第21話 晴れ後大嵐
ルーナは知っていたのだろうか。少なくとも俺は失念していた。
恋愛ゲームには、
そしてその存在に、俺はこの先悩まされることになる。
+ + +
婚約者となったジェラードに連れられ、闇の塔で彼の雑務を手伝うようになっていたある日の事だった。
民の中に不思議な病を発症したものがいる――そう噂がたった。
病といわれていたが、実際には一人の少女の「前世の記憶」が後天的に思い出された、というものらしい。そして、その記憶が鮮明になるにつれ、その髪が黒く染まっていった……と。
それを耳にした俺はその真実を調べるために、少女がいるという村へ足を運んだ。
幸いにもさほど距離のない、親父殿の治める領地の村に彼女はいた。
このあたりは農業が盛んな土地らしく、村のまわりには緑の絨毯のように広大な田畑がみえる。視界を遮るような大きな建物はなく、穏やかな風が吹きぬける静かな村だ。
領地の視察と護衛を兼ねて、と何故か親父殿もついてきたが、村の産業一つひとつを丁寧に説明しながら教えてくれたおかげで勉強にもなった。
「ここだ」
そういうと親父殿馬車を降り、村はずれにある古い木造の家の扉を叩いた。
外観から考えると、日本でいうなら、2LDKくらいの広さだろうか。このあたりではこれが平均的な大きさの家らしい。
扉から出てきて親父殿に礼を取る二人は、その少女の両親だという。
しかし、どこか疲れた様子だったのは、この世界では「前世」というものが理解しがたいものである――ということなのだろうか。
通された部屋の奥には、窓の外を眺める栗色の髪の少女がいた。
少女、と言っても、その横顔は俺よりは年上に見えたが「アリア」と母親に呼ばれて振り返った。そしてその髪は、右半分が漆黒に染まっていた。
「アリアって呼ばないで。私はそんな名前じゃないって何度言えばわかるの! そんな名前じゃないのよ……」
目の前の少女はぽろぽろと大粒の涙をながす。それを見る両親も苦しそうな表情をしていたから、二人は親父殿に任せて席を外してもらった。
俺と少女の二人きりになった部屋には、彼女が時折すんすんと鼻をすする音だけが響いた。
やがて、その音も消えたころ「前世の話を聞かせてもらえますか?」と話しかけてみた。すると彼女は「言っても信じてもらえないでしょうけど」と前置きして、ぽつりぽつりと話し出した。
「私は日本という国にいたの。そこでは結婚もしていたし、子どもも孫もいて……でも最期はひとりぼっちで死んだの。散々な人生がようやく終わったはずなのに、気づいたら知らない世界でこんな姿になっていたの」
「日本……」
俺は思わず呟いた。
まさかこの世界で、俺とルーナ以外の口からその名前を聞くとは思わなかった。
「どうせあなたも、私の事を病気だとか言うんでしょ?何を言ってるのかわからないって可哀想なものを見る目で……」
アリアの目から、止まったはずの涙が零れそうなほどに盛り上がる。
泣き顔を見たくなくて「……わかるよ」と伝えた。
「……え?」
アリアは怪訝そうな顔をする。
「お……、私も、日本で生きていた記憶があるから」
そこから話した会話は、あまり記憶にない。
彼女から教えてもらった「日本での名前」が、俺の親友の彼女と同じ名前だったことが衝撃だったから……。
「あなたは『ゆうり』というのね。私の知り合いにもいたわ。まぁその人は男だったけど……でも、だいぶ若い頃に死んじゃった」
懐かしそうに、そしてどこか寂しそうにアリアこと「
でも俺は、少しも懐かしく思えなかった。
俺たちが死んだ後、彼女はその先の人生で俺の親友を捨て、別の男と家庭を築いた――それは構わないし、理由を追求したいとも思わない。しかし、俺の名前を聞いた時、その口から出た「あの時あいつを選んでたら、地味だけろうけど少しはマシな人生だったかな」という言葉が、胸に深く突き刺さった。そんな気がした。
その後、半分とはいえ、闇の加護を強く持つ証である、漆黒の髪をもった彼女の存在を放っておくことは出来ない。そう親父殿は判断した。いずれ彼女もまた聖女候補として認められるだろう。
そしてなにより、彼女自身がこの村での生活を望まなかったことと、アリアの両親たっての願いで、彼女を我が家で教育することとなった。
闇の加護を学び、聖女として候補に選ばれても良いように、知識と所作を学ぶために。
+ + +
屋敷に戻り、彼女を客間のひとつ――つまり、彼女がこれから生活をする一室に案内する途中ルーナと出会った。
俺はルーナに「前世の記憶をもつ少女だ」とだけ話したが、その後親父殿やファレル、そしてジェラードと話すアリアの姿をみて「一目で
相手を値踏みするような視線と、媚びた笑い方が一緒だったから、と。
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