第26話 未来の師


 翌日、俺とアリアは親父殿に連れられて闇の等を訪れた。

 通された室は、派手さはないが品の良い調度品に溢れている。


 親父殿いわく、美味い「酒」のお礼を兼ねてジェラード様との顔合せなのだそうだ。

 15歳からの一年間、俺たちは闇の塔で様々な事を学ぶらしい。

 主な仕事は闇の魔力を魔法具に注ぎ込み蓄積と抑制。そして薬の調合と曰く付きの品の管理や、口では言えない呪術的な事も含まれているらしく、光の塔でルーナが母様から学ぶ内容との違いに驚愕する。


「あちらは癒やしだの祈りだの、人から敬われる事ばかりなのに、なんでこっちは薬とか呪われそうなことばかりなの……」


 小さな声ではあるが、アリアが目に見えて不貞腐れている。

「まぁ、適材適所ってことじゃないか?光には光の、闇には闇の仕事があるってことだろ」


「そうかもしれないけど、なんかガッカリ」


 素直さが魅力ではあったが、さすがに少しは態度を改めさせないと……そう思った時、扉があいて「待たせて申し訳ない、ヴァルター様」と長い黒衣を身に纏った男性があらわれた。


 強い魔力を秘めた漆黒の髪は、まるでカラスの濡れ羽色のように美しい。顔もまた整っていて、その切れ長の瞳から目が離せない。


ぱちりと視線が合わさる。


「そちらはジェラード様の娘、か?」


 問われた親父殿が破顔する。

「こっちがセラ、もう一人いるが俺の自慢の娘だ!んで、こっちはアリア。半分とはいえ漆黒を持つ貴重な娘だから、俺が……というより、我が家で後見を務める事になった」


 さあ、と軽く背中を押され、促される。

 一歩前へと歩み出て、スカートの裾を軽く摘み、片足を後ろに引いて頭を下げる。


「あ、お、私はセラと申します。闇の加護を持つジェラード様に師事するよう、おや……お父様から言われました。まだ数年先になりますが、どうぞよろしくお願いします」


 緊張して噛みすぎたが、ジェラード様の目はふっと優しいものにかわる。

 目が細められたからか、その顔はどこか満足気な猫のようで、猫好きの俺はドキリとした。


 親父殿は続けてアリアの背を押す。

 頭を上げたまま、上目遣いでジェラードを見つめる姿に嫌な予感がしたが、少々遅かったようだ。

「私はアリアです。聖女候補と呼ばれているけれど、正直記憶が混ざってこの世界の事がよくわから……もがっ!!」


 俺はマナーも何もないアリアの口を手で塞いだ。

 記憶だの、前世だの、こんなところで語られたら面倒臭い事になりそうだ。

 恐るおそるジェラード様の顔をうかがうが、特に気分を害した様子は無かった。



 アリアの口を抑えたままの俺を、親父殿は「まぁまぁ」と宥める。


「ジェラード、アリアはまだ引き取って間がない。これからマナーも含めて『聖女』として、貴族として必要なものはセシリアが教えていくだろう。今日のところは勘弁してやってくれ」


 そういうと、ジェラード様は眉間に皺を寄せ、指先をこめかみにあてる。

「貴族として……というのは、むしろヴァルター様にこそ必要だと思うが」


 ……わかる。とは言えないけれど、この人は親父殿をよく理解している。

 思わず吹き出した。


「親父殿、俺もそう思う! 俺達といっしょに母様から教わろうか」


「セラ!親父殿ではなく『お父様』と呼べ、お父様と!」


 そのやり取りを見たジェラード様は「直すのはそこではなく、『俺』という方が問題なのではないか?」と疲れたように突っ込みを入れた。


 ――また、既視感。


 俺だけでは無かったのか、親父殿とジェラード様がこちらを見て首を傾げる。


 その後、挨拶は短い時間で終わった。

 ただ、見送るジェラード様と目があった時、何故か小さな棘が刺さったときのような、つきんとした痛みだけが俺の胸に残った。



+ + +



「ジェラード様ってなんか暗い! 陰気っていうか辛気臭いっていうか、冷たそうっていうか……エランド様に教えてもらえたら良かったのに」


 初めて会う相手に対して、よくもまあスラスラと悪口が言えるものだ。いくら元片思いの相手といえど、正直辟易してしまう。

 それに先ほどから足が容赦なく蹴られていることに気づいているのだろうか。狭い馬車の中で足をバタつかせるのはやめていただきたい。


 親父殿がそのまま仕事へ向かったからか、俺とアリアは二人きりなのも正直気まずい。


「ねぇ、暇だから昔の話していい?」


 疑問符をつけて訊いてはいるが、こちらが「嫌だ」と言ったところでお構いなしに話し始めるに違いない。

 案の定ベラベラと話し出した。


「あのさ、あんたが昔私の事が好きだのは知ってるけど、なんで生きてるうちに告白とかしなかったわけ?」

「あのな……普通、親友の彼女に躊躇いなく告白するバカはいないだろ」


 俺は呆れた顔のまま、視線をアリアからそらす。


 恋愛第一主義、とでもいうのか、アリアは自分の気持ちに素直すぎるところがある。常識とか、相手の気持ちとかは二の次らしい。


「つっまんないの! 試しに略奪とかしてみれば良かったのに。……あ、でもあんた、顔はマシでも暗くてモサかったもんね。お断り一択だわ」


「なら告白しなかった方がマシじゃないか」


「告白されるぶんには、誰に何回されても構わないわけ! それだけ私が可愛いってことだからね!」


 ふふん、とアリアは得意気に笑う。

 曰く、人生で告白された人数は三桁、とかなんとか。


「三桁のうちの一人にはならなくて良かったと思うよ……」


 離れている間に、美化していたのかもしれない……。

 今のアリアを見て、昔の陽菜かのじょが重ならない。

 見た目だけなら今のアリアの方が遥かに綺麗だとは思うが、出会った頃の陽菜には、どこか愛らしさもあったのに。



 時間の流れって、人を変えるんだな。

 俺は一人自慢を続けるアリアを眺め、深いため息をついた。

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