第22話 女狐vs女狸


「俺の彼女だ」


そう親友あいつから紹介される前から、俺は「斎藤陽菜かのじょ」をよく知っていた。高校のクラスメイトで、ある意味一番目立っていたと思う。

 顔は少し垂れ目で、いつも少し眠そうな表情も愛嬌があって可愛いと思っていた。

 そして体型は標準よりも少しふくよかで女性らしい柔らかな丸みがあって、俺としてはそこがまた狸のようで可愛いと思っていたし、それを直接彼女に伝えた事もある。


 ……残念ながら「褒め言葉じゃないよね」と激怒されたけれど。


 陽菜は思ったことはハッキリ言うし、言い負かされる事も多かった。

 そして、相手の表情や態度を読み取るのもうまく、言い過ぎたと思う時には甘えてくるのも上手かった。その巧みな切り替えのせいか、どこか憎めないキャラクターだ。


 彼女の中で俺は恋愛対象でなかったらしく、親友の前だとすこぶる良い子だが、俺の前では言いたい放題。

 それでいて俺の気持ちにも気づいていたらしく、うまく使われ、あしらわれた。


「あんたって良い子だよね、中途半端だからどこにも居場所がない」

 そう言って笑った。


 その笑顔も、悔しいくらい可愛かったのに。



+ + +


「あの女ぁぁぁあーー!!」


 人の部屋に駆け込んできたかと思うと、ルーナは俺のベットにある枕を掴み、幾度も壁に投げつけている。

 ばすん、ぼすんと低い音をさせながら、枕が宙に舞う。

 枕が傷むからやめて欲しいが、こうしてモノに当たっている時のルーナは怖いから逆らわない方が身のためだ。


「また何かあったのか?」

 彼女アリアが我が家で暮らすようになってまだ一週間。なのに「また」という言葉が馴染んでいるのは、彼女の存在感ゆえ……だろうか。


「なんなの? あの女は『婚約』って言葉の意味を知らないの?」

「……また、ファレルに何かしたのか?」


 彼女はファレルに目をつけたのか、俺からみてもやたらと距離がちかい。俺たちの時のように「家庭教師」の役を任されたファレルと過ごす時間が多いせいか、ルーナのストレスは日々蓄積されているようだ。


「婚約者のいる男性と二人きり、とか何考えてんの? 私が同じ部屋で静かに刺繍や読書してたら『緊張してうまくできません』とか! お父様の案で扉は開けたままとはいえ、なんで私が追い出されなきゃいけないの!」


 ルーナはそう怒りながらも、珍しく涙を流している。


 俺は右手に少しだけ闇の力を込めて、ルーナの額にあてる。光の加護のように強い癒しはないが、闇の加護には夜のとばりのような、穏やかで静かな落ち着きをもたらす力があるらしい。つまりは「歩く心の安定剤」とでもいうべきか。


 そんなことを考えながらルーナに触れていると、目を閉じたままのルーナが不安げな声をだす。

「ねえ、心が離れちゃう……ってことはないよね? ファレルがアリアを好きになる、なんてことはないよね?」


「それはないだろ」


 俺はきっぱりと言い切る。公私混同をしないファレルがルーナと婚約を決めた日を思い出す。そこには強い確かな決意が感じられたし、今も彼は「ルーナにふさわしく」とひたすら努力を続けている。アリアは目に見えるほどの好意をファレルにぶつけているが、揺らぐ様子もみられないからきっと大丈夫だろう。


「そうだよね。……ねえ、こんなことを聞くのはあれだけど、あの女のどこが好きだったわけ?」

 突然すぎる質問に少々戸惑ったが、いわば過去のことなので正直に答えることにした。


「俺はさ、鈍感なんだよ。それで……」話はじめてすぐ「知ってる」と食い気味に言われると、語る気もなくなる。仕方ないのでそこは黙殺し、俺は話を続けた。


陽菜かのじょはさ、眼中にない相手に対してはっきりと本音を言うだろう? 鈍い俺にとっては、そこがありがたかったんだよ。彼女の口から出る言葉が本心なんだって思えてさ。気づいたら好きになってたんだ」


