい事はしないかもしれないね。心にそんな余裕なんてないはずだ。僕の意見は取り下げるよ、全面的に女中メイドさんの意見に賛成」


 キャサリンの言葉に耳を傾けたリーフェがあっさりと意見を取り下げる。そんな二人のやり取りにヴォルトは口を挟まない。ソファーにどっしりと腰を据えて二人の会話に耳を傾けている。


「じゃあ、ハイトが連れていかれたのは、十中八九カザルスの王宮と考えていいのね?」

「そう考えて動くのが、一番効率的だと思う。カザルスの王宮がどれくらいの広さか詳しくは分からないけれど、敷地内に入れさえすれば水龍シェーリンを介してハイトの居場所を割り出す事が出来るはずだよ。問題は七日間の距離をどう詰めるかだ」

「リーヴェクロイツ王が地下に道を掘って最短の通路を作り出したならば、それを真似るか、通路を探しだすか、もしくは……」

「逆に空でも飛ぶか、ですね」


 サラの独白を受けたキャサリンがチラリとリーフェに視線を流す。それに気付いたヴォルトがリーフェへ水を向けた。


「リーフェ、お前、水龍に頼めねぇのかよ? ハイトがやってたみたいによ」

「はぁっ!?」


 その言葉にリーフェが素っ頓狂な声を上げた。眼鏡を外した瞳が大きく見開かれている。


「何言ってるのヴォルト、あれはハイトだから出来る芸当なんだよ? 僕なんかじゃ無理無理無理無理!!」

「ハイトの身代が掛かってるって言えば、案外水龍も快く協力してくれんじゃねぇかと思うんだが……」

「いやいやいやいや、そもそも国守の神って、王族といえども気軽に口を利けるような相手じゃないからっ!! 国家の一大事とかならまだしも、個人的な頼み事をする相手じゃないからっ!! ハイトと水龍の距離感がおかしいんだからねっ!?」


 リーフェは立てた片手と首をブンブンと勢いよく左右へ振った。普段まとっている飄々とした空気をどこに忘れてきたのか、リーフェはヴォルトの言葉を否定するのに必死で雰囲気を取り繕うことさえ忘れてしまっている。素に近い仕草と表情をさらすリーフェは、常よりもいくつか幼く見えた。恐らくこちらの方が、実年齢にはふさわしいものなのだろう。


 だがリーフェがここまで焦るのも珍しいのではないだろうかとサラは思わず目をしばたたかせる。それくらいヴォルトが無謀なことを口にしたということでもあるのだろうが。


「そもそも僕に水龍が依っているのは、ハイトがお願いをしたからであって僕個人の資質は全く以って関係していないんだよっ!? はっきり言って水龍にとって僕なんて他の有象無象と大した変わりはないからっ!! だから僕が水龍に物を言える立場にあるとか、水龍と繋がっているとか、器だとか通じてるとか使い手とかないんだよ断じて!! アクアエリア王宮でも勘違いしてる輩は多いけどさ! 僕は水龍に気に入られたわけでも水龍を宿せる器であるわけでもないの!! 水龍が気に入ってるのはハイト! 根本が依っているのもハイト!! その事は昔っから何一つとして変わっていないのっ!! 僕が『水繰アクアリーディ』の力に恵まれたのは完全に副産物であって水龍の意思ですらないの!! 水龍が積極的に口を利くのはハイトだけ!! 気軽にお願い事を聴くのもハイトだけ!! 武術の練習相手やらお守りやらをするのもハイトだけなんだから! 水龍にとって、僕は単なるハイトの附録オマケ!! ハイトに取って代れるような存在じゃないのっ!! 分かったっ!?」

「お……おぉ……。……でもお前、王宮であれだけ擦り寄ってくる輩に、そんな説明した事、一回もないじゃねぇか」


 怒涛の勢いでまくし立てられたヴォルトが若干引きながらも反論を口にする。そんなヴォルトにリーフェは腕を組みながら鼻息も荒く答えた。


「あいつらに本当の事を教えたらハイトが迷惑するだけじゃないか! それに勘違いしてもらっていた方が、あいつらを便利に使えるしね。ハイトにはそんな真似、出来ないと思わない?」

「そ……そうか」


 ヴォルトは勢いに押されて無理矢理首肯させられた。そんな二人のやりとりを眺めながら、サラは以前言葉を交わした水龍を思い出す。


 ――そんなに気位が高い神には思えなかったけど………


 現に水龍はあの時『乗り物代わりにされただけで怒るほど狭量ではない』という旨の言葉を口にしていた。事情を説明した上で誠意を込めて願えば、案外許してくれそうだとサラは思う。


 だがあれはもしかしたら、サラがハイトの隣にいたからこそ与えられた恩情なのかもしれない。ハイトが己の血で作ったリラ・アクアマリンを与えた姫。そういう特殊な事情があったから、ハイトの思いを汲んだ水龍がハイトを遇するようにサラを遇したという可能性もある。


