第39話 欠片

 人生初の告白をし、即失恋するというコンボを重ねたあの日から、俺は仮病を患っていた。


 なんの事はない、気まずくて部屋から出られないだけだ。

 まさに「合わせる顔がない」状態で、彼の前に下げていける面の皮さえみつかれば、心の底から土下座でもなんでもしたいとは思っている。


 もちろん無断で休み続ける事は許されない。今こうして休み続けていられるその理由は、俺が失恋したその日のうちに、ルーナが母様に話したからだ。それを聞いた母様は、すぐに俺に寄り添ってくれた。ただ、母様のほうが泣きだしそうな顔をしていたけれど。


 振られたのは母様のせいなんかじゃない。

 俺が母様の魅力を超えられなかった、ただそれだけのことだ。


 しかし……こうして数日間サボってしまうと、余計に行く勇気が無くなってしまう。

 一応母様からジェラード様宛に「病欠」だと伝えてもらっているけれど、彼はどう思っているのだろうか。

 せめて、それを言葉通りに受け止めて、間違っても失恋が原因だと思わないでいてくれたらそれでいい……。



+ + +



 することもなく、ベッドでぼんやりと横になっていると、俺の部屋にどすどすと足音が近づいてきた。

 重みと勢いのある足音の持ち主は親父殿だろう。そう分析していると、部屋の扉が勢い良く開かれた。


「セラ、エランドが来た。お前たちとアリアに話があるらしい。……体調はどうだ、動けるか?」


 神殿を管理しているエランド様が我が家にくるのは主に夜だったはずだ。

 しかし今日はまだ昼にもまわっておらず、いつものように酒を酌み交わしに来たとは考えられない。


「俺は大丈夫です、ルーナたちはもう集まっているんですか?」


「あぁ。皆、部屋に集まっている。お前にも関わりのある内容になりそうだ」


 親父殿はそう言うと、珍しく顔を顰めた。

 そうかと思うと、横になっていた俺の肩を支えながら抱きかかえて持ち上げる……いわゆるお姫様抱っこをしてきた。



「お、おぉぉぉおおお親父殿! 歩けます、俺歩きますから!」

「歩くな、病気の時くらい甘えてこい! 俺のお姫様に無理はさせられないだろう!」


 どんなに暴れても、親父殿はがっちりと俺を抱えたまま皆の待つ部屋へと運んでいった。


 部屋に着くと、皆の視線が俺に集まる。

 母様は微笑ましそうに笑い、ルーナとアリアが俺を指さしながら、遠慮のない大爆笑をかましてくる。

 親父殿は一人満足そうな顔で、俺をソファーにおろした。



「ヴァルター様は本当に娘さんたちを愛してますね」


 そう言って笑うエランド様の表情に、いつもの陽気さが感じられない。

 それどころか笑顔では隠せない青い顔をしていた。


「エランド様、お顔の色が優れないようですが……どこかお悪いのですか?」


「それ三回目! さっき私もルーナも同じ事聞いたわ」


「ちなみに私が一番目ね」


 ルーナが一人ドヤ顔をしている。

 何の競争だ。


 しかし、そう指摘されると何だか恥ずかしい。

 二番煎じどころではなかったらしい。


 そのやり取りを聞いていたエランド様は軽く吹き出した。


「お嬢ちゃんたちに気を遣われるのは有り難いものだな。……うん、体はどこも悪くない。だが、状況は芳しくない。聞いてくれるか」


 そう言うと、彼は地図を広げ説明を始めた。


 神殿には、様々な種類の魔力を法具に蓄積し、それによって陛下と民を繋げる役目がある。更に魔石によって各地で封じ込められた魔物を管理するという責務もある。


 しかしここ最近、大きな魔物を封じていた魔石のいくつかに亀裂が入りはじめているのが発覚したのだという。エランド様は地図に描かれたいくつかの神殿に指を差しながら説明を続けた。


 ……魔石が割れる、それを聞いた俺とルーナは思わず顔を合わせた。


 封じていた魔物が溢れ、各地の神殿が襲われる。そして世界は崩壊の危機に――そのシナリオには覚えがあった。この世界の基礎となった、前作「天の乙女」の最後にして最大のイベントだ。

 ここがきっかけで、プレイヤーが迎える最終的なエンディングが確定する。


 まさか今作でも、同じような展開を使うのか? ……そう思ったが、ここはゲームの中じゃない。

 ヒロインを使うプレイヤーとしてではなく、ここで生きている俺たちにとっては、全てが「現実」となってしまう。


 エランド様は俺たちに伝言を伝えに来た、そう言った。


 陛下直々に「聖女候補を連れてくるように」そう命ぜられた、と。



+ + +


 俺たちが向かったのは光の塔。普段公の場に出てくる事のない陛下は、その最上階で過ごしているという。


 闇の塔よりも遥かに高いが、転移の魔力がそこかしこにあるおかげで、階段の全てを徒歩でのぼらねばならない……などという不便さは回避できた。


 ジェラード様も闇の塔の最上階に室があるが、常にそこに住んでいるわけではない。

 もちろん闇の塔にもいくつかの転移魔法は散りばめられている。だが、いくつかの階層ごとにわかれているため結局のところ階段を使うことが多く、正直不便だ。


 しかし、俺たちのほうが地味に足腰を鍛えられるに違いない。


 ただ、ここは光の加護を持たない者にとって容易に立ち入ることは許されていない。入れるのは国の柱となる各属性の長、もしくは陛下が直々にに認めれた者くらいだとルーナが教えてくれた。……そんな場所だけあって、背中がぴりぴりするほど緊張する。

