転生したら戦国最強のチワワだった~プニプニ無双で天下統一~

偽モスコ先生

プニプニ無双の始まり

 肌を焦がすような陽射しに、地面から昇って来る熱気とアスファルトの匂い。

 異常気象との話が囁かれる昨今のこの季節では、薄着をしても歩いているだけで汗をかいてしまう。


 そんな猛暑の中、俺は夏休みの課題を片付ける為に図書館へと出掛けた。

 冷房完備な館内は快適で、問題なく課題も片付く。

 今は帰路につくと見せかけて本屋に寄り道でもして行こうかと画策しているところだ。


 ちなみに俺が今回取り組んだ課題は「チワワの可愛さについて」。

 文字通りチワワのどこが可愛いかを原稿用紙何枚分にも渡って綴った作文だ。


 あのつぶらな瞳に庇護欲をそそられるか弱いぷるぷるボディ。

 テレビのCMで見て以来、俺はチワワの虜になってしまった。


 だけど家では親の反対にあってチワワが飼えない。

 おかげで俺の愛はただ募る一方ってわけだ。

 飼う事さえ出来ればこの愛を全て捧げてやるってのに……。


 そんな事を考えながら歩いていると、目の前に一匹のチワワが現れた。

 少し先にある家の庭から出てきたらしい。

 地面を嗅ぎまわりながらうろちょろとしている。かなり尊い。


 でもあんなとこ歩いてて大丈夫か?

 飼い主がいないならいっそさらって俺が飼い主になろうかな。

 じっと観察していると、やがてチワワは無謀にも道路を横断しようとし出した。


 片側一車線だけど中央分離帯があり、そこそこ幅のある道路だ。

 近くに横断歩道はなく常に車が行き交っていて非常に危険。

 おいおいまじでやばいって。飼い主何やってんだよ。


 そして次の瞬間、チワワが対岸に向けて駆け出してしまう。


「まじかっ!」


 誰にともなくそう叫んで俺もスタートを切った。

 もちろんチワワを助ける為だ。

 案の定チワワにトラックが迫り、俺は決死の覚悟で走った。


 けたたましく鳴るクラクションに呆然とするチワワを拾い上げて抱きしめ、そのまま横に飛んだ。


 ああ、やべえめっちゃ尊い……俺もう死んでもいいわ……。

 この上ない幸福感に視界が光に包まれ、そして。

 俺の意識はそこで途絶えた。




 気付けば俺は闇の中にいた。方向感覚もなく、真っ暗な水の中を仰向けの体勢で漂っているような感じだ。

 どうしようもないのでそのままぼーっとしていると、突然目の前に光に包まれた何かが現れる。


 次第にそれは人……いや、翼の生えた女性になった。

 金髪碧眼の美少女は、こちらを見つめながら口を開く。


犬上武いぬがみたけしさん、こんにちは」

「こんにちは」


 不思議と気持ちは落ち着いている。

 恐らく俺はあのチワワをかばって死んでしまったのだろう。

 それならしょうがない。俺の命よりもチワワの方が尊いのだ。


 だけどここは天国にも地獄にも見えない。なんなんだろう。

 そう思っていると、女性が会話を続けてきた。


「あなたは死んでしまいました」

「そうみたいですね」

「なのでこれから貴方にはチワワに転生していただきます」

「なんで?」


 いやいやちょっと待って全然意味が分からない。

 転生だけでもよくわからないのになんでチワワ?

 俺はチワワを観るのは好きだけどチワワになるのはまたちょっと別だ。


「もしかして武さんは、どのようにしてご自身が亡くなられたのか理解していらっしゃらないのですか?」

「トラックに轢かれて死んだんですよね?」

「いえ違います。あなたはチワワを抱っこした際に幸福のあまり昇天したのです」

「ええっ」


 確かに痛みを感じなかったなとは思ったけど。

 ていうかそれと俺がチワワになるのと何の関係があるのか結局わからない。


「とにかくそういったわけで、これから貴方には別の世界でチワワとして天下を統一していただきます」

「天下を統一とか今どきヤンキーくらいしか使わない言葉ですけど」

「貴方が転生するのは戦国時代の日本風異世界ですから」

「戦国時代の日本風異世界……。でも、俺がチワワって事はその世界には他にもチワワが」

「いません」

「何でだよ」

「まあそんな細かい事はいいじゃないですか。現地に行けばわかる事ですし」

「はあ」


 そこで女性はどこから取り出したのかせんべいをぼりぼりと食べ始めた。

 説明に飽きたのかもしれない。


「それじゃあ後は現地で何とかしてくだふぁいね~」

「説明します、とかじゃなくて何とかしてください、ですか」

「私も行けたら行きますから」

「それ絶対来ないやつじゃないですか」

「早くしないとサザ〇さん始まっちゃいますから、はいスタート!」

「送り出し方適当だなおい」


 そして俺の視界は再び光に包まれた。

 


 気が付くと俺はお寺の本堂のような場所に立っていた。

 いや立ってないなこれ。視界が低く、顔と地面がかなり近い。

 それに手足を地面についていて四つん這いの体勢っぽい。


 ま、まさか本当に……?

