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 12時。鐘が鳴り、死者の思いが雨とともに時計台に降り注ぐ。

 いつものように、双子はそれらを手に取り、新たな生をもたらすために唇を落とす。そうすれば思いは時計台に導かれ、新たな命へ生まれ変わる。

 施しのキスをした時、双子は死者の思いを知る。この思いを形作った人間が何故死んでしまったのか、それが見えるのだ。


 見えてしまうために、弟は考えてしまう。

 何故、人はこうも簡単に死にゆくのか。

 病気や事故なら仕方ない。彼らは生きたくても生きられなかった。ならばせめて次の人生は幸せであれと願いながら施しを与える。

 しかし自ら死を選んだもの、或いはその手で他者を死を与えるもの──生を受けながらも自身の、他者の死を選ぶものの意志は理解ができなかった。


 自分達は、死した命を新たな命へ繋ぐものである。

 それが役割であり仕事である双子からしてみれば、理解などできるはずがないのだ。


 それ故に、彼は初めて仕事の手を止めた。

 直前に触れたのは、自ら命を絶ったものの思いだった。流れ込むのは、ただひたすらに死にたいと懇願する思いだけだった。


 死にたい。死にたい。このままじゃ辛い。生きていたくない。死にたい。死ねば楽になるかな。次なんていらない。死にたい。死んでしまいたい。楽になりたい。もう嫌だ。死にたい。死にたい。死にたい──


 天使の施しを受けた魂は、時計台に導かれる。

 しかし、と思った。

 次なんていらない。死を選んだものの思いが脳裏に響く。

 生を望まないものに生を与えても、意味が無いのではないか。そんなことをしても、またしを選ぶだけなのではないか。生きる意味が、ないのではないか。


 そんなことを考えていると、不意に兄から手が止まっていると指摘された。弟は慌てて仕事を再開するが、それもまたすぐに止まる。


 今度は、人を殺したものの思いだった。

 数多の思いが一緒くたになって流れ込み、弟は堪らず顔をしかめる。だがその中で唯一見えたものもあった。

 ただ、殺してみたかった。

 まるで玩具で遊んでみたかったというような物言いに、弟は顔をしかめた。


 ああ、もう。弟は唇を噛む。最近こんな思いばかりだ。

 少し前までは生きたいと願うもの、次の命を望むものばかりだった。そんな思い、或いは願いを叶える思いで、天使はそっとキスをしていたのだ。

 しかし今や死に急ぐもの、命を命と思わないものばかり。そんなもの達が徘徊する世界に、新たな命をもたらすことに、本当に意味があるのだろうか。

 望まれないことを、自分達はしてしまっているのではないか。

 何のために、命を回すのだろうか。

 いくら考えても、答えはわからなかった。


 翌日。今日もまた鐘が鳴り、雨が降る。

 叩きつけるように落ちてくるそれをぼんやりと眺めながら、彼は思いふける。

 今日のこれは、生まれ変わりを望んでいるのだろうか。

 ひとつを手に取り、そっとキスをする。見えたのはまた、死だけを望む思い。別のそれも、また同じ。

 いつからだろうか。明日を望まず、すべてを終わらせてほしいと願う魂ばかりが降り注ぐようになったのは。

 そもそも、これで本当にいいのだろうか。全ての命を次へ導く。それで世界は幸せなのだろうか。

 弟は顔をしかめた。一度気になってしまうと、答えが出ないと気が済まない。しかしそれがわかるほど、自分も兄も聡明ではない。そしてそれがわかるものは、多分何処にもいない。


 誰もわからないなら、何が正しいのかもわからない。なら、それなら──

 本当に次を生きたいものだけを選んで、時計台に導いてもいいのではないか。


 弟は、思い至った答えに戦慄した。

 死を望み、死を選び、死を運ぶ人間など必要ないのではないか。それを選別し、新たな命を回すことこそが、兄と自分に課せられた真の使命なのではないか。


 そうと決まればと、弟は動き出した。転生を望む思いを拾い上げるために、正しく新たな命を回すために。それこそが、神より賜りし本当の意思なのだからと。

 しかし、その決意も虚しく、どれに触れようとも次を待たない思いばかりだった。

 どれだけ触れど、ただ死にたいだけ。自ら死を選ぶものしかいない。むしろ自分たちなど不要と言われているのでは思えてしまうほどだった。


 ついに弟の手が止まった。彼は、生きることを望まない思いを冷めた目で見つめ、深く息をついて落胆した。


「ああ……」


 ここには本当のゴミしかないのか。

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