第43話 穏やかな日々との決裂

 仕事も、恋も、人生までも、思う通りにならなくてイライラする。


 せめて息抜きにでもなれば、そう思って買ったゲームでさえも、予想に反してわたしを裏切る。


「このゲームって難易度高すぎじゃない? たかがゲームの中なのに、何でここでも失恋しなきゃいけないの?」


 言いながら、思わずハードを床に投げつけていた。

 手から離れた瞬間、さすがの私でも後悔した。


 意のままにならないゲームソフトはともかく、本体を壊したらまた新しいものを購入しないといけなくなる。なるべくなら、こんな無駄なことで出費は避けたい。急いで拾って確認をする。投げつけた勢いで角が欠けて割れていたものの、動作は問題はなさそうだ。


 ここまでさせられた事でさらにイライラが増す。


 お前たちは小さな世界の中でしか存在出来ないのだから、この私に逆らうな。画面の中で跪き、甘い言葉を囁く程度の価値しかないのだから。お前らがどう足掻いてもこちらに届く事のない好意、それを思い切りあざけり笑いたいだけなのに……。


 ――所詮はゲームのくせに。こんな偽りの世界でさえ思うままにならない。

 なんてつまらない箱庭。


 私が幸せになれないなら、こんな世界なんて、最悪な結末を迎えてしまえばいい。


 みんな壊れてしまえ。


 崩壊した世界で私が言うのだ。



「ざまあみろ」、と。



 流れるエンドロール




 ……コンティニューしますか?



 1、最初からはじめる

 2、セーブしたデータを読み込む



+ + +



「……まてまてまて、俺はそこまで性格悪くないぞ……」


 目覚めてすぐに吐き出すものが、意味の分からない言い訳だなんて、俺は疲れているのだろうか。


 布団にからだを預けたまま、いまや慣れてしまった妙な夢に対して冷静なツッコミをいれる。

……そんなことより、俺はなぜ自分の部屋にいるのだろう。

 そもそも、どうやって着替えてベッドで眠ったのか、それさえ思い出せなかった。


 昨夜の記憶を振り返る。


 噂にきくような「昨日飲みすぎちゃって記憶ないー」という言い訳はしない。自分勝手なキスをしたことはちゃんと覚えている。だが、勢いのままジェラード様を抱きしめて……そこから先の記憶が皆無だ。いわゆるこれは完全なやり逃げ、いや、もちろん口づけしかしてないけれど、いわゆるそいう失態なのだろうか。


