第29話 曰く付きの鏡
15歳を迎えた俺に任されたのは、日に一度行われる魔力の貯蔵と、曰く付きと言われる偏った宝物庫の管理だ。
午前中はアリアとともに学びを受けるのだが、彼女のこちらでの年齢が
しかし。
「草の名前とか飽きた! 呪文が長すぎて覚えられない! 闇の魔力とかわけわかんない!」
一緒に学びを受けはじめてすぐに卓に突っ伏したアリアは、下唇を突き出して不満を顕にしている。
これは今に始まった事ではないらしく、残念ながら一年以上この態度を貫き通したのだとか。
そしてそんなアリアに早々と見切りをつけたジェラード様は、直属の部下であるゲオルグ様に全てを押し付ける結果となったらしい。
「少しはやる気を出してもらえませんか、貴女は聖女候補なんですよ?」
黒というよりところどことに黒髪の房がある灰色の髪……とでもいうのいだろうか。そんなゲオルグ様は、困り顔のせいか垂れた目を余計に下げながらアリアに訴えている。
立場的には塔の長であるジェラード様の下に、俺達聖女候補。そしてその下がゲオルグ様……という順番になるらしい。
「なぁアリア、真面目にやらないと、何かあった時誰も助けてくれないぞ?」
俺に言われると腹が立つのか、アリアは俺を睨めつける。
「うっさい! 『何か』ってなによ! 自慢じゃないけど勉強と名のつくものは全部嫌いなの! そんなもの出来なくても、愛嬌と色気があれば世の中は優しいんだから」
一部の偏った世の中での知識なんて、披露しないで欲しい。
「あのな、ここでもそれが通用すると思うなよ……。ここで生きるための学びに手を抜いたら、同じ最期を繰り返す羽目になるぞ?」
アリアは「ぐ……」と呻いて文句を飲み込んだ様子だ。
彼女は、老後一人孤独に命を落とした。
その生を繰り返したいわけではないだろう。
不貞腐れた態度は変わらないが、とりあえず文句を飲み込んで教本を捲る気にはなったらしい。
ゲオルグ様がホッとした様子で、薬草学を語り始めた。
+ + +
「あー! つまんなかった!」
アリアは伸びをしながら俺の後ろをついてくる。
「いつまでついてくるんだ? 俺は午後から宝物庫の整理に行かないといけないんだけど……」
その不用意な一言がいけなかった。
女子とカラスは光り物が大好きだということを、俺は失念していた。
「宝物? あたしも行くっ! 綺麗なのあるかなー」
「光の塔には、国宝になるような装飾品や宝石とか玉が集められてるとは聞いたけど、ここにあるのは基本曰く付きだぞ?」
そう伝えてみたものの、浮かれるアリアにそれが届くことはなかった。
宝物庫は塔の地下にある。
牢のように幾重にも鍵をかけられた入り口に一定の魔力を注いでいくと、それれらが一つずつ解錠されていく。
扉を開けるとそこには石階段が螺旋状に続き、更に地下へと誘う。
アメジストのような壁をつたって行くと、堅牢な扉があらわれる。
そこが宝物庫だ。
価値があるから、というより、扱いが面倒なものが多いからここまで厳重になっているのだと教えてもらった。
様々な絵画が壁に並び、置かれた台座には色彩豊かな宝石や装飾品が並ぶ。棚に置かれている小物も、グラスや香炉、化粧品に櫛や鏡など、それぞれがなかなかに豪華な造りをしている。
しかし、新人に管理を任せられる程度には「価値無し」といわれる品物なのだろうか。
俺は手元の資料と見比べながら、伝えられている曰くと照らし合わせる。一つ二つ紛失したところで困る品物ではないから、定められた時間が過ぎるまで適当に眺めればいい……そうゲオルグ様が言っていたけれど。
「これ可愛いー!」
アリアが棚から持ってきたのは、櫛と手鏡だ。
「勝手に持ってくるなよ……」
俺は手元の資料からそれらの曰くを調べて読み上げた。
「右手に持ってるその櫛は、呪術がこめられてるんだって。使用者の美貌が、使うたびに爛れて崩れていくんだとか。左手の鏡は、何度磨いても曇りが晴れず、時折黒い影がうつりこむ……ってホラーかな」
見ると、アリアは櫛を勢いよく床に投げ捨てていた。
……捨てるなよ。
俺は櫛を拾い上げ、棚に戻す。
そして大人の掌ほどの大きさを持つ手鏡を眺めるアリアに「割る前に戻せよ」と声をかけた。
手鏡には幾つかの立体的な蝶の装飾がついていて、飾りとしても華やかだ。曇る鏡面を覗き込みながら、アリアは呑気に踊っている。
俺はアリアに背を向けて、管理の続きを再開した。
「これがシンデレラなら『鏡よ、鏡よ、鏡さーん』って言えば何かうつりそうなのに」
「それを言うなら白雪姫――」
突如手鏡から強い光が輝く。
振り返ると、アリアが驚いた顔をして「――うつってる」と鏡を見つめていた。
何が映し出されているのか、俺もそれを覗き込む。
そこには一点の曇りもなく、鏡を覗き込む俺とアリアの前世の姿があった。
15年の歳月で、少しだけ薄れていた「自分の顔」。そして、同年代に映る
……こうしてみると、正直あの頃の俺を陽菜が「モサい」と言い放っただけはある。
その長すぎる前髪を上げる仕草をしてみると、鏡の中の「俺」も、ちゃんと髪をたくし上げた。
「へえ! それならだいぶマシになるじゃない。でもあんた基本女顔だから、やっぱりお断り一択だわ」
珍しく褒めたかと思えば、アリアは即座に「へっ!」と嫌そうな顔をする。
「……どう頑張ってもお断りされる運命に変わりはなかったんだな」
なんだかドッと疲れがこみ上げた気がする。
その時、複数の人間が階段を駆け下りてくる足音がした。
階段は焦らずゆっくりと移動しないと危ないのに。
降りてきたのは、ゲオルグ様とジェラード様だった。
「何事か!」
ゲオルグ様がここに来た理由を説明してくれた。つい先ほど、鏡が光った時と同じくして、塔の全体に謎の光が走ったのだとか。
思い当たるものが「曰く付き」のここ以外ありえなかったのと、聖女候補の身の安全を確認するために、長であるジェラード様直々に来てくれたのだ。
「呪文を唱えたら、この手鏡が光って……私たちが映ったんです」
アリアが説明するが、その説明では不十分だろう。
「手鏡を持ったアリアが、躍りながらお伽噺で使われていた言葉を口にしたところ、鏡面から強い光が放ち……気づけば曇りない鏡に変化していました」
鏡をジェラード様に差し出した――しかし。
「曇っている、が。何がこれに映ったというのか」
「私たちだけ映るのかな? セラ、あんたも来なさいよ」
もう一度並んで映そうとでもいうように、アリアが俺の隣に並ぶ。
その背後からのぞき込むように立つ、ジェラード様。
何故だか、俺はあの姿をジェラードにだけは見られたくなかった。
気づいたら、俺はアリアから奪い取るように手鏡を握りしめ、駆け出していた。
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