19 真意は心に隠したまま


 ハーブの良い香りに囲まれてアドルは目を覚ました。


 一瞬、自分がどこにいるか理解できず、ぼんやりと辺りを見回し、夕べ、椅子に座ってフェリエナの寝台のそばに控えたまま、眠りこけてしまったのだと、ようやく気づく。


 慌てふためいて立ち上がった拍子に、椅子が大きな音を立てて倒れた。

 急いで引き起こしながら寝台を振り返り、無人だと気づいてさらに驚く。


 フェリエナはどこに行ったのだろうか。

 部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。


 食堂に入ったところで、朝食の支度をしているフェリエナを見つけた。


「フェリエナ! 調子は――」


「おはようございます。昨日はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」


 アドルが言い切るより早く、フェリエナがドレスをつまんで、堅苦しいほど丁寧にびる。


「昨日は、夕陽の加減で、立木が恐ろしい魔物のように見えてしまいまして、思わず悲鳴を……。お恥ずかしい限りです」


 少し照れたようにフェリエナが言う。が、その表情はどこか硬い。


「――本当は、わたしが恐ろしく見えたのではないですか?」


 アドルは咄嗟とっさに、そう尋ねたい欲求に駆られる。が、そんなことを口にできるわけがない。

 その通りですと肯定されたら、今後、どんな顔をして接すればいいのか。


「……疲れが出てらっしゃるのかもしれませんね。祭りの後も、ずっと働きづめでしたでしょう。せめて、今日くらいはゆっくり休んでください」


 己の怯懦きょうだを情けなく思いながら告げる。


「ありがとうございます。では、今日はのんびりと過ごさせていただきますわ」

 フェリエナが小さく微笑んで礼を述べる。


 表情がどうにも強張っているように見えてしまうのは、アドルの後ろめたさゆえなのだろうか。


 確かめるすべもなく、アドルは曖昧あいまいに頷いた。

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