第33話 地味な作業は得意です

 エランド様の眼が笑っていなかったその理由を考え続けていたせいか、空が白み始める頃まで眠れなかった。短すぎた眠りのせいか、すっきりした目覚めにはならなかったが、仕事はしごと。公私混同はするまい。


 俺は叱られるのを覚悟して手鏡を手にジェラード様のもとを訪れたが、「次は気を付けるように」の一言で片づけられてしまった。

 その代わりに申しつけられた仕事は、使われることの多い細かな魔法具に力を溜めるという作業だった。


 これは塔の中枢にある「核の間」と呼ばれる部屋で行われる、いわば缶詰作業だ。

 偉そうな名前だが、この部屋は決して広くはない。

 様々な種類の魔法具が所狭しと並んだ棚に周りを囲まれ、入り口近くに小さな卓が二つあるほかは、窓すらない。部屋の中央には塔の要となる大きな魔石が浮いていて、その大きさは大人三人手を繋いで輪をつくり、めいっぱい広がった程度だろうか。この魔石のおかげか、室内の灯りはいらず、常にアメジストのように神秘的な紫色の光を灯し続けている。


 俺は卓に向かい、作業を始めた。


 乙女ゲーム内のファンタジー要素にしては残念な設定にも感じるが、この世界の闇の魔法は日常の様々な用途に使われていた。

 大きな魔法具は魔力の力量を測るために使われることもあるが、込められるものの形によって使われる内容も変わる。例えば球形の魔法具に闇の力を注いで大砲で撃ち出せば、遠隔かつ広範囲の攻撃手段として用いることも出来る。小さな筒形のものに魔力を注げば、いわゆるダイナマイトのように使用することができる。俺が手に持っている薬莢型の小さなものに溜めていけば、銃器に仕込み魔物を効率よく撃退するのにも使えるのだ。


 もちろん加護を持つものはこんなものに溜める必要はなく、使いたい時に力を使える。つまりこれを必要とするのは主に民たちだ。

 民が狩猟や魔物への対抗手段として、その他、土地を拓き井戸を掘り、建物を壊す際での効率の良い便利な道具……といったところか。


 一度魔法具に注いでしまえば、それを用いることで誰でも闇の力を使える。そこは便利だが、管理を間違えば悪用もされかねない。

 しかし、他の加護を持つ者と決定的な違いがあるとすれば、闇の加護を持つ存在が身体に魔力を溜め込みすぎると、暴走を招く結果にもなる。



 あるいみ、持ちつ持たれつ……みたいなものかな?



 その点光の加護はいい。そもそも暴走する可能性はなく、癒やしや祝福が溢れたところで何一つ迷惑にはならないだろうし、その力を魔法具に溜められば、そのまま魔力は癒やしと回復の道具となる。

 塔から離れた村の教会などに、一つふたつ大きめの魔法具を預けておけば、その教会はほぼ一年、病人や怪我人に治療院として対処する事ができるのだ。


「あっちは華やかでいいなぁ……」


 アリアではないが、闇と光の扱いの差に羨ましくもなる。

 だが、無いものねだりをしても仕方がない。俺は箱いっぱいに詰まった弾丸型の魔法具を手に、ひたすら魔力を注いでいった。


 俺はこういう地味で繰り返す作業は嫌いじゃない。むしろ大好きだ。

 前世のゲームでもそうだが、RPGだと物語を進めず、ひたすらにレベルを上げるのが好きだったくらいだ。

 それに、この薬莢のようなかたち……眺めていると、前世でサバイバルゲームをした記憶が思い出されて男の浪漫を感じる。


 俺としては歩兵銃が格好良くて好きだったけれど、親友あいつが使うマシンガンに問答無用で背中を撃たれたな、とか、弾丸が入っていないと油断していたハンドガンでこめかみを撃たれて、そこだけ髪が生えなくなったな……とか。

 当然、銃は人に向けたらいけないのだが、あいつはよく「隙あり!」などと言って躊躇いなく撃ってきた。

 まぁ、今ではある意味それも思い出だ。



 こうしてのんびりと同じ作業を繰り返していると、単調作業なせいか、ついつい余計な考え事をしてしまう。

 そして、やはり静かな環境は眠くもなるわけで。


 緊張の糸が緩み、瞼がゆっくり下がり始めていた丁度いいタイミングでジェラード様が顔を出した。


「どうだ? ――セラ、そなた……この短時間でこんなにも注いだのか。魔力は無尽蔵ではないのだから無理はしなくていい」


ジェラード様が俺の手元をみて呆れた顔をしている。

 気づけば俺は三箱目の薬莢に魔力を注いでいた。

 前世の俺は集中力に定評があり、よく褒められたものだ。


「大丈夫です。俺、こういう作業大好きなので」

「俺ではなく『私』というように」


 またチョップがくるのかと一瞬警戒したが、ジェラード様は俺の頭に軽く手を乗せたまま、俺を見ていた。


 彼はその手を下ろすでもなく、ただ真っすぐに見つめてくる。……しかし、その眼は俺ではなくどこか遠くを見つめている――そんな気がして、

「ジェラード様。恋というのはどんな感情なのでしょうか」

 気づけば、そんな言葉がするりと口からでていた。



「……は?」



 眉間に皺を寄せたまま固まってしまったジェラード様をみて、俺はようやく自分がとんでもない発言をしたことを理解した。

 夕べの出来事のせいか、はたまた睡眠不足のせいで脳がお花畑にでもなっていたのだろうか。


「え? あ! いや、一般論!そう、一般論を知りたくて! 師であり大人であり人生の先輩でもあるジェラード様からアドバイスを貰いたいというか……」


 必死でこの空気を打破しようと試みたが、こんな時は、どうして言えば言うほど言い訳のようになってしまうのか。

 俺が頭を抱えかけたその時、彼は俺に背を向け、室を出て行ってしまった。


「恋など――ただの痛みにすぎない」と呟きを残して。


 一人に戻った部屋で、俺は彼の言葉を繰り返す。


 ――恋は痛み。


 果たして、俺の恋は痛かっただろうか。

 痛みもたしかにあったけれど、それ以上の感情もあった気がする。しかし、それも結局は片思いのままで、俺に三次元での恋人がいたためしがないから、恋のすべてを理解することはできないし……。


「恋って、難しいな」


 今夜も眠れなくなりそうだ――考える必要のある大きな課題はともかく、俺は手元の作業に集中することにした。

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