『ラストシーン 貨物船ヤースヌイ号、甲板 PartⅠ』
幸平と美奈はその後、第二層で敵を片づけていた姫梨奈や越後、若衆たちと合流。全てが片付いたことを確認し、子供たちも引き連れて甲板へと出た。
「さてと、どうにかカタはついたな。腹も減ったし、何より働いたから眠い」
「アンタ、働いてなくてもそればっかりじゃん」
「はいはい、後でご飯作ってあげるから。ちゃんとお風呂にも入って、歯磨きもしてね」
幸平と姫梨奈、そして美奈の三人は最早いつものように、自由に喋っていた。しかし、越後だけは未だ気を抜いていない。
「阿呆。家に帰るまでが遠足、事務所に戻って一服するまでが仕事や。佐々木、ワイらが船内でドンパチしとる間に、なんぞ問題はなかったかぁ?」
インカムを通して、例の狙撃地点で未だ監視を続ける佐々木に、そう尋ねる越後。
『お疲れさまです、皆さん。今のところ、異常はありませんよ』
佐々木は穏やかな声でそう話す。そんな彼に、ややむず痒いといった具合に頬を掻きながら、美奈も話しかけた。
「あー、佐々木さん? えぇっと……。ち、地下道の援護、助かりました……。ありがとう、ございます」
照れながら敬語で感謝を示す美奈に、幸平がわざとらしく驚いたふりをして、それを茶化す。
「おいおい、見たかよ姫梨奈。コイツが敬語で話すたぁ。この船もうすぐ沈むんじゃねぇか。早く逃げた方が良いぜ」
「うっさいわね! アタシだって、それなりに礼儀は知ってるっての!」
『いえ、こちらこそ。引き留めようとして、幾つか失礼なことを言ってしまいました。謝ります』
インカム越しに、ぺこぺこと互いに頭を下げる美奈と佐々木。幸平は、先ほどまで殺意剥き出しだった人間とは思えないほど、それを横から茶化しまくっていた。姫梨奈も、いつの間にかそれに同調している。二人して、美奈の顔を左右から覗き込んだ。
「おいおいおい、俺も一応はテメェを助けたんだがなぁ。敬語を使って感謝してくれねぇなぁ。同じ一家で、佐々木より俺の方が先輩だってのに。この差別をどう思うよ、姫梨奈」
「まぁ、それは幸平だから別に良いでしょ。けど、何やら甘酸っぱい、青春の匂いを私は嗅ぎつけたぞぉ? これは、見過ごせないよねぇ」
話は噛みあっていないのに、茶化す動きは息ぴったりであった。
美奈はわなわなと震え、越後は悪い意味でいつも通りになった幸平と姫梨奈に、やれやれと肩をすくませる。
とにかく、これで今回の事件は解決した。
この場にいる全員がそう思い、タラップを降りようとした瞬間である。佐々木が念のためにと、最後にもう一度覗いた双眼鏡に、あるものが映った。
貨物船の停泊する埠頭、そこへ向かうための一本道。その道を、何台ものSUVが走っていたのである。おまけにそのSUVは、単なるSUVではなかった。内戦地で使われるテクニカルのように、車の上を開けて五十口径の重機関銃を積んでいる。こんなものを、この深夜に、ドライブがてら走らせる者などいない。
佐々木は、大声で叫んだ。
『――敵です! 五十口径搭載のSUVが何台も、そちらへ向かっています! 銃座には髑髏のバラクラバを被った兵隊! ボスの話していた、カルテルの処理部隊です!』
その言葉に、一家の全員が反応する。
「姫梨奈! お前はガキ共や若衆と一緒に、第一層で動かせる車がねぇか探せ! 美奈は越後と船橋へ行って、どうにか搬入口を開けろ!」
幸平がそう指示した瞬間には既に、各員が行動に移っていた。
幸平は、まだ使えそうな銃火器を周囲から集めて、船の縁へとかき集めた。これで重機関銃相手に戦えるわけではないが、無いよりはマシである。
そして、彼は心の中でこうも思っていた。
いざとなれば、自分一人が陽動に残れば済む話だ。今幸平たちを殺しに来ているのは、理世の懸念していたように、カルテルでまず間違いない。となると、カルテルから多額の懸賞金が懸けられている幸平は、囮として適任だ。
姫梨奈は彼を、首根っこを掴んででも生還させるといった。
しかし、そんな姫梨奈の覚悟と同じように、幸平にも絶対に自分以外を生かして帰すという覚悟がある。だからこそ、自分が囮になることに、幸平は何の躊躇いもなかった。
そんなことを、幸平が考えていた時。
またも、佐々木がインカムで情報を伝える。
『次はヘリです! 貨物船のすぐ傍にまで、ヘリが迫っています! あのヘリは、TRPDのものです!』
「あぁ⁉
佐々木の報告からすぐに、貨物船の上空を旋回し始めた二機のヘリ。
そのまま、ヘリから特殊部隊降下用のロープが垂らされる。撃ち落としてやろうか、とも一瞬幸平は考えた。しかし、カルテルの連中と死闘を繰り広げるよりは、逮捕される方が幾分かマシだと、彼は観念して両手を上げる。