 俺は右手をそっと自分の顔の前に持ってきて確認した。

 犬だ。どう見ても犬。しかもチワワっぽい。


 やばい俺の腕かなり尊い。

 そうして自分の腕をさあこれから堪能しようかという時だった。

 周囲から盛大な歓声があがる。


「オオオオオオ!!!!」

「召喚は成功じゃあ!!」

「お犬様が降臨なさったぞぉ!!」

「いと尊し!」「いと尊し!」


 正直ちょっとびびったじゃねえか、何だこいつら。いと尊し?

 気付けば俺の足元には何やら和風の魔法陣のようなものがあり、周囲にはお寺の坊さんとかがバッサバッサやるはたきみたいなあれを持った、黒くて細長い帽子を頭に乗せたやつが何人かいた。


 そして俺の正面奥には奉行みたいな、肩のとこが無駄に出っ張っている服を着てるやつらがいる。


 そういやさっきの女の人がチワワに転生とか言ってたけど、まさか本当に?

 とりあえず話しかけてみよう。


「キュ、キュウ~ン(あの、すいません)」

「お犬様がお喋りになられたぞお!」

「いと尊し!」「いと尊し!」


 人間の言葉を喋れないとかまじか。どうすりゃいいんだ。

 するとさっきから~~なさったぞお! と叫んでるやつが立ち上がり一歩前に出てきた。

 そして俺の前に来るとまた座った。


司寿六助しすろくすけに。お犬様、早速ではございますが、プ、プニプニを、プニプニを賜ってもよろしいでしょうか?」


 プニプニ? プニプニってなに。


「キュ、キュウン?(肉球のことか?)」

「有難き幸せ……それではいざ!」


 おいおい人の話を……って通じてないのか。

 六助とやらはまた立ち上がって俺の前にやってくると跪いて右前足を取った。

 そしてプニプニっと肉球を堪能しながら叫ぶ。


「プニプニを賜ったぞおおおおおお!!!!!!」

「いとプニプニ!」「いとプニプニ!」


 割れんばかりの歓声が空間を揺らす。

 すると次は別の男が前に出てきた。


「お犬様、拙者にはモフモフを賜ってもよろしいでしょうか?」

「キュウン……(もう勝手にしてくれ)」

「モフモフを賜ったぞおおおお!!!!」


 いい歳したおっさんが俺を頬でスリスリしながらそう叫んでいる。


「いとモフモフ!」「いとモフモフ!」


 再び割れんばかりの歓声があがり、それが落ち着くころに六助が立ち上がってその場にいた全員に宣言した。


「よし! これより今川義元本陣に突っ込むぞお!」

「真正面から突撃じゃあ!」

「おおおおおおおおお」

「いとプニプニ!」「いとモフモフ!」


 肩のとこが出っ張った服を着てるやつらが全員ものすごい勢いで出ていった。

 残ったのは六助と頭に黒くて細長い帽子を乗っけたやつらだけ。

 これで落ち着いて情報を収集できそうだな……でもどうやって。

 そう考えていると、助六が口を開いた。


「召喚されたばかりでお疲れでしょう、お部屋にご案内いたしますのでごゆっくりお休みください」


 ひょいっと拾い上げられた。俺の正面には六助の顔。


「ほおおお……いと尊し」


 六助はそんな気持ち悪い声をあげながら移動を開始した。

 廊下は薄暗い。どうやら現在は夜らしい。

 月明かりは意外と明るく、六助は迷うことなく俺を部屋に運んでくれた。


 通されたのはそこそこに狭い和室。寝室なのかもしれない。

 灯籠が寝床らしき布団をおぼろげに照らしているが他には何もないようだ。


「今日はここでお休みください。しばらくすれば家臣たちも戦から戻ってくるでしょう」

「キュウン(あざっす)」

「ほおおお……それでは失礼します」


 六助は正座っぽい姿勢でこちらに向かったままふすまをそっと閉めた。


 …………。


 どうしようもない。とりあえず寝るしかないか。

 そうやって布団に横たわると、突然目の前に光が出現した。

 それは徐々に人の……いや妖精の形になった。

 