「あんたって、ドMなの? あんだけ言いたい放題言われてた相手を好きになるなんて」


 呆れ顔のルーナが、こめかみを押さえて唸る。


「深読みしなくてもいい、自然体の相手だったんだよ。恋人であるアイツと俺の前での彼女の表情も態度も、くるくる変わって可愛いと思ってたんだ」


 ルーナが「あのね――」と言いにくそうに話し出す。「陽菜はね、男受けは良かったかもしれないけど同性には嫌われてたの。天然を装った狩人ハンターだって」

「狩人なのは知ってた。彼氏が途切れた事がないっていうのも聞いたしな。それに、俺自身都合よく扱われてたのも知ってる」

「なのに好きだったわけ?」

「そうだなあ……、駆け引きの巧さは知ってたけど、そこがまた可愛かったんだよ。調子が良すぎて憎めない、というか」


 それを聞いたルーナは深いため息を一つつくと「男って単純バカなのね」と呟いた。


「今はどうなの?」

 真っすぐな瞳で俺をみた。

「今は『セラ』でしょう? 今あんたの目から見たアリアはどう?」



 その時勢いよく扉が開いた。

 そこには話題に上がっていた彼女が不機嫌そうな表情で立っていた。


「私の名前が出るなんて……悪口ですか?」


 隣のルーナの眼が、スッと細くなる。

「突然何を言うのですか?」


「それはこっちのセリフ。 セラ様に何を言うつもり? 私とセラ様は闇の加護を持つ者同士なのに」


 どうやら聞き耳をたてたのはつい先ほどらしい。俺が一人胸を撫で下ろしていると、女同士の言い争いが始まっていた。


「私とセラは双子です。二人で何を話していても、貴女に関係はありませんよね?」

「本人の居ないところで私の名前を出さないでくれませんか? どんな話をされるか分かったものじゃない」

「……私はこの家の娘です。言葉遣いには気を使ったほうがよろしいのじゃなくて?」

「私は国の聖女候補です。聖女は等しく『女王』になれる可能性があると聞いていますが?」


 歴代の女王は「光の加護」をもつものが多かったが、長い歴史の中には「闇の加護」を持った女王も存在した。

 言い合いを続ける二人についていけない俺は、ため息をつきながらその光景を眺めた。


 内容は違えど、昔、放課後の教室でよく見た光景だ。

 陽菜が女と言い合いをしていると、必ず彼女を慕う男が入ってきて一方的に肩入れする。そして涙ぐむ陽菜を支えて出ていくのだ。


「何の騒ぎですか?」


 現れたのはファレルだった。

 そんなファレルを見たアリアは瞬時に涙ぐむ。……すごいな、涙を自在に操るなんて。

 そう感心していると、ファレルがつかつかと歩み寄ってきた。


「ルーナ! 大丈夫ですか? 何かあったのですか?」

 ファレルがルーナを抱きしめた。

 こういう事態に慣れていない俺のほうが、なんだかとても恥ずかしい。


 ファレルに伸ばしかけていたアリア手が行き場を無くしたように彷徨い、彼女の眉間には深い皺が寄る。


「ファレル……様?」


 気を取り直したように潤んだ瞳でファレルに手を伸ばしたアリアだったが、「ルーナを休ませますので」と抱きかかえて勢いよく出て行ったファレルには、涙も上目遣いも微塵も伝わらなかったようだ。


 俺の部屋に残されたのは、呆然と佇むアリア。


 八つ当たりなのか、俺をキッと睨むと「なんでですの?」と怒りをあらわにした。

「わけがわかりませんわ!」

 そう叫びながらドスドスと足を鳴らして出て行った。


 今までの武器が使えないことに、彼女も戸惑っているのかもしれない。

 だが、俺こそ「わけがわからない」だ。男だった時に見た彼女と、セラになってから目にする彼女。


 混乱しすぎてわけがわからない。


 仕方がないので、俺はひとまず右手にためた闇の加護を、自分の額にあてた。


「あ、安らぐ……」


 一人の部屋に、呟きだけが響いた。

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