第42話 最後の素直
気づけば見慣れてしまった画面が広がる。
頭上に現れた言葉は「ヒロインの名前は変更しますか」
1、デフォルト
2、自分で考える
カーソルは「デフォルト」に移動して、決定ボタンが押される。
設定完了!
+ + +
昨夜はほとんど眠れなかった。
わずかにとれた貴重な睡眠でさえ、相変わらずの妙な夢に浸食されているせいか休めた気がしない。
前世から覚えている事前情報は少ないが、今日我が家で行われる誕生会こそが、ゲームのプロローグとなることは確かだ。
俺たちは今日この世界での16歳。つまり成人を迎える――ここから先の行動全てがエンディングに繋がってしまうのだ。
既に俺の中で目指すエンディングは決まっている。
だけど、「王道の恋愛」を望んだルーナは、ちゃんと幸せな未来を選択して欲しい。……そして、甘い考えなのかも知れないけど、できることならアリアもここでちゃんと愛し愛される幸せを掴んでもらいたい。
ただ、俺も一度だけならヒロインを演じる事を許されるだろうか。
俺たちは今日の主役なだけあって、昼からは目の回るような忙しさだった。
いつもより丁寧に湯浴みをし、身体に香油を塗られる。
そして部屋に戻ると、用意されたドレスをそれぞれ見にまとい、髪を結われて化粧を施す。
俺は母様が勧めてくれた華やかなドレスは断って、漆黒の髪にあわせた黒いドレスを選んだ。 色にやや難色を示していたものの、裾が広がったドレスを選んでくれたルーナが言うには、これは「マーメイドライン」という種類らしい。「身体のラインがわかるから全力の色気で勝負してこい!」……などと無理難題を言われた。
ルーナ自身が選択したドレスは「プリンセスライン」というらしい。物語にでてくるお姫様のイメージそのままで、パステルピンクの優しい色がルーナの金の髪によく似合っている。
アリアは「エンパイアライン」というものを選んだらしく、鮮やかな深紅を着こなしつつ「武器は使わなくちゃ」などと良いながら、堂々と胸を強調できるのはさすがである。
鏡に映る俺は、中身はともかくちゃんとヒロインにみえる。
選んだ黒は俺の覚悟でもある。
今日を限りに、俺は俺の心を殺すのだ。
でも、前世で妹たちに読んだ童話のシンデレラでさえ12時まで夢をみられたのだから、今日一日だけは夢をみたっていいじゃないか。
夕方になるとちらほらと招待客が集まりはじめ、誕生会が始まる頃には嫌でも緊張感が増していく。
俺たちは部屋から一人ひとりホールに呼ばれる。親父殿にエスコートされて入って部屋で、紹介されるという流れだ。
我が家は元聖女の母様の存在と、聖女を救った勇者と呼ばれた親父殿がいるせいか、いわゆるそこそこの立場だ。そのせいか、こうした用途に応じて部屋数が多い。
……こんな時に思い出すのはどうかと思うが、前世と大違いだ。
一軒家ではあったが、大家族のせいか六畳の部屋に二段ベッドが二つ置かれ、個室など存在しなかった。かろうじて男部屋と女部屋に分かれていたくらいだろうか。
ここに転生してから、性別はともかく、すっかり環境に馴染んだものだ――そんなことをボンヤリと考えていた時、親父殿が俺を呼んだ。
親父殿は俺の姿を蕩けそうな笑顔で見つめてくる。
「綺麗になったな、セラ。もちろん今までも可愛かったが、今日のお姫様達は最高に輝いているぞ!」
さすが父親になっても前作の攻略対象! ここぞという時に甘い台詞を躊躇わない姿勢は見習いたい。
緊張しながらも、手を引かれながらホールに入る。
俺を宝物のように優しく導いてくれるのは、家族を深く愛する親父殿。その先に待つのは美しく優しい母様。そしてこちらを見て口をパクパクさせながら「笑え!」と言ってくるのは、前世からともにきたルーナ。
前の家族も、今の家族も、どちらも大切な家族に変わりはない。
俺は精一杯感謝の気持ちをこめて、誕生日を祝いに来てくれた参加者全員に伝わるように微笑みながら一礼した。
しかし、規模が大きすぎて、誕生会というよりはただのパーティーのようだ。ダンスを踊ったり、小腹がすいたら立食形式で軽食をとったり。親父殿に至っては、隣接する部屋に移動して早々に酒宴を開いている。
アリアはかつて宣言した通り、一番好みだというエランド様に自らダンスを申し込んだようで、やや密着しすぎている気もするが楽しげに踊っている。
隣に立つルーナはパートナーを決めかねているのか、珍しく受け身の様子だ。
「踊る相手は決まらない?」
「うん……推しはそこにいるんだけど、動けないのはなんでだろうね。でも、誘われたら全員と踊ってみるつもり」
「それもいいかもな! 俺はどうしようかなぁ……」
「ジェラード様を誘ってみれば? 細かな機微に疎そうな方ではあるけど、さすがにこの場で断るなんてことはしないと思うよ」
「そう……かな」
俺は目線でジェラード様を探す。が、どうやら親父殿に連れて行かれてしまったらしく、彼の姿をみつけることは出来なかった。
俺は、贄となるその日のために、誰も選ばない
最小限の関わりで生きていく。
あの日そう心に決めたけれど、今日だけは「セラ」として素直になりたい。
望む一人以外の数多くの男性に声をかけられたが、いまや俺は立派な壁の華になっていた。
