『9月25日午後7時 日本人街の古本屋 PartⅡ』
「さて、と。では、これまでの情報をまとめましょうか。あぁ、でもその前に。一応、ホルヘとその愛人の後始末について、先に聞こうかしら?」
理世が渾身の手刀を放ってから約一時間後、再び越後が経営する古本屋に集まった幸平たち五人は、店の二階で小さなちゃぶ台を囲んでいた。古いアパートのような畳張りの質素な部屋に、ちゃぶ台と小さな冷蔵庫、そして扇風機が置かれている。人数分の座布団がなかったためか、ちゃぶ台を囲むように敷かれた座布団へ座っているのは、理世たち女性陣だけだった。幸平は勝手に冷蔵庫から取り出したバナナを食べながら横になり、越後は胡坐をかいてタブレットを操作していた。
「ホルヘの件はバッチリ。アタシにかかれば、二人を日本に送るくらい、ちょろいっての。ホルヘには偽装した諸々の書類と中古の軽自動車をあげて、愛人と一緒に日本側の検問を無事通過したわ。日本に住んでる、外国人労働者としてね。……まぁ、半分くらいは理世の手も借りたけど」
得意げな顔をして、腕を組む美奈。しかし、一番日本側に見識があり、コネがあるのも彼女なので、今回のホルヘを逃がす仕事は彼女が最適であった。
「正確には、私の知人の力だから、そう気に病むことはないわ。それにどうせ逃がすなら、ちゃんと生き延びてほしいもの。けれど、あのホルヘという男……。愛人を思う心の為せる業か、なかなか手回しが良くて悪知恵も働いたわね。もちろん、ただの女衒にしては、だけれど」
そう言いながら、理世は彼が約束通り残していった、証拠と情報の数々をちゃぶ台に置く。
まず、銀行口座の完全な送金履歴。一家の力だけでは途中までしか掴めていなかったが、この情報によってシガレフ一派からカルテルへの金の流れが一目瞭然となった。
次に、ホルヘとカルテルの通話を録音したレコーダー。これにはカルテルがホルヘを通じて、マイケルたち先遣隊を廃工場に手引きしたことが、しっかりと記録されていた。
そして最後に、カルテルがホルヘに対して残した言葉。
「あえて探りを入れる隙を残し、豊島一家を誘い込め、か……。なんちゅうか、ウチも随分と舐められたモンやな」
「恐らく、連中の狙いはホルヘの抹殺による証拠隠滅と、私たちに抗争を仕掛ける口実の獲得ね。理由もなく抗争を仕掛ければ、他の五大ファミリーはもちろん、警察にもつけ込まれる恐れがあるもの。流石、市民の安全と組織の面子を守る警察様だわ。マフィアと大して変わらないわね」
皮肉たっぷりにそう語る理世の言葉通り、いくらインサニオは汚職警官が多いといっても、無法地帯ではない。
大規模な抗争や行き過ぎた乱痴気騒ぎ、そして警察関係者への攻撃など、警察の面子を潰しかねない犯罪に対しては、彼らも重い腰を上げて対処してくる。また、中には真面目に正義を全うせんとする警官もいるため、そういった者たちからの風当たりも、当然強くなるのだ。
五大ファミリーと、その力の隙間を縫うようにして抑止力となっている警察。そして、それらを時に利用し、時に叩くインサニオ政府。
これら組織間の複雑な勢力関係が、インサニオに血腥い平和を実現させていた。
「とにかくこれで、カルテルに対しては有利なカードを一枚手に入れたわけね。越後も美奈も、お疲れさま。……それで、私と越後の話を盗み聞きしていた二人の方は、どうだったのかしら?」
「せやなぁ……。まさか、盗み聞きだけして、成果ありませんでした、なんてこたぁないやろなぁ」
理世と越後は粘りつくような視線を、幸平と姫梨奈に向ける。どうやら未だ根に持っているようであった。
そんな理世の気持ちをどうにか逸らそうと、姫梨奈は苦笑いを浮かべながら、ノートパソコンを取り出す。
「まぁまぁ、理世っちも越後も。ここはひとつ、この映像を見てその怒りを収めてちょうだいよ」
