第40話 国の礎

 かつてお姉様ルシエラは、他に類を見ないほど、強い光の加護をもっていました。

 私たちは「聖女」と呼ばれていたけれど、私とは比べものにならないほどの癒やしと浄化の力に、民の誰もがお姉様を敬愛していました。

 いずれルシエラが女王となり、この国の「神」と呼ばれる存在になるのだろうと噂され、真実になるその日を待ちわびました。


 魔族が溢れた時、私は民に望まれたお姉様のために、迷わず心を決めました。神殿の魔石にもてる全ての力を注ぎ、命をも捨てる覚悟で、魔石に魔族を封印したのです。ゆっくりと溶けていく私の命と魔力が尽きるその日まで、この地の平穏は約束されるはずでした。しかし、私を愛し、私が愛したヴァルターが、彼の魔力のほとんどを魔石に込めて、魔石と同化しかけていた私を救い出してくれたのです。


 しかし、私の持つ光の加護とヴァルターの炎の加護では、魔物を「封じる」ための質が異なり、その能力の差は歴然としていました。


 私がそれに気づいたときに、たとえ手遅れだもしても、もう一度我が身を魔石に投じていれば良かったのかもしれません。


 ただ、この身ひとつで済むのならば躊躇うことはなかったのですが、私は愛する人との大切な新しい命をお腹に宿していたのです。


 それを知ったあの日、お姉様に呼び出されはっきりと告げられました。


 どこか蔑んだような表情で「子を成した貴女はもう聖女ではない」と。

 その声に感情を感じられるものなく、むしろ冷酷に言い放たれたその言葉の意味を問おうとしたその時。


「運命に背くものは、正さねばならない」


 ――そう吐き捨てるように言いました。



 お姉様の未来のために、魔族とともに封印される道を選んだあの日。その時まで私達は確かに仲の良い双子だったはずなのです。


 あれから幾度考えても私にはわかりませんでした。


 他者が誰かの運命を「正す」ということ。それが果たして許されるものなのか、と。

 私のように答えを出せずに全てを受け入れるのではなく、娘たちには自分の運命と、これから得られる幸せのために精一杯足掻いてもらいたい。


 けれど――。



+ + +



 耳鳴りがするほど音のない部屋で私は思考を巡らせる。皆の前で、陛下は確かに「封印の贄」と言いました。


 それは、私が選択した運命を指しているのだと即座に理解することはできました。しかし私があの時陛下のためにと考えた行動を「贄」とされるのであれば、私はお姉様にとってどんな存在だったのか……。



 現在「聖女候補」と呼ばれる存在は三人。そのうち二人は私の娘で、もう一人は我が家で後見を務めている、娘たちより二歳年上のアリア。


 双子の長女であるルーナは、陛下や私と同じ光の加護を持つ。その力はとうに私を超え、陛下に次ぐものだと高く評価をされている。


 しかしもう一人の娘セラとアリアの二人は、同じ闇の加護を持っている。その力も光と同じ稀有なものであるはずなのに、二人いるという理由からどちらかを封印に使う、だなんて。


 まるで人を道具のように言い放ったあの陛下はいったい「誰」なのでしょう。

 少なくとも私の知る陛下ではありません。民に深く愛され、強さと優しさを兼ね備えたはずのお姉様が、あのようなことを言うはずがありません。


 陛下の言葉には私だけでなく、ヴァルターやジェラードまでもが困惑した様子でした。


 娘達とアリアは、陛下の言葉をどう受け止めたのでしょう……。

 ファレルに付き添いを頼み、三人の聖女候補を見送った私達は、しばらくその場から動けずにいました。


 お姉様に真意を尋ね「贄」とはなにかを訊かねば――そう思ったのですが、どれほど願おうとも、何を語りかけても、扉は固く閉ざされたまま再び開くことはありませんでした。


 ヴァルターは眉をひそめたまま扉を睨んでいます。

 ジェラードは一言も発せず、床を見つめたまま動けずにいるようです。


 陛下のあの言葉は、私とヴァルターはもちろん、セラとアリアの師を務めてくれたジェラードにとっても、信じ難いものだったのでしょう。



 私は扉に向かって祈ることしかできません。

 ……お姉様、あなたはどこにいらっしゃいますか?

 どうか優しかったルシエラに戻って下さい。


 開くことのない扉は、まるで閉ざされた心のように感じた。

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