冥王にとり憑かれた俺は、婚約者と幸せになれない
遠藤だいず
プロローグ
0-1 無垢な十四歳
「ざくろ、結婚しよう」
「えっ……?」
初霜が降りた、
十六歳のプロポーズに、十四歳の少女が小首をかしげる。目元を覆う前髪が揺れ、不思議そうな顔をちらりと覗かせる。
病的なまでに白い肌と、肉付きのない骨張った
傍らに立つのはざくろの母親、
頼んだのは立ち合いだけ、儀礼的な恰好を求めてはいない。それでも立ち振る舞いに期待しなかったかと言えば、ウソになる。
「驚かせて、悪い。でも前々からざくろと一緒になりたかった。もちろん。香織さんからも許可はもらってる」
ざくろはゆっくりと、背後に控える母親の顔色を窺う。香織は細い目で「今日から
「わたしが、剣ちゃんと?」
「ああ、イヤか?」
「イヤじゃ、ないけど」
俺は卑怯だ。
イヤかと聞かれてイヤと言えるざくろじゃない。そう言える環境で生かされてこなかった。でも、いまはそれを利用する。
ざくろは前髪で顔を隠し、指先をいじりながら舌唇を噛む。
「絶対にお前のこと、幸せにする」
ベタだけど、本心からの言葉。こめかみがきゅっと詰まり、息が上がる。いまだけは
だが
自分の球速を自慢したいだけのガキンチョだ。……でも、構わない。たとえ茶番でも、ウソがないことだけは証明したいから。
「俺、がんばってお前に笑ってもらえるよう、がんばる。だから、一緒に暮らそうぜ?」
すっかり縮こまってしまっているざくろは、小さい頭を振り絞り、たっぷり考えて、小さな声で「……うん」と口にした。
「じゃ、あとは好きにやりな。剣一、契約は守っておくれよ?」
無粋な声に奥歯を噛み、視線だけで応える。香織は鼻で
戸の閉まる音と共に、ざくろから硬さが消え、背筋も伸びる。
「剣ちゃん。ほんとう、なの?」
「ああ、ざくろにウソなんて言わない。……ほら、寒いから早く帰るぞ?」
片手を差し出す。緊張がゆるんだのか、涙声で「うん」と言い、俺の手を握り返す。
差し出された片手は冷たく、枝のように細い。……まずは肉をつけさせよう。もちろん食べるためじゃない。実際の意味でもなく、比喩的な意味でもなく。
荷物を早乙女家から俺の住むアパートへ運ぶ。アパートは早乙女家の隣で、徒歩一分未満。荷物の移動は一時間もかからなかった。運ぶものは廊下に散らかった衣服だけ。そもそも早乙女家にざくろの部屋はない。
荷物の移動中、ざくろは状況の変化について来れないのか、部屋の隅でぼーっと体育座りをしていた。
初めて会ったのは七歳の頃、俺と
あからさま虐待に見兼ねた母様が、ざくろに声をかけたことで交流が生まれた。
幼馴染と言えば幼馴染だが……友達という言い方もしっくり来ない。遊んだことも少ないし、母様が言い出さなければ俺から遊びに誘うこともなかった。
当然、ざくろとは付き合ったりもないし、好きと告げたこともない。ライクとラブの境目もわからないだろうし、この例えも理解できないだろう。
ざくろは学校に通ったこともないのだから。
荷物を運び終えた俺が居間にどかっと腰を下ろす。そこでようやくざくろは俺の方にちらと視線を寄越した。
「どうした。はじっこにいないで、こっちに来いよ」
「うん」
借りてきた猫のようにおとなしいざくろが、膝を摺り寄せておずおずと隣に座る。
「どうした?」
「なんか、緊張する」
「なんで」
「だって、結婚するってことは、わたしお母さんになるんでしょ?」
「ざっくりだな」
小動物の頭に、片手を乗せる。
「別になにも変わらない。俺たちまだ結婚できる歳でもないしな」
お互い二年後には、そんな歳になる。それまでは香織から引き離すための、間に合わせ。
「わたし、なにをすればいい」
「なにもしなくていい、今日は一日中だらけてよう」
「……たたかない?」
「叩くわけないだろ、ほらテレビでも見ようぜ」
リモコンを手に取り、適当な番組を移す。
平日の昼間だから大して面白い番組はない。昼ドラを見せるのもあれなので、ニュースを流しっぱなしにする。
ざくろはそんな退屈なニュースを食い入るように見つめていた。外界と交流のない人にとってテレビの情報量は膨大だ。俺はざくろの肩に毛布を掛け、早めの夕食を用意をするため台所に行く。
棚からパスタの束を二本取り出し、螺旋状に鍋へ刺していく。
「手伝う」
「わっ、ビックリしたな」
いつの間にか横に立っている。手にはなにやら黄色の棒みたいなものを持って。
「なんだそれ。どこから持ってきた?」
「誕生日プレゼント。八歳のとき剣ちゃんにもらった」
「マジか」
全然覚えてない。
ざくろが握っていたのは――フライ返し。
黄色のパステルカラーで、とても可愛い。お値段税込にして百八円。……の値札が付いたまま。
「これ、使おう?」
「ありがとな、でもいまは使わない」
火にかけられているのはお湯に入ったパスタ。それを見たざくろは無表情でひとつ頷き、居間に戻っていく。
数分後、二人前のパスタを用意してリビングに戻ると、ざくろはどこにでもある交通事故のニュースで泣いていた。
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