 大きさは人間のてのひらくらいで、顔はさっき転生前に会話をした女性に似ている。


 妖精は俺を見るなり笑顔で喋り出す。


「こんにちは武さん、サザ〇さんを観終わったので様子を見にきました!」

「キュキュキュウン(様子も何もわからないことしかないです)」


 妖精は飛びながら腕を組み何度か頷く。


「うんうん、ですよね。ですのでこれから簡単にこの世界の歴史を説明します!」

「キュキュッ!? (言葉が通じるんですか!?)」

「あ、申し遅れました私、女神ソフィアと申します。女神なので武さんの言葉だって理解できちゃうんです!」

「キュウ~ン(へえ~)」


 ソフィアは人差し指をピンっと立ててドヤ顔をしている。

 チワワの次くらいに可愛い。


「昔この国が内乱でめっちゃやばいってなった時、犬臣鎌足いぬとみのかまたりという犬が異世界より召喚され、肉球のプニプニを使って内乱を収めたという言い伝えがあるんです」

「キュン。キュキュキュ?(はあ。いぬとみのかまたり?)」

「一方この織田家では、桶狭間の戦いを前にして織田信長が餅を喉につまらせ死んでしまったので、やけっぱちになった織田家の家臣たちが思い切って犬臣鎌足みたいな英雄を召喚しようという話になったんですね」

「キュキュウン(大分思い切りましたね)」

「で、武さんが召喚されたんです。わかりました?」

「キュウン(全然わからないけどわかりました)」


 で、またソフィアはせんべいを取り出してぼりぼりやり始めた。


「キュキュキュウン(えっ今ので説明終わりですか?)」

「ふぁい」

「キュウ~ンキュキュキュ(はいじゃねえよ、ていうかせんべいを食うな)」

「もうしょうがないですねえ~はい!」


 女神は俺にせんべいを差し出した。

 かじってみたら結構うまい。俺のいた世界から持ってきたやつだろう。


「あっ、そうだ私にも肉球触らせてください!」

「キュウン(どうぞ)」

「ふふっ、いとプニプニですね」


 何だこいつ。まあいいや。

 俺は布団に寝転がった。


「正直武さんはプニプニとモフモフを提供すれば後はやることがありません。今回もここで休んでいればそのうち家臣たちが桶狭間から帰って来ると思いますよ!」


 ていうかさっきからスルーしてたけど桶狭間ってあれじゃね?

 織田信長が今川義元の本陣に突撃して今川義元倒したやつじゃね?


 思わずガバっと起き上がった。


「どうしたんですか武さん? トイレですか? 犬用のトイレはないので垂れ流してください!」

「ワン! (ちげえよ!)」


 えっ、あの人たちすごい勢いで出ていったけど大丈夫なの?

 あれって俺の世界だと裏から奇襲とかそんなので倒してたと思うけど。

 あいつら真正面から突撃とかいってたぞ。


「心配しなくても大丈夫ですよ。プニプニとモフモフは無敵ですから!」

「キュン(そっすか)」


 まあ気にしてもどうにもならん。とりあえず寝るか……。

 横になり、フンス、とため息をついてから目を瞑った。




「勝ったぞおおおおお」

「ワオン!? (うおっ!?)」


 何者かの雄叫びのような声で目を覚ましたと同時にふすまが開いた。


「お犬様! ただいま家臣たちが桶狭間の戦いに勝利して戻ってまいりました!」

「キュウン(まじかよ)」


 あれって確か織田方の兵ってめっちゃ少なかったはずだけど、本当に真正面から突撃して勝ったんだろうか。

 そう思っていると、いつの間にか横にいたソフィアが口を開いた。


「どうやって勝ったんだ? と聞いておられます!」

「はいっ! 今川義元本陣の近くまで行き『お前の負けね』と書状を送ったところ、『いいよ』と返事がきました! 今川義元はその後腹を切り、まさに絶望を体現したかのような表情でものすごく苦しみ喘ぎながら死んでいったそうです!」

「キュキュウン(ギャップ半端ねえなおい)」


 ていうか俺結局関係ねえじゃん。

 報告が終わると、六助は俺の方に寄ってきた。


「祝宴をあげますので是非こちらへ!」


 再び抱っこされてソフィアと共に何かめっちゃでかい和室に移動した。

 後から聞いた話だと、犬臣鎌足の伝説には犬の側に控える妖精の伝説もつきもののようで、それで六助がソフィアの存在に疑問を持たなかったらしい。


 大広間につくと小さいテーブルみたいなのがたくさん並べられてて、その前にずらっと肩のとこが出っ張った服を着たやつらが座っていた。


「お犬様はこちらへ」


 俺の席は部屋の前のちょっとしたステージみたいになっているところだ。

 小さい台と小さいテーブルがあり、その両脇にはめっちゃ美人な女の人が控えている。


 六助は俺を小さい台の上に乗っけると、部屋にいる偉そうなやつらを見ながら言った。


「それでは初めての勝利を祝って乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 飯を食いながらどんちゃん騒ぎをするみんなを眺めていると、美女たちが飯を食べさせてくれた。うひょひょ。

 それを見ながらソフィアが笑顔で口を開く。


「よかったですね武さん! 欲望が顔面に表れてますよ!」

「キュン(顔面言うな)」


 俺のプニプニ無双はまだまだ始まったばかりだ――――。

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