『9月27日午前2時過ぎ 貨物船ヤースヌイ号の停泊する埠頭 PartⅠ』
防弾仕様のバンを遮蔽物にして、姫梨奈が短機関銃の弾倉を交換している。
彼女が持っているのはH&K社製短機関銃、MP7。正確にいうならば、短機関銃の中でも、
三十発が装填可能な、中型弾倉を取り換える姫梨奈。彼女はそうしながら、隣でHK416Cを甲板上の敵に向け発砲している幸平に、大声で話しかける。
「いくら防弾仕様だからって、これだけ鉛玉のフルコースをお見舞いされたらまずいよ! そろそろ、あの玩具を使っても良いんじゃない⁉」
姫梨奈のその言葉に、幸平はとても嬉しそうな表情で返答した。
「言ったな? ――なら、存分に遊ばせてもらうぜ!」
彼は後部座席のドアをスライドさせ、座席の下に置いてあったガンケースを引っ張り出し、それを開けて玩具を取り出す。あくまで良識の範囲内で、と言う姫梨奈の声など、最早幸平の耳には届いていなかった。
彼が楽しみにとっておいた玩具。その名は、アーウェン37。
以前、越後があまりにも
37ミリの弾薬を、五連発で発射可能。元々は暴徒鎮圧用であり、非殺傷弾を装填可能なものである。しかし、殺傷弾を装填できないわけではない。現に幸平は今、五発の炸裂弾を装填している。
今月買ったばかりで、まだ一度も使ったことのないアーウェン37を、幸平は満面の笑みで敵の居る甲板へ向けて構えた。
ぽん、という小気味の良い音が二回鳴って、甲板に向けて炸裂弾が発射される。ロシアン・マフィアの何人かがそれに気づき、逃げだすものの時すでに遅し。
次の瞬間、炸裂音が立て続けに二度響いた。そこから爆風と火炎が甲板を蹂躙し、幸平たちへと加えられていた銃撃が止んだ。
しかし、幸平は少し角度と方向を変えて、更に二回ほどアーウェン37の引き金を引く。
まるで、ロケット花火を撃つような気楽さで、追い討ちをかける幸平。その爆発が甲板を舐めまわし、そこからは絶えず敵の悲鳴と、花火というにはあまりに禍々しい爆発音が聞こえてきた。
「いつ聞いても、爆発音は最高だ! 特に、めんどくせぇ敵を吹っ飛ばしてる音はな!」
「それ、後一発だよね⁉ それで終わり、それで終わりだからね幸平!」
しかし、このままむざむざとやられるほど、ロシアン・マフィアも甘くはない。最後の一発を甲板に撃ち込もうとする幸平の頬すれすれを、弾丸が掠めた。事前の情報と撃たれた角度から、幸平はそれが船橋の狙撃手であることを特定する。幸平は慌てて、バンの陰へと身を隠した。
一発目から、観測手無しに狙撃を成功できる狙撃手など、そう多くはない。しかし、次に幸平が迂闊に身を晒せば、彼の脳天をドラグノフの弾丸が撃ち抜く可能性は、格段に高くなるだろう。
「ヘッ、そうこなくっちゃな。サンドバック殴って、チンケな悦に浸るなんざ面白くもなんともねぇ。越後、テメェの出番だ!」
『やかましわボケ! そないな大声で言わんでも、今狙っとる』
怒鳴りつけるような大声で、インカム越しに越後へ支援を要請する幸平。
それに、越後が応える。彼が待機していたのは、埠頭から八百メートルほど離れた場所。四段積まれたコンテナの上で、狙撃銃を伏せて構えていた。
338ラプアマグナム弾という、狙撃用の実包を使用するその銃の名は、PGW・ティンバーウルフ。カナダ軍が採用しているこのボルトアクションの狙撃銃は、幸平がとある人物から勧められ、購入したものである。
ボルトを動かし、実包を薬室へと装填。船橋の敵狙撃手へと狙いを定め、引き金を引いた。
しかし、初弾は外れる。敵狙撃手から僅かに離れた位置を、弾丸が飛んでいった。
「おいおい、祭りの射的じゃねぇんだ! ちゃんと当てろ!」
『お前も狙撃はできへんやろが! 自分のできへんことを、他人に強要すんなボケ! ……クソッタレ。狙撃なんぞ、五回もやったことないんやぞ』
そうぼやきながら、越後は観測手である佐々木の指示を受け、スコープの修正を行う。幸平はインカム越しに、越後が大きく息を吸い込む音を聞いた。
そして、次に放たれた二発目は見事に、遮蔽物へ隠れようとした敵狙撃手の左胸を打ち抜いたのである。
『よっしゃ、見さらせ幸平! これが狙撃っちゅうもんや! 甲板の上におるんは、後五人。タラップの傍で、お前らを待ち構えとるぞ』
「やってくれるぜ。弾倉を交換するまで当たらねぇ、って方に賭けてたのによ」
越後が狙撃手を排除したことを確認し、幸平もアーウェンから最後の一発を甲板側のタラップ付近へ発射。着弾と爆発を目視して、姫梨奈にアイコンタクトをとる。
姫梨奈がそれに頷いて応えると、幸平はアーウェンをその場に置き、HK416Cを構えてタラップへと走り出した。姫梨奈がその後に続き、更にそれを四人の若衆たちが援護する。タラップを駆け上がり、甲板へと乗り込む幸平と姫梨奈。幸平は右を、姫梨奈がその反対である左側を警戒する。
右側で、運よくアーウェンの爆撃を逃れた敵が、幸平へと自動小銃を向けた。しかし、銃口を向けられた時には既に、幸平の指はHK416Cの引き金を引いており、なす術なく敵は撃ち倒される。
幸平は三発を発射し、その三発ともが心臓の付近を撃ち抜いていた。そのまま警戒を緩めることなく、幸平と姫梨奈は互いの死角をカバーしながら、船橋の方向へと向かう。後続の四人も到着し、一同は何事もなく船橋の扉へと辿り着いた。
「よし。テメェら四人は、ここで警戒しつつ待機だ。後の指示は、めんどくせぇから越後に聞け。姫梨奈は俺と先行して、蛸だかネズミだか分かんねぇクソ野郎をぶちのめすぞ」
幸平は呼吸一つ乱れることなく、最低限の指示を送る。若衆の一人がそれに口を挟んだ。
「しかし、たった二人で本当に大丈夫ですか?」
もっともな意見である。確かに、甲板にいた十人以上の敵は斃したが、まだ船内にはそれと同じか、それ以上の数が残っているはずだ。それにたった二人で突入するなど、正気の沙汰とは思えない。
しかし、姫梨奈はその若衆に笑いかけ、こう言った。
「大丈夫、大丈夫。私はともかく、幸平は鉄火場だけが活躍の場所だから。むしろ、ここで働いてもらわないと、本当に単なるただ飯食らいの昼行燈だよ」
「ただ飯食らいの昼行燈で悪かったな、バカヤロー。ご期待通りに働いてやるから、しっかりついて来いよ」
「はいはーい。それじゃ、皆は越後を待っといて。くれぐれも、怪我とかしないようにね」
幸平の後に続き、船内へと入っていく姫梨奈。そんな彼女は終始笑顔を浮かべており、最後には若衆たちに手を振る余裕まで見せていた。
躊躇することなく死地へと突入する幸平もさることながら、にこにこと笑ってそれに続く姫梨奈にも、若衆たちは驚きを隠せない。
とにかくすごい二人だと、彼らは思うばかりであった。
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