第41話 始まりへ

 どこからか華やかな音楽が聞こえてくる。


 アニメのようなオープニング映像が始まると、可愛らしいプレイヤーキャラクターと攻略対象の男性キャラクターの様々な場面が流れていく。

 そしてそれが終わると、視界は見慣れたタイトル画面に切り替わる。


 俺は、いつの間にか握っていたコントローラーのボタンを押した。



 ヒロインを選択してください。


 1、光の加護を持つ「ルーナ」

 2、闇の加護※※※※「セラ」

 3、半身が※※で闇の※※※「アリア」



 選択完了!



 次に、進みたいルートを選択して下さい。


 1、天の乙女ルート

 2、地の乙女ルート

 3、※の※※ルート ※クリア後に選択可能です 



 選択完了!



 最後に、貴女のパートナーを選択して下さい。

 ※ルートによって選べるキャラは異なります。



 天の乙女


 1、国の盾、地の「シオン」

 2、国の知恵、風の「ファレル」

 3、国の※※、水の「エランド」


 地の乙女


 4、※の※※、炎の「※※※※」

 5、※※の贄、闇の「ジェラード」


 ※の※※


 6、国※※め、光の「※ロ※※」



NOW LOADING……



 全ての選択は終了し、長いロード画面に移行する。



+ + +



 ――これはいったい……。


 16歳の誕生日を翌月に控えたころから、俺は妙な夢をみはじめた。


 妙な夢だという感覚はあるのに、起きてしまうとその内容をうまく思い出すことができない。そのせいか、正直寝覚めはよろしくない。


 そんなある日、母様から俺とアリアも一緒に光の塔へと誘われた。

 なんでも、陛下が「聖女候補」一人ひとりと話す機会を望んでおられるらしい。陛下から求められたのだから、拒否する理由などない。しかし、あの日見た無機質な人形のような姿を思い出すと、なぜか言いしれぬ不安に襲われた。


 俺たち三人は、以前集められた円形のホールにいた。

 ホールの中は静まりかえっており、装飾品もなく照明がわりの魔法具も少ない。ただ中央にぽつりと椅子が三脚置かれているだけだった。並んで座ってみたものの、楽しく会話が出来る空気でもなく、俺たちはただ静かに陛下の指示を待った。


 陛下は奥の間にいらっしゃるらしい。

 随分前に母様が呼ばれて入っていったきり、戻ってくる様子はない。


 そわそわと居心地の悪さを感じはじめたその時、扉から蒼い顔をした母様が出てきて「ルーナ」と呼んだ。


 ルーナは促され、奥の間へと入っていく。

 母様はその場に残り、扉の隣に立ったまま俺たちを心配そうに見つめている。どんな話をするのか……そう訊こうと思ったが、わずかな音さえも禁じられてしまったような空気で、動くことさえかなわない。


 長く感じたが、時間にしてみれば10分程度だったのだろうか。ルーナが首を傾げながら戻ってきた。

 次に呼ばれたのはアリアで、彼女にしては珍しく緊張したようなかたい表情で入っていった。


 やはり様子が気になって、隣に腰を下ろしたルーナに「何を話した?」と訊いてみたが、「上手く話せない……」と困惑した様子で、結局そこから何も訊けなかった。


 そしてまた、アリアもどこか考えているような貌で扉から出てきた。

 母様に呼ばれる前に、俺は扉に歩み寄る。


 母様は俺の肩に軽く手を添えると、「セラ、入りなさい」と扉の中へと促した。


 奥の間は、すぐに陛下の室となっている――そう思っていたが、実際にはさらに奥へと続く長い廊下があり、その先にようやくもう一つの扉があらわれる。

 俺はその扉の前で立ち止まると、一度大きく深呼吸をした。心の準備をしていたそのとき、扉が重厚な音を立て、ゆっくりと開いていく。


 躊躇していると、部屋の奥から「入りなさい」と陛下の声が聞こえた。


 足をすすめると、そこは白い壁に囲まれ、幾つかの天窓から光が差し込む明るい部屋だった。意外にも薄いピンク色の調度品が多く、細かく編み込まれたレースを惜しみなく使ったであろう装飾品などが溢れていた。

