第35話 夢かうつつか

 俺はあの時起きていたのか、それとも眠っていたのか。


 深夜、熱がまた上がってしまったのか、体の節々に激しい痛みを感じる。喉が張り付くくらいに渇いているものの、身体を起こして喉を潤すのは難しい。


 呼吸をすれば、喉はひゅうひゅうと喘鳴をたてる。


 きっとみんなも既に眠っているのだろう。

 朝までどうにか我慢すれば、ルーナや母様が来てくれるだろう。そうでなくとも、自分で起き上がれるくらいには回復しているかもしれない。


 しかし、身体は暑いのにやたらと寒い。俺は布団を握りしめたまま、震えが止まらなかった。


 その時、額に何かが触れた。

 ひやりとした柔らかいもの。

 それが額や頬、首へとおりていき、不快な熱を心地よく奪ってくれる。


 部屋に入って来てくれた誰かが、大きな手を肩の下に入れて、ゆっくり起こしてくれた。

 そして、そっと唇にあてられた硬いものは、きっと母様が卓に置いていってくれたグラスなのだろう。

 傾けられ、冷たいものが乾いた唇を濡らしていく。俺はどうにかそれを嚥下えんげした。……あまりに渇いていたからか、むせてしまってうまく飲めなかったけれど、唇から零れたものを、誰かが拭ってくれたのがわかる。


 喉は潤ったけれど、瞼は重くて、開けることができない。

 それでも身体の熱は少しだけ楽になった。


 誰かが傍にいてくれる安心感なのか、溜まりにたまった弱音だったのか、俺は心のままに言葉を吐き出していた。


「……俺、アリアに気持ち悪いって言われたんだ。それなのにまだ、気になってしまう人がいる。でも、前世の記憶が邪魔をしてきっと動けない。そもそもライバルが母様じゃ、俺なんて相手にしてもらえない」


 俺も母様みたいに美しい金色の髪ならば、少しは好きになってもらえたかな。

突如声を出してしまったせいか、相手を戸惑わせてしまった。そんな空気が伝わってきた。


「……前世の記憶?」


 誰かがそう聞き返す。


「俺はさ、この世界でセラとして生まれる前に、別の世界で男として生きていた記憶があるんだ」


「ふぅん? 別の世界で、しかも男……ねぇ」


 声は続きを促しているようだった。


「信じられないだろうけど、ここじゃない『日本』っていう国があって……俺は26年間そこで暮らしてた」


「日本?……セラの、前世での名前は?」


悠里ゆうり。……よく珍しいって言われたけど、男女の双子でさ。高崎悠里たかさきゆうりって名前だったんだ」


 肩を支えてくれていた手が、ビクリと震えた。

 かと思うと、そっと俺の体を寝かせてくれる。


 そしてまた、冷たい布が額に乗せられる。

 その心地よさで、俺はようやく呼吸が楽になってきた。


「……その、気になる相手って誰なんだ? ライバルが母親って事は、まさかヴァルター様?さすがに親子での婚姻は認められていないから、それはどうかと思うが……」


「違うちがう、もちろん親父殿は家族として大好きだよ。でも……そうか、俺は好きなのか。陽菜への気持ちと違い過ぎて、気づかなかったけど、俺はきっと、ジェラード様が気になるんだ」


誰かが俺の頬に触れた。

大きくてあたたかい、しかし、初めての感覚。


「……へえ、ジェラードか、よりにもよって。それは面白くないな。……今度は俺にしておけよ。俺ならお前を理解してやれる。今までも、これからも。そうだろう、悠里」


その声は、とても近くで聞こえた気がした。続けて、唇に何か柔らかいものが触れる。

それは少しだけ乾いていたけれど、初めて感じるあたたかいもの。


 その人は、そのまま夜の闇に溶けるように消えてしまったようだ。


人の気配の消えた真っ暗な部屋。

 ……それにしても、こんな俺でも夢の中なら素直になれた。それって漫画やアニメの事じゃなかったんだな。

 俺は、ちゃんと言えた。初めて、セラとしての自分の気持ちに向き合えた


 俺は、一歩進めたことが嬉しくて眠ってしまったらしい。

 この時、誰とどんな言葉を交わしたのかを、もっと考えるべきだったのに。

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