 とにかく、リーフェがここまで拒むならば無理強いすることもできない。そもそもサラは、最初から水龍の手を借りることは考えていなかった。


 水龍の助力を得られるならば、やはりハイトの傍でハイトを見守っていてほしい。今のハイトを守れる存在があるのだとしたら、それはもはや水龍しかいないと思うから。


「空を行く方法なら考えがあるわ。無理に水龍に頼らなくても大丈夫よ」

「え? 詞梟ミネバに頼むのか?」

「詞梟は水龍より放任主義なの。きっと頼んだところで返事もしてくれないと思うわ」


 サラの言葉にヴォルトは疑問を顔に浮かべた。一方リーフェとキャサリンはどことなくサラの言わんとすることを察したような顔をしている。


「何も飛行は国守の神の専売特許じゃないって事だよ、ヴォルト」

「は?」

「そういうことよ、リーフェ」


 リーフェの言葉に頷くサラに、ヴォルトが問うような視線を向けてくる。


「私の『詞繰ライティーディ』で空を行く乗り物を作り出せばいいのよ。それくらいの力なら、私にだってあるわ」

「『詞繰』って、そんな事まで出来んのか!?」

「フローライトの王は、万の兵を『詞繰』で創り出して戦場へ送り出す。私の『詞繰』はそこまでは至らないけれど、四人を乗せて飛ぶ乗り物を創るくらいなら簡単よ」


 胸を張って言い切ったが、全てが本心かと問われれば嘘になる。


 サラは今まで、そんな形で『詞繰』を使ったことはない。創り出すこと自体はできるだろうが、それに四人を乗せて空を飛ばすことができるか、飛ばせたとしても馬車で七日かかる距離を詰めるスピードが出せるかどうかはやってみなければ分からないというのが本音だ。


 だけど。


 ――私にだって、フローライト王族としてのプライドがあるんだから


 ハイトがリーヴェクロイツ王に従った瞬間を、サラはきちんと覚えている。か細い声でハイトを呼ぶことしかできなかった自分のことも。


 あの時の自分は、あまりにも無力だった。ハイトは己の身を呈して自分達の命を助けてくれたというのに、サラはそんな状況を黙って見ていることしかできなかった。同じ王族で、サラには『詞繰』という、戦う力もあったというのに。


 今ここで、同じ過ちを犯すわけにはいかない。だってサラは今、こんなにも自分に腹が立っている。お荷物でいることなんて、自分の矜持が許さない。無理をしてでも、歯を食いしばってでも、自分の力が役立つならば使いたい。


「じゃあ距離の問題はまず解決出来そうだね。次は王宮に到着してからどうするか、だ」


 サラの言葉を受けたリーフェが話し合いを先に進める。リーフェがサラのハッタリに気付いていないのか、サラの気持ちを汲んだのかは分からない。一瞬心配そうに表情を曇らせながらも出かけた言葉を飲み込んだキャサリンに対して、リーフェとヴォルトの表情はあまりにも変化がなかった。


「到着出来たとしても、門前までリーヴェクロイツ王を呼び立てるわけにはいかないでしょ。かと言って忍び込もうにも、こちらはリーヴェクロイツ王宮内の地理に明るいわけじゃない。ハイトがいる場所が大体分かると言っても、誰にも見咎められずに合流する事は不可能に近い」


 リーフェは言葉の途中でチラリとキャサリンに視線を流した。その視線に含まれた意味を察したのか、キャサリンは何も言わずにわずかに首を横へ振る。次いで視線はヴォルトへ流れたが、ヴォルトは特に何も反応を見せず、何かを沈思しているようだった。


「正面から突破しようとしても、この人数だ。門番がまず取り合ってくれないだろうね。相手側だって、まさかフローライト王女がこんな少数で行動しているなんて思わないだろうし。ましてや事前に使者も立てない電撃訪問だ。偽者の悪戯として片手で追い払われるよ」

「リーフェ、そのことだけど」


 その流れを向けられて、サラはようやくキャサリンとリーフェが飛び込んでくるまでにヴォルトと話し合っていた策のことを思い出した。サラが纏う雰囲気を変えたことに気付いたのか、顔を上げたリーフェがわずかに姿勢を正す。


「どれくらいの人間を従えていたら、間違いなくフローライト王女の行列だと一目で認識してもらえるかしら?」

「……フローライト王女がアクアエリア第二王子との婚約式のためにアクアエリアに向かっている事は、周辺各国周知の事だよ。本来ならフローライト王女がこんな所にいるはずないんだ。いきなりリーヴェクロイツ王宮を訪問しても、偽者と判じられるはずだよ」

「そういう理屈はいいの。現場で納得させられればこちらの勝ちよ。そうでしょう? 私が知りたいのは数よ。どれくらいの規模の行列を従えれば、フローライト王女アヴァルウォフリージア一行であると見た目で訴えることができるの?」






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