 それこそ「乙女」という言葉に似合う……といったら語弊があるかもしれないが、「乙女ゲームのヒロイン」が好きそうな、どこか現実味のない空間に思えた。


 思わず室内を見渡していると、奥の小さな窓際に置かれる卓で陛下が優雅に紅茶を飲んでいるのが見えた。

 その一枚の絵のように美しい光景をしばらく眺めていたら、陛下がカップを持っていない左手で、向かいの椅子を示した。


 歩み寄り、一礼してから椅子に座ると、陛下は宙に何かを描くように指を動かす。すると、俺の目の前に紅茶とカップがあらわれた。

 魔力にはこんな使い方もあるのか……俺の目が釘付けになっていると、陛下はカップを置いて顔を上げた。


 そして。


「闇の魔力をもつ聖女候補、セラ。貴女はどの未来を選びますか?」


 とても愛らしい声なのに、一切の感情を感じられない。


「他者を犠牲にして安寧を得るか、全ての望みを捨て贄として国の礎となるか、望む愛を与えられ、そのものと共に滅びるか。……利己的な愛を望むならば、貴女の望む愛を命じてさしあげましょう」


 ――意味が分からない。


 陛下は目の前にいるはずなのに、ここではないどこか遠くの出来事をみているような気持ちになる。


「心を決めなさい。そうね――貴女の早すぎた愛は消され、再び求めた時には望まれなかったのに、消えぬ力だけが存在する。ならばその力を使わぬのは愚かなこと」


 陛下は俺が誰に振られたかを理解しているうえで、どこか彼女の望む答えに導こうとしている。

 細い糸で操られているような不快な感覚を、どうにか断ち切った。


「つまり陛下は、お……私に何かを望んでおられるのですね?」


 およそ確信めいたものを感じていた。

 やはりそれが陛下の求めた答えだったようで、表情のなかった陛下の口角が歪んだようにぐにゃりと上がる。


「……うふふふ、意思を持って動けるのね、貴女は。三人の中で一番面白い。そうね――貴女の母がいけないの。セシリアは未熟だったから満足な封印も出来なかった。それどころか立場を忘れて子を生んだ。次に繋がる聖女など、ここに存在させてはならなかったのに。愚かなセシリアのためにも、貴女が全ての責任を取りなさい」


 俺が言葉をはき出す間もなく、陛下の言葉は続く。


「今度こそ聖女として認められるために、全ての力と命を注いでこの地に安寧をもたらしなさい。全ての民に望まれるのは、私のように光の加護を持つもの。それに比べ、闇の加護の存在意義など……せいぜいその命でこの国の礎となることしかないのだから。もし貴女が出来ないというのなら、貴女の愛するジェラードを贄として、その命を下すだけです」



 そこには選択肢なんてものが存在していなかった。

 陛下は、俺をひとつの駒として使いたがっている。そして駒である俺が、陛下の望んだ方向に自ら動いていこうとする姿を楽しんでいるように思えた。



 俺がやらなければジェラード様を何かの贄に使う。そんなことを聞かされたら、誰がなんと言おうと俺がやるに決まってる。

 ……ゲームの中ではセーブやロード、リセットボタンを駆使して全てのキャラクターを様々なエンディングに導いたものだ。もちろん全てのエンディングを網羅するために、存在するバッドエンドも一つ残らず見届けた。だが、俺たちが生きているこの世界は、ゲームで使えた便利な機能など利用出来ない。


つまり、俺たちの存在がこの世界に在るせいで、ジェラード様にとって長く厳しいものになってしまったのだ。

 だからこそ、俺はジェラード様のこれからの未来に、少しでも幸せを感じてもらいたい。


「母様が封印出来なかった事を、陛下は不愉快だと感じたのかもしれない。だけど、俺にとっては素敵な母様だ。だから、俺がやる。――でも、その時が来たら、俺が「封印の贄」とやらになる事を誰にも伝えないで欲しい」


 それだけを願うと、ここにきて初めて陛下が強い感情の変化を見せ。


「勝手にそちらへ動くなんて、本当に面白いこと!」


そう言って言葉通りに腹を抱えて笑った。


「この長い時の中で、自ら不幸なエンディングに向かおうとする奇特なキャラクターに出会えたのは、これが初めてだわ」――そう言って、笑いすぎて目じりに浮かんだ涙を拭った。



初めてみるその笑顔は、やはり人形のように美しいのに、どこか醜く歪んでいる気がした。


16歳となる日は、もうそこまで迫っている。

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