壁に体を預け、ときおり差し出される酒を黙々と飲み続けているせいか、しまいには誰も声をかけてこなくなった。
ちゃんと酒を許される成人を迎えたのだから、全種類堪能してやる! そう意気込んだ俺は、親父殿の酒宴部屋へと移動した。
この部屋ははじめから宴会仕様というか、卓もあり、椅子もあるから休みやすい。
広いテーブルには数多くの料理と酒があり、親父殿やエランド様を筆頭に盛大に盛り上がっている。
しばらく飲んでいたが、ここにもジェラード様はいない。
さすがに続けて飲みすぎたのか、ふらつく足で一人バルコニーにでた。
部屋の明かりから離れ、そこにある椅子に腰をかけて空を眺める。ダンスの演奏を背景に、儚げに輝く星が一層美しく見えた。
「そなたも来たのか」
気づかなかったが、先に出てきていたらしいジェラードが、手すりに寄りかかるようにして俺をみていた。
彼もまた酒を飲んでいるようだ。
年上の男性にそんなことを考えるのはどうかと思うが、少しだけ染まった頬が可愛らしく感じる。
「はい、人前に出るのは苦手なんです。ましてや踊るのなんて……。そう思ってお酒に逃げたら、今度は飲み過ぎたようで」
「何事にも節度は大事だぞ、セラ」
あなたはお母さんですか――そんな言葉はさすがに飲み込んだ。
「う……へ、へっぷしゅ!」
いまが春先とはいえ、夜はまだ肌寒い。
「そんな格好で外にでるからだ、馬鹿者め。ほら……また熱をだすぞ?」
きっちり小言を挟みながらも、ジェラードが羽織っていたローブをかけてくれた。
大きくて暖かい。そして何より彼の匂いがする。
思わず頬がゆるむ。
「ありがとうございます。暖かくて嬉しいです……けど、振った相手に優しくするのはどうかと。相手に都合よく誤解されますよ」
言葉に詰まった真面目すぎる彼を見て、笑う
「大丈夫。俺が勝手にあなたを好きだったんです。貴方の気持ちなんて二の次ですし、もう振られたんだから、これ以上の答えなんか必要ない。……だけど、この先何があってもあなたを守りますから、覚悟してくださいね」
そっと表情をうかがう。が、傷ついた様子はない。
むしろ、これがいわゆる「鳩が豆鉄砲をくらったよう」な貌だろう。
でも俺は、今日だけは素直さで押してやる!
「あ、このままだと未練を残しちゃうかもしれないから、ひとつだけお願いしてもいいですか? 次の一曲だけでいいから、ここで俺と踊ってください」
笑顔と勢いで手を差し伸べると、一瞬の間を置いたあと、苦笑しながらその手をとってくれた。
手が触れる。
繋いだ場所から、お互いの体温が混ざり合う。
誰かに見られることも、知られる事さえもないダンス。
俺たちは遠くで聴こえる音楽に合わせて、ゆっくりと踊る。
この日のためにと、ダンスの練習をさせられていたけれど、本当に役に立つとは思っていなかった。
残念ながら上手くはない自信はあるが、それでもこうして踊り続けられるのは、彼のリードがよほど上手なのだろう。ダンスを続けながら、小さく話しかける。
「お……わ、私はどう見えますか? 今日の私は、かつての母様のように魅力ある女性になりましたか」
「セシリアとそなたは違う人間だ。比べることはできない……が、『私』というそなたは新鮮だ」
微笑まれると、欲がでる。
気づかれないよう深く呼吸し、立ち止まる。俺が急に動きを止め、沈黙したからか、気遣うようなジェラード様の心配そうな顔が近づく。
俺はその頬を両手ではさむと、避けられてしまう前に、ぐいと自分に引き寄せた。そして目の前へと近づいた彼の唇に、自分の唇を押し当てた。
加減がわからなかったせいか、ガチッと勢いよく歯があたる。勢いがよすぎると、唇はクッションの役目を果たさないらしい。
少し痛くてかっこ悪いけど、これが俺の初めてだ!
彼がひるんでいる隙に、もう一度、今度はゆっくりと唇を重ねる。
二度目はちゃんと柔らかさを感じるところで止めることができた。
達成感を感じるものの、即座に重大なことに気がついた。「これ」の時、一体どうすれば息継ぎができるんだろう?
鼻から呼吸をした場合、相手の顔に俺の鼻息が直撃してしまう。
もう一つの手段である口は今、しっかりと閉じているから機能していない。
そして人間にはエラが存在しない以上、エラ呼吸は不可能だ。
息を止めていられる限界まで触れていたい、というその一念だけでどうにか耐えていたが、結局のところ酸素不足で俺はその場に崩れ落ちた。
床に倒れこむよりはやく、俺に唇を奪われたジェラード様が支えてくれる。二重の意味で驚かせてしまったからか、俺を突き放す事も拒否することもなく、真っ赤になって目をそらしながら口を押さえている彼を見て、思わず笑ってしまう。
「……これで誰かを想うのは最後にする。あと『はしたなくてすみません』って言っておくから、今日のことは虫に刺されたとでも思って許して下さい。俺はこの思い出だけで、この先一人でも生きていけるから」
そして最後に、一度だけ強く抱きしめた。
彼の手が、俺を抱きしめ返すことはなかったけれど、拒絶されなかったことが、本当に嬉しかった。
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