『9月27日午前1時過ぎ イースタンポート、某所の貸倉庫前 PartⅡ』

「カルテルの動き、かぁ。こればっかりは、何とも言えないね。理世っちにも分からないんじゃ、私たちにはお手上げ」

「はっ! 連中が何をしてこようがいざとなりゃ、それを迎え撃つだけさ。それに、そうならないようにボスが動いてんだ。俺たちはただ、出来ることをすりゃあいい」

 幸平は後部座席で、自動小銃に弾倉を装填している。


 その自動小銃の名は、H&Kヘッケラーアンドコック社製、HK416C。

 米軍を中心に多くの西側諸国で採用されている銃、M4。これにH&K社が、近代化改修等を施したものである。傭兵時代に何度も使って以来、幸平はこの銃をとても気に入り、わざわざ傭兵時代のコネを使い、純正品のグリップ共々取り寄せたのだ。もっとも、その費用もなかなかのものであり、これまた越後とひと悶着あったのだが、それはまた別のお話。

 姫梨奈は、真剣な表情で銃を弄る幸平を、バックミラー越しに眺めている。

「幸平。実は美奈ちゃんのこと、ものすごく心配してるでしょ」

「……何で俺が、あのはねっ返り娘を心配しなくちゃならねぇんだよ」

 一方の幸平はHK416Cを隣の座席に置き、次に愛銃のシグP226を弄っていた。彼がこうして銃の手入れをすることは、別段珍しいことではない。幸平は日頃から暇さえあれば寝るか、基礎的な筋力トレーニングを行うか、銃の手入れをしていることを、姫梨奈は良く知っている。

 しかし普段銃の手入れをする彼は、二度同じ場所を弄らない。一度で手早く、手入れを終わらせる。まるで、精確な動作を行う機械のように。ましてやそれが傭兵時代から愛用しているHK416Cであるならば、なおのこと早いはずだ。


 そんな彼が、HK416Cのサイトを二度覗き込んで調整し、手入れを行う速度もいつもに比べて僅かだが遅い。幸平がこうなっている時は、何かしら考え事や心配事を抱えている時だと、姫梨奈は知っていた。

「嘘ばっかり。まぁ、幸平が自分についてくる弟分とか、妹分に弱いのは昔っからだからね」

「あのヤローが妹だって? 冗談にしちゃ、性質たちが悪すぎらぁ。――ただ、地下で佐々木のヤローが言った台詞は、ちょっとばかし頭に引っかかってる」

 神妙な顔で銃の手入れを終えた幸平。彼は自身の右手を握り、まるで自らに言い聞かせるような口ぶりで呟いた。

「美奈がよ、佐々木に言ったんだとさ。胸糞悪い話を、指咥えて見てることしかできない自分が一番嫌いだ、ってよ。……あのヤロー、昔の俺と同じこと言いやがった」

 そう呟く幸平が、右手に込める力を強める。

「見栄張って、イキがって。手前てめえの命を懸けりゃあ、何だってぶっ倒せる。いざとなりゃあ、自爆覚悟で突っ込めばいい。そんな根拠のねぇ、勢いだけの自信で危うく戦友ダチを一人死なせかけた、大馬鹿ヤローと同じ台詞をよ」

 幸平は右手に込めていた力を抜き、ゆっくりとその手を開いた。彼の脳は未だ鮮明に、その手が戦友の脇腹から溢れ出た血で染まったことを覚えている。


 数年前に起こった、麻薬根絶を掲げる豊島一家と、更なる市場と版図の拡大を目論むカルテルの抗争。ここ十年以内で起こった抗争で最も多くの死傷者を出したこの一大抗争は当初、奇襲的な宣戦布告を受け、おまけに数と資金力で劣る豊島一家が圧倒的不利だった。

 そこで、当時はまだ一家の相談役であった豊島理世は一計を案じる。

 それはコミッション最大の勢力にして、同じく麻薬ビジネスに関して否定的な意見を持ち、カルテルの台頭を懸念する勢力。その勢力に対する同盟と停戦の仲介を持ちかけることであった。