『不幸中の幸いで、カルテルの連中はヘリを見るや否や引き返していきました。しかし一体、どうなっているのか自分には……』
「安心しろ、佐々木。俺も分からねぇよ。とにかく、お前は他の若衆と一緒にとっとと引き上げろ。こっちは俺が何とかする」
そして、ロープから特殊部隊員が次々と降下。そのタイミングでちょうど甲板に戻ってきた姫梨奈たちも、何故警察がここに居るのかと驚きを隠せない。
降下した隊員たちは、迅速に周囲への展開を完了する。よく訓練されていることが、ひと目で分かる動き。迷いが無く、各人のなすべきことを正確に把握している。
「仁衛、幸平だな?」
ガスマスクを着用した隊員の一人が、幸平の前に歩いてきた。
特殊部隊用短機関銃の代名詞的存在であるMP5A5を、肩に掛けたスリングで携行していた。安全装置を外していないことから、幸平たちと一戦交える気は無さそうである。
紺色の戦闘服、その肩にある腕章には、はっきりと『TRPD』の文字が書かれていた。身長は幸平と同じくらい、顔はガスマスクと繊維強化プラスチック製ヘルメットで、見事なまでに覆い隠されていた。
特殊任務につく部隊の人間が、こういった格好をするのは、一重に身元を特定されないためである。身元が特定されれば、本人やその周囲に居る人々が危険に晒されるのだ。だからこそ、基本的に同じ装備で身を固め、極力身体的特徴が出ないようにしているのである。
「おう。で、スピード違反と、違反駐車の取り締まりが仕事のテメェら警察が、クソ真面目に組織犯罪の取り締まりか?」
「――安心しろ。貴様らチンピラ同士の小競り合いを、わざわざ取り締まるほど、我々は暇ではない」
ガスマスクのレンズを睨み据える幸平と、それに対して一歩も退く素振りを見せない隊員。両者の間に、一触即発の空気が流れ始める。
隙あらば、喧嘩の種を蒔こうとする幸平。姫梨奈は、そんな彼の首根っこを引っ張って、無理矢理やめさせた。
「はい、そこまで。――それで、TRPDの皆さんが、私たちに何の用?」
幾分か話の通じる相手が来たことで、隊員は一度咳払いをして、事情を話し始める。
「我々はイースタンポート署、副署長の命令で来た。ロシアン・マフィアとの抗争について、事情聴取を行うためにな」
その言葉を聞いて、幸平が小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
それもそのはず。甲板には何人もの死体が散乱しており、一家の面々は全員が武装していた。幸平の服には、返り血か自分の血かは不明だが、幾つもの小さな血痕がついている。
まともな警察ならば、この状況ですべき行動はひとつだ。
事情聴取などではなく被疑者の即時拘束、または銃火器を携行した犯罪者の射殺である。
「事情聴取、ねぇ。この状況を見ても、そうぬかすってことは、何かしら裏があるんだろ?」
幸平の言葉に、隊員はガスマスク越しにでも聞こえるほど、大きく舌打ちをする。
「そのことは、私の口から説明させてもらうわ」
そこで、白髪の少女が一人、タラップを上がってきた。豊島一家の構成員ならば、見間違えるわけがない。
彼らのボス。豊島一家三代目家長、豊島理世であった。埠頭には一台のパトカーとセダンが停まっている。セダンは豊島一家が所持しているものであり、彼女はそれに乗ってきたのだろう。
「副署長に、ある取引を持ち掛けたの。貴方がこれからもヒーローでいられる代わりに、今回の件に少しだけ協力してほしい、という具合にね。初めはなかなか理解してくれなかったけれど、ダブの店で彼が商談をしている映像を見せたら、喜んで協力してくれたわ」
幸平たちが貨物船で死闘を繰り広げている間、彼女はイースタンポート署に向かっていったのだ。そして理世は、姫梨奈と幸平がダブの店から拝借した映像を交渉材料にして、幸平たちの安全を、一時的に警察の手で守ってもらえるようにしたのである。
理世と副署長が考えた筋書きはこうだ。
まず、夜間任務の訓練を偶然にも、夢の島付近で行う予定だったTRPD特殊部隊は、思い掛けず貨物船での銃撃戦を目撃する。隊員たちは副署長に連絡。正義感溢れる副署長は、諸々の書類手続きを踏み倒して、現場への急行を彼らに命じた。そして、図らずも実弾を用いた訓練であったため、そのまま彼らは現場へ。
そこで、たまたま自動小銃や短機関銃を構えていた民間人を見つけたので、任意の事情聴取を行い、銃撃戦の後始末、もとい調査も開始する。
これが、この場所に都合よく、警察の特殊部隊が現れた手品のタネであった。
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