 さすがにここに通うルーナや母様は慣れているようだが、アリアなんかは始終あたりを気ままに見渡していて、完全な遠足気分になっているに違いない。


 この場に呼ばれたのは俺たちだけではなかったらしく、次々と人が集められる。


 その顔ぶれはこの国の要と呼ばれる人物ばかりで、いくら俺達が「聖女候補」と言われていても、どこか場違いな気がしてならない。


 迎え入れられた部屋には、床や壁、その全てに白い大理石が埋め込まれており、ところどころに置かれた照明用の魔法具の光があたりを淡く照らしている。まるでプラネタリウムのような、広い円形のホールだった。

 入り口から遠い場所には、大きな紡錘形の魔石があり、隣にはきらびやかな玉座がある。その奥にある扉の先に、陛下はおられるのだろうか。


 その両側に並ぶ椅子に腰をかけているのはそうそうたる面々だ。椅子に施された細やかな装飾で、誰がどの属性かがわかる。


 各地にある神殿の長であり、俺たちをここに呼んだのが水の加護の筆頭エランド様。そして陛下の妹で補佐でもある、先の聖女を務めた母様。そんな母様の危機を救った結果、かつて勇者と呼ばれたのが炎の加護を持つ現騎士団の長である親父殿。そして俺たちが属する闇の塔の長で、類まれなる闇の加護を持つジェラード様。そして宰相となることが決まった風の加護を持つファレル様と――もう一人は、初めて見る人物だった。


 一度でも会っていたら、きっと忘れられないだろう。彼は一人浅黒い肌をしていて、目から下はほぼヴェールのような黒い布に覆われている。その表情は分からないが、そこから見えている瞳は透明感のある水色で、その肌と相まってやたらと印象に残る。身体も親父殿とは違った逞しさがあり、まるで寡黙な戦士のようだと感じた。


 あれが誰なのかを尋ねようとルーナに視線をやると。同じように彼を見つめていたルーナの顔が、驚くほど赤く染まっているのが見えた。そして俺の視線に気づいたルーナは、震える声で「彼は地の加護の長で、若くしてこの国の守護を任されている『シオン』様」と呟くように教えてくれた。


 それを聞いて、俺はようやく思い出した。当時は攻略キャラクターではなかったはずだが、その名前だけは散々聞かさていたものだ。

 前作のゲームでは彼の兄がその任を負っていたが、確か唯一の身内として幼かった彼も登場していたはず。「半ズボンを履く美少年――尊い!」と祈っていたかつてのルーナが目に浮かんだ。


 そのルーナが「今回の推し」とまで言って楽しみにしていたのだから、会えたことが相当嬉しいのだろう。


 だけど、俺の視線はどうしてもジェラード様の姿を追ってしまう。

 情けないほどに女々しいと分かっているけど、それでもこうして姿を見ると嬉しくてたまらない。失恋したのに、やはり胸が跳ねてしまう。


 ジェラード様が俺の視線に気づいたそのとき、奥の扉が開いた。


 ゆったりとした動作で玉座に座るのは、聖女から女王に選ばれ、この世界での「神」と呼ばれる光の加護の要。


 女王陛下、ルシエラ様だ。


 陛下は俺たちの母様の双子の姉にあたる。

 前作のヒロインなのは覚えているが、きっと彼女もなにかしらのエンディングを迎えて女王陛下となった……ということなのだろうか。


 この世界で初めて見るその容姿は、双子と言うだけあって確かに母様に似ている。ヒロインだった頃の彼女は、笑顔が眩しく、可愛らしく優しい。そして心の強さを兼ね備えたキャラクターだったように思う。


 母様との違いと言えば、腰まである金の髪がさらさらと真っ直ぐ伸びるのが母様で、ふわふわと柔らかく波打っているのが陛下だろうか。ただ、その美しい貌にあるべき表情がなはく、穏やかに微笑む母様と違いどこか人形のようにさえ見えてしまう。


 その身にまとう純白のドレスは、まるでウエディングドレスのような華やかさがあるのに、どこか冷たささえも感じてしまうのは公平な立場を保つ者のオーラ……とでもいうのだろうか。



「世界の流れが動きはじめました」


 先のヒロインのイメージそのままの、鈴を転がすような陛下の声がホールに響いた。

 世界の流れとは、一体何だろう。


「聖女候補は、時が来たら対応できるようにしておきなさい」


 説明が少なすぎて混乱するのは俺だけなのだろうか。

 目線をずらすと、アリアは盛大に首をかしげている――良かった、俺だけじゃない。


「私の代わりとなる光の聖女は一人しかいない。封印のにえに使うのは、闇の聖女のどちらかとする」


 それだけ言うと、陛下はまた扉の奥へと戻ってしまった。



 全ての話が終わった時、もう一度ジェラード様と目があった。

 その口が開きかけたが、閉じてしまう。


 俺は意を決して歩み寄ると「お久しぶりです、ジェラード様! 長く休んでしまったぶん、これからがんばりますね」そう小さく笑った。


 何事もなかった、そう決めたのだから俺は二度と彼を傷つけない。



 ただ、俺はもちろん、アリアやルーナも気づいていなかったと思う。

 母様と親父殿、そしてジェラード様の三人が、苦々しい表情で話をしていたことを。

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