 しかしその提案自体は承諾されたものの、抗争の停戦にこぎつけるにはあまりにも状況は一家に不利。このままでは停戦など絵空事でしかないと、一家の誰もが頭を抱えた。

 ここで、敵幹部の一人でも暗殺できれば。皆がそう考えていることを、幸平は悟った。

 幸平は、覚悟を決める。自分ならば、単独でも幹部の暗殺を成し遂げられると、彼は本気で考えていたのだ。

 幸い、理世たちが集めた情報によって、麻薬の国外流通ルートを管理する幹部が一人、少数の護衛を連れて建設現場に偽装した精製工場を訪れることが判明していた。カルテル側は最早この抗争は消化試合であると慢心し、通常通りの業務体制ビジネスに戻りつつあったのである。

 余談ではあるがこの抗争の後、慢心からくる隙を突かれたカルテルは支部長を交代。今の用心深い支部長に変わり、小口の取引だとしても偽装と情報集を怠らない体制へと変化する。

 とにかく、幸平はその隙を突いて、単独でカルテルの精製工場に侵入。護衛三十人あまりを殺害し、見事に幹部の暗殺を成し遂げる。

 しかし、全てが順調とまではいかなかった。事前の情報にはなかった、幹部が個人的に雇った殺し屋の存在が、幸平にとって大きな誤算となる。

 その殺し屋はとても手強く、目的を終え疲労困憊の幸平には勝ち目がないほどであった。単独で突撃したことが、ここにきて仇となったことを理解した幸平は、これも自らの愚かさ故と殺し屋と刺し違えることを覚悟する。

 だが、そこで殺し屋の放った弾丸を受けたのは幸平ではなく、急いで駆けつけた彼の戦友だった。

 せめて二人で来ていれば、何か違ったかもしれない。自分が安易なヒロイズムに酔い、戦うことならば誰にも負けないという慢心が無ければ、こうはならなかったかもしれない。

 そう思う間にも、戦友の脇腹からは赤い血が流れ続けている。しかしそんなことなど気にも留めず、戦友は自らの顔に必死で笑みを作り、幸平に囁いた。


 そして、その時戦友が微笑みながら囁いた言葉を、幸平は口にしようとした。


「――キミの命は、キミだけのものじゃない。キミが一家の仲間を大切に思うように、仲間もキミを大切に思ってる。だから、むやみやたらと死に急ぐんじゃない」

 しかし、姫梨奈が幸平よりも先に口を開く。

 何故その言葉を、あの場に居なかったはずの姫梨奈が知っているのか。幸平は驚きのあまり目を丸くして、運転席の姫梨奈を見た。

「あの子が、仲介役を引き受けた連中に人質として攫われる前、お見舞いに行ったら聞かされたんだ」

 姫梨奈は後部座席の幸平に向かって、いつものように明るく笑った。

「――大丈夫幸平も美奈ちゃんも、無鉄砲でかっこつけなのは、周知の事実だからさ。私たちが例え二人の首根っこ掴んででも、無事に帰らせてあげる。一人で背負いこもうとしてることも、無理矢理一緒に背負ってあげるよ」

 常に他人へ気を配り、無理矢理何かをしようとはしない、姫梨奈らしからぬ言葉。その言葉に幸平は、何とも嬉しそうに口角を上げて笑う。

「おぉっと? その笑いは、私に惚れ直したかな?」

 純粋に笑う幸平を見た姫梨奈は、にやにやと彼の方を見ていた。

「運転する時は、前見ろバカヤロー。露助共と一戦交える前に事故ってみろ。ボスの頭にある血管が全部ぶち切れるぜ」

「それも大丈夫。この辺りは走り慣れてるし、夜にこんな危ない場所を出歩く人もいないしね」

 そう言いながら、姫梨奈は再び前を向き、運転に集中する。幸平も拳銃を左脇のホルスターへと仕舞い、HK416Cについたスリングを肩にかけた。そして最後に、例の玩具が入ったガンケースを座席の足元へと持ってくる。

「さてと。それじゃあ、胸のつかえもすっきりしたトコだ。思いきり暴れさせてもらうぜ」

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