信念の形

くずき

信念の形

何度も夢に見た。

その夢にはいつも同じ男の人が私の前に立つ。

茶色く、薄汚れた白い行者服に、髪は雑に、短く切っている。大きな杖をついて、ただ歩いていくその人の背中を私は、ごく自然におった。

追い続けると、気づけば山頂にいて、そこは砂地、小さな岩がゴツゴツあるのみ。彼は立ち止まる。すると、右手を上げ、空を右から左へ撫でる。

雲は次第に晴れて行き、現れた太陽はとてつもなく大きい。空を全て埋め尽くしそうなほどだった。それはありとあらゆるものを照らし、物体が作り出していた影は、なくなっていく。

彼はそれにひざまづいて、両の手を合わせた。そして、口ずさむ言葉、声。私の心の中から、黒いものが消えていくような、不思議な感覚に落ちる。心がざわめき、体が身震いまでする。

私はただ、それを見つめる。

その時間が、瞬間が、一番、心が落ち着き、この世から去りたいと思っていた気持ちが、なぜか晴れていく。

仕事が辛かった。人間関係も、一人暮らしも、悪口を言われることも、辛くて、逃げたくて、まるで重たい石を持って歩いているようだった。

気づけば、頬に暖かなものが流れ始め、それはとめどなく、滝のように流れ去る。

私は彼の背中を見つめ続ける。

彼の背中は、とても大きい。

私は膝をつき、その暖かな背中に頭を預ける。

汗臭さが香ったが、そんなこと、どうでもよかった。母のように柔らかい、その優しい背中から伝わる体温は、私の頭から、足の先まで、どんどん、どんどん、暖かくしていく。涙は、どうしてか、より一層、溢れる。

心の底から謝りたくなった。

悪口を言ってしまったあの人へ、怒鳴り声を上げてしまったあの人へ、無視をしてしまった、あの人へ。

それと同時に、感謝したくもあった。

今まで育ててくれた母へ、美味しいご飯を作ってくれた祖母へ、私にフランス語を懇切丁寧に教えてくれた先生へ、辛いときに隣にいてくれた友へ。

目を閉じ、彼に身を任せれば、私はそこでいつも眠りにつく。

目を開けると、彼が私を背負い、歩いてくれていた。その先の道は果てしなく遠い、夜の砂漠。あたりはよく目を凝らさないと、全く見えない。しかし、空からさした光明な一筋の光が、どこを歩けば良いのか、示してくれている。誰もいないその場所で、ただ私と彼は、ひたすらに歩いた。


そこで私は現実へ引き戻される。

現実の世界でも、涙は止まらない。

胸に光るネックレスのペンダントは、心なしか「もう、大丈夫」と、言ってくれているような気さえした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

信念の形 くずき @kuzuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