そう言って、姫梨奈はダブから拝借してきた、監視カメラの映像を理世たちに見せた。ここに来る前、姫梨奈は自身の携帯に入れた件の映像を、ノートパソコンに移してきたのだ。美奈も、ちゃぶ台から身を乗り出してその映像を見始める。
まず初めに映し出されるのは、関係のない一般客であった。ダブの店から銃と弾を購入し、店を後にする。そして、次に姫梨奈たちがダブから見せてもらった、大男とその手下のロシアン・マフィアたちの映像が流れ始めた。
「今映ってるのが、ロシアン・マフィアの連中ね。ここで手渡した紙袋に入ってるのは、百二十万円ほど。で、この武器がマイケルたちに渡された、って感じかな。ちなみにシガレフの本隊は、どうやってか自前の武器をロシアから持ち込んでるんだって」
姫梨奈がそう解説すると、何か引っ掛かることがあったのか、理世はいつものように口と鼻を両手で包み込んで、何かを考えはじめる。
そんな理世に代わって、越後が姫梨奈に対して質問した。
「ははぁん。まぁ確かに、シガレフ一派についてはちょっと分かったな。で、これで終わりか?」
「まさか。ここからも重要だよ。まぁ、これはたまたま映ってたものなんだけど……」
姫梨奈は映像を少しスキップする。そして、次に出てきた映像に映っていたのは、ダブと握手する三名ほどの警察官であった。ここで、姫梨奈は映像を一時停止させる。
「さぁ、ここで問題。この真ん中にいる、恰幅がよくて偉そうな警察官は誰でしょうか?」
拡大された映像が映るノートパソコンの画面を、越後は眉間に皺をよせ、穴が空きそうなほど凝視した。そこから数秒ほど彼は凝視し続け、そして目を丸くして驚愕する。
「コイツ……! イースタンポート署の副署長やないか!」
「えっ、マジで⁉ アレでしょ、武器の密輸グループを逮捕したとか何とかで、英雄みたいにテレビの取材を受けてた、あの副署長でしょ⁉」
あまりのことに、越後も美奈も、画面に食いつくような勢いであった。しかし何度見直しても、彼らが新聞やテレビ等で見かけた、副署長の顔である。
「ご名答。この副署長、なかなか食えない男でね。表では五大ファミリーの息がかかっていない、武器密輸グループを撲滅。けどその裏では、押収した武器をこうしてダブや、他の小口の武器商人に売りさばいてるってワケ。イースタンポートが中立地帯なのをいいことに、もうやりたい放題」
ちなみに、何故こんな場末の武器商人の元へ、副署長が直々に出向いているのか。それを後に幸平が再びダブに問い詰めたところ、どうやらダブは副業で資金洗浄も兼ねてナイトクラブも営んでいるらしく、そこで副署長の弱みを握ったということであった。
「どうよ。幸平と私も、ちゃんと仕事してきたのが、分かってくれたかな越後くん?」
「……こないなモン見せられたら、流石に文句は言えんわな。それで、ボスの方はどうですか? 何やら、考えこんどるみたいですけど」
越後がそうやって話を振るものの、理世はしばらく反応がない。目を閉じ、自らの思考に極限まで集中している。こういう時の彼女は、おおよそ一家の面々が想像もつかないほど、先のことや裏のことを考えていた。
それを邪魔せぬよう、越後は再び声をかけることをせず、ただ黙って理世の応答を待っている。もっとも、今なら理世の顔を見放題だという、いやらしい下心もあったのだが。
そして、越後が声をかけてから一分ほど経って、理世がゆっくりと瞼を開いた。
「――ごめんなさい、越後。貴方の声には気づいていたけれど、もう少しで考えがまとまりそうだったの」
じっと理世の顔を見つめていた越後は、慌てて視線を逸らし、頭を掻いてそのことを誤魔化す。
その様子を幸平や姫梨奈そして美奈は、僅かに口角を上げて、何とも煮え切らないものを見る目で眺めていた。
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