『9月25日午前3時 インサニオ某所の安宿 PartⅢ』
安宿の一室。部下たちを一網打尽にされ、自身の元軍人としてプライドも叩きのめされる形となったマイケルは、その怒りをぶつける様に右拳をテーブルへと叩きつけた。
「クソッ……! とにかく、計画は失敗だ。豊島の連中に気取られた上、部下共も全滅したとなれば、こっちに勝ち目はない。忌々しいが、今はあのクソ上司の元に戻って――」
そう言いかけた時、マイケルたちが居る部屋のドアが、こんこんとノックされた。マイケルたち二人は一瞬で拳銃を抜き、扉の方向へと構える。ジョニーの方が、緊張で強張った顔に無理矢理笑顔を作った。
「ピ、ピザの配達か?」
ジョニーが余裕ぶって冗談を言うが、マイケルはまるで意に介していない。
「見張り共には、入る時はまず一回、次に少し間隔を空けて三回ノックをしろと教えてある。つまり、扉の向こうにいるのは……」
構えているマカロフの
それと同時に安宿の薄い窓ガラスが割られ、室内に何かが投げ込まれる。
マイケルたちの足元に転がってきた物は、
「クソッ! 目と耳を防いで、背を向けろ!」
太陽を間近で見たかのような強い閃光と耳をつんざく音が、部屋を支配した。マイケルの助言も虚しく、ジョニーは思いきりその被害を受け、目と耳はほとんど使いものにならなくなる。そして、それを待っていたとばかりに扉の方から散弾銃で蝶番を撃ち抜き、扉を蹴り破る音が聞こえた。
こうなると最早、どうしようもない。
マイケルは果敢にもマカロフを扉の方へと構えて応戦を試みるが、右肩にロックソルト弾をもろに喰らってマカロフを床に落とした。ロックソルト弾、つまりは岩塩粒を用いた散弾銃の
といっても致命傷にならないと言うだけで、その衝撃は対象を無力化させるには十分なものだ。激痛に悶え苦しみ、その場に両膝をついてうずくまるマイケル。彼の横では、襲撃者に散弾銃を向けられたジョニーが、拳銃をゆっくりと床に置いている。
同僚の不甲斐なさと右肩の痛みに歯噛みしながら、マイケルは自身を撃った襲撃者の方へと顔を上げた。そこには彼にとって、上司の次に忌々しい顔が立っている。
「やはり、お前か……! 仁衛、幸平……ッ!」
「よぉ、マイケル。さっき頭が悪いって言った相手から、ロックソルト弾を喰らった感想はどんなだ?」
心底楽しそうな笑みを浮かべ、仁衛幸平はマイケルとジョニーへ、交互に散弾銃の銃口を向けていた。
そして先ほど閃光手榴弾が投げ込まれた窓を完全に割って、今度は一人の少女が部屋に入ってくる。長い金髪をたなびかせ、凛とした鋭い眼つきをした少女は、はきはきとしたよく通る声で幸平に話しかけた。
「どうよ、幸平。この
「功夫なんて大したモンじゃねぇよ。相手の動きをよく見て、その力を別の方向へ持って行ってやる。そしたら、後は動きの崩れた相手をタコ殴りにするだけ。テメェのオランウータンみてぇな軽業に比べりゃ、単なるチンピラの技だ」
「アンタなりの褒め言葉かもしんないけど、ぶっ飛ばすわよ」
美奈と名乗った少女は、ダメージジーンズのポケットから結束バンドを取り出すと、ジョニーとマイケルの両手を後ろに回して固く縛る。そして、今度は黒革のレザージャケットから携帯を取り出すと、おもむろに室内とマイケルたちの写真を取り出した。一方の幸平は片手で持った散弾銃を右肩に担ぎ、マイケルの前に立って彼を見下ろしている。
「さてと、お二人さんよ。どうやら
苦虫を噛み潰した様な顔をして、舌打ちをするマイケル。一方のジョニーは、命だけでも助けてほしいと泣き喚いている。
しかし、この状況では逃げることもできない。マイケルたちに与えられた選択肢は、そこまで多くなかった。
「……こうなった以上は仕方ない。身の安全を保障してくれると言うのなら、俺が知っていることは話そう。どうせ、あの上司にはうんざりしていたところだ」
にやりと、幸平は笑う。
「安心しな。警察署の留置場ほど安全な場所なんざ、この街にはそうそう無いぜ。――しっかしお前もツイてねぇな。部下にも上司にも、おまけに同僚にも恵まれねぇとは」
安宿の外からは、パトカーが鳴らすサイレンの音が聞こえ始めた。観念したマイケルは、もう当分は見ることができないだろうと、美奈が割って入った窓から外の景色を見る。
日本人街の一角、建ち並ぶ雑居ビルの向こう側に見える摩天楼の輝き。天高くそびえ立つそれらは、真っ暗な夜空で星々よりも煌々と、そして不気味に輝く。インサニオに訪れて間もないマイケルだが、彼は心の中でこの光景こそが魔都・インサニオの縮図であると悟った。
純粋に輝こうとする星々の儚い光など一瞬で掻き消す、摩天楼という松明に灯った欲望の炎。そして、その炎はより高みへと手を伸ばさんと、この魔都にある有象無象を燃料とするのだ。
強い力を、そして強い意志を持たぬ者など有無を言わさず飲み込むインサニオの恐ろしさを、マイケルは窓からの風景に見た。
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