 果たしてあの時の俺は彼を困らせてしまったのか、その場をどうやって離れたのかすら覚えていなかった。



 思わずため息をつくと、自分の息ながら、その酒臭さに辟易してしまう。そんな時、軽快なノックが響いた。


 たかがノックの音なのに、脳が勝手に轟音へと変換する。これがいわゆる二日酔いなのかと、片手で頭を押さえながら身を起こした。



 再び、繰り返されるノックの音。

 コンコンと鳴っているはずなのに、戦いを鼓舞する銅鑼の音のようだ……。


「どうぞ」


 そう言ってから、俺は自分の格好を思い出した。

 起きたままの格好は、いわゆるネグリジェとよばれる薄手の生地を身につけていた――と。


「セラ、だいじょぶ?」


 入ってきたのがルーナで本当に良かった。

 これがアリアなら、俺の姿をみて「下着まで女装とかないわ、あんたキモい」と真顔でぶった斬られることだろう。


「皆起きてるけど、一緒に食事出来そう?お父様が無理を言って泊まってもらった方もいるから、今朝の朝食は豪華だよ?」


「また親父殿はワガママを言ったのか。誰がいるの?飲み友達のエランド様?」


「あたり。他にもファレル先生と、ジェラード様。ジェラード様なんて、お父様が酔い潰れるまで絡まれ続けて大変だったんだから」


「な、なんで絡まれたの?」


 そう訊くと、ルーナはニヤリと笑う。


「……覚えてない?あんた、お酒飲んでダンスなんてするから、酔いが回って倒れたんだって。お姫様抱っこされてたんだよ」



 ――なんて無様な。



 俺の予定だと、ダンスを一緒に踊ってもらって、素直な気持ちを伝えて、綺麗な思い出にしてもらうつもりだったのに。

 絡んでダンスを強要し、酒臭い口づけをした挙句抱きついたまま倒れるなんて……吐かなかっただけマシかもしれないが、むしろ出来るなら忘れてもらいたい思い出だ。



 頭を抱えていると、ルーナがまた唇の端をあげて笑う。


「ま、何をしたかは訊かないであげるけど、多分大丈夫だよ。ジェラード様、あんたの事心配してたから。んじゃ、なるべく早くおいでよ」


 ルーナが部屋から去り一人になると、俺の顔面が恥ずかしいくらい、へにゃりと緩んだ。


 俺を気にかけてくれた、それを教えてもらえた事がこんなにも嬉しい。赤くなる頬をさすりながら、手早く着替えをする。

 自分でも単純だと思うが、好きな相手の姿を朝から見られると思うと、嬉しくてたまらない。


 長い廊下を、なかば駆け出すように急ぐ。

 そして、皆が集まる部屋の前で息を整えると、髪を手ぐしで軽く直して扉を開けた。


 目に飛び込んだのは、どこか不貞腐れた様子の親父殿と、微笑む母様。


 部屋を見渡すと、空いている席はジェラード様の隣だ。

 用意してくれたのは、「してやったり」という顔をしてこちらを見ているルーナだろう。その隣で頷きながら笑うのは、どうやら協力者を引き受けたであろうファレル先生だ。


 そしてエランド様は、朝から肉食系全開のアリアに隣を陣取られ、さらにじりじりと距離を詰められているようだ。



 ジェラード様は椅子から立つと、俺に手を差し伸べて席へとエスコートをしてくれる。


 その顔色をこっそり伺うと、全て理解してくれているようで静かに苦笑している……という事は、昨日のあれこれは許してもらえた、ということだろうか。


 導いてくれる彼の掌に指先が触れる。

 それだけで、昨日切り捨てたはずの感情が騒いでしまう。


「昨夜は申し訳ありませんでした」


 隣にいる彼だけに届く、密かな言葉。

 途端、彼の目が線のように細くなり、弧を描く。


「……なんの事だ、昨夜の出来事といえば虫に刺されたくらいか――そういうことにしろと、華やかな『蝶』に頼まれたが」


「うぅっ」


 まさかの返答に、返す言葉が詰まる。

 そんな俺の姿をみた彼は、珍しく「ふっ」と小さな声を漏らして笑った。


「敵いませんね、師匠には!」


 振られた時、まさかこういうやり取りが出来るようになるとは思っていなかった。

 これ以上は望めないけれど、この特別な距離感が嬉しい。


 食事を終えると、親父殿は全員をその場にとどめて語り始めた。


「――さて、お前達に陛下から命令が下った」


 その表情から察する限り、明るい内容ではないらしい。


「まずルーナ、お前は光の塔を通じてセラとアリアに間接的に癒しの力を送れ。アリアはこの近隣の村を訪れ、そこにある神殿で受けた力を委ね続けるように。セラは……お前はその身に漆黒を持つ。魔の影響を受けないその身体で、魔族からの被害が多く報告される土地へ行き、その原因を調べて欲しいとのことだ。そして……」


 急に言葉を濁した親父殿にかわり、母様が話を継いだ。


「お姉様――陛下はこう言葉を続けました。『成人したばかりの未熟な候補たちに、パートナーを選ぶ権利をさしあげる』、と」


 それを聞いたアリアは「やった!」と小さくガッツポーズをした。そして、

「なら私はエランド様にお願いするわ。二人で一緒にいられるのなら、怖いことなんて無いもの!」

 そう言ってエランド様の腕に自分の腕を絡めている。


「俺で良ければ構わんが……俺を選ぶなんて、お嬢ちゃんは物好きだな」

「んふふふ、顔と性格はもちろん、立場と職業も含めて選ばせてもらいました!」


 下心を全く隠す気がないその潔さはさすがである。


「ルーナ、貴女はどなたにお願いするのですか?」


 母様にそう尋ねられたルーナは、迷っているようだ。


「もし、わたくしがお願いしても良いのなら、貴女のパートナーはファレル、貴方にお願いしたいのです」

「お母様? なぜ……」

「私のわがまま、でしょうか。幼い頃の貴女をよく知るファレルならば、安心出来るのですが。だめですか?」

「い、いいえ。そうね、ファレル先生なら知識もあるし、色々教えて貰えるかもしれないわね。先生、お願いしてもよろしいですか?」


 訊かれたファレル先生は、昔と変わらぬ笑顔をルーナに向け、ゆっくり頷いた。


 何故か、突然胸が締め付けられるような喜びを感じた。ふいに溢れた「良かった」という安堵感。


 そして母様が真っ直ぐ俺を見た。

「セラ、もし良ければ貴女のパートナーも――」


 それは、だめだ。

 俺は首を横に振り、母様の言おうとした言葉を遮った。


「俺のパートナーは、いらない」


 陛下が示した「選ぶ権利」。選ぶのは自由だが、自らの意思があれば選ばなくても良い。つまりはそういうことだろう。

そしてあの陛下のことだから、俺に求める行動は――。

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