第19話 心の行方
少しずつ変化はあらわれていた。
気づかないふりをしていた。
認めたくなかったのかもしれない。
胸や腰回りが丸みを帯び、否応なく性別を意識させる。
この世界に生まれ育って13年。しかしまだ前の人生を上書きするには10年以上足らない。
いっそ過去など忘れて成長していたら、素直にこの性を受け入れられたかもしれない。
知識として知っていたそれより、まだかなり小ぶりではあるが、少しずつ膨らんでくる胸に「お前は女なのだ」と言われているようで複雑だ。
「ルーナ、これ……つけなきゃダメか?」
この世界の下着は上は背中で、下は両側を紐で結ぶ仕様になっていて、いわゆるヒモパ……自重。
男としてあの紐を外す事に憧れはあったが、日本では紐が解けない、ただの飾りになっているまがい物もあったらしい。
祐希からそれを聞いた時など、軽く絶望したものだ。
しかし、今はそれを身につけなくてはならない立場なのだ。
「あのね、年頃の女の子がいつまでも何もつけないまま過ごすことが、二次元の知識が豊富なセラならどんなに大変な事かわかるでしょ?」
「う……わかった、ちゃんと着ける」
とは言うものの、紐を結ぶのはなかなかに難しい。
「しっかり結んでおかないと、落ちるよ?」
おそろしい事をサラリと言う。俺は力の限り固く結んだ。
そして、俺は意を決してルーナに聞いた。
「なぁ、俺とジェラードは、こ……こい、恋人? なのかな?」
聞かれたルーナは、周りの時間が止まったように固まった。そうかと思えば顔面が紅潮し始め、次第に全身が震えだす。
ぶっふぅぅぅう!!
盛大な音とともに、ルーナの口から息が吐き出された。
「あははははっ、ちょっ、まって……えっへっへへへへ、今さら? 今さらそれ聞く?」
まさに爆笑状態といったルーナを見て、俺の目がすわる。
「真面目に聞いてるんだけど?」
「んふふ、ごめんごめん。でも……そっか、そこからか。だとしたら私に聞いちゃだめだよ。本人に聞きな?」
笑いすぎて涙目のままのルーナが言う。
「どうやって聞けばいいんだ? そもそも、何て言えばいい?」
「うふふ、ふ、普通に『私をどう思っていますか』とか聞いてみたら?」
俺の質問に、いちいち吹き出す様子を見せてはいたが、馬鹿にしているわけではないらしい。
「ルーナはファレルに『付き合って下さい』って聞いたのか?」
「まぁ、それらしい流れはあったよ? そもそも婚約してるから、私たちの関係は参考にならないんじゃない?」
――婚約。
確かな関係というのは、正直羨ましい。
婚約破棄とかいう不穏な存在があるのも知ってはいるが、この世界ではあまり無いらしい。
「セラはさ、今『セラ』なんだよ?もしジェラード様の前世がお父様みたいな人だったとして、今のジェラード様を嫌いになる?母様と恋人だった事はどう?」
筋骨隆々なジェラードを想像しかけたが、そんな事はありえないし、彼が昔誰と付き合っていたとしても、それは「今」の彼を構成する一つの要因にすぎない。
(――そうか、そうだよな)
言葉が心にストンと落ちた。
「納得したみたいね」
ルーナが笑う。
「うん、やっぱりルーナは凄いな」
「女歴は長いからね!」
そして俺は彼の元へ出かけた。
ルーナから、たくさんのアドバイスをもらって。
+ + +
彼の屋敷の庭園には、いつからか二脚のイスとテーブルが置かれるようになった。
大樹の木陰になっていて、この季節には心地が良い。
日本と同じ四季のある設定だったから、こうして景色の移り変わりを眺めるのは幸せだ。
穏やかな気持ちで待つ予定だったが、鼓動だけが落ち着かない。
もうすぐ会えると思うだけで、嬉しくて心拍数があがる。
(我ながら単純だな)
そんな事を考えていると、扉が開き、屋敷からこちらに向かう彼の姿が見えた。
彼は俺を見つけて、微笑んでいる。
――ドクン。
胸が苦しい。
笑顔ひとつでこんなふうになるなんて。恋心というものは、心臓に負担のかかるものに違いない。
「待たせたか、セラ」
闇の加護を持つからなのか、彼は黒衣を好んで身に纏う。
見慣れた色と見慣れた服装なのに、悔しいほどに格好良く見える。
「ジェラード、聞きたいことと、伝えたい事があるんだ」
ジェラードは軽く首を傾げながらイスへ腰掛けた。
「まず、聞きたいのは『俺が昔男だったらお前はどう思うか』なんだけど」
「男? そなたは女だとばかり思っていた。すまない、男……だったのか?」
眉間に皺を寄せ、首を捻っている。
どうやら真剣に悩んでくれているらしい。
「勘違いさせてすまない、今はちゃんと女なんだ。生まれる前の記憶が男だったら、お前は嫌か?」
「生まれる前が男であっても、動物や植物であったとしても、今はセラなのだろう? それの何が問題になるのだ?」
即答だった。
「お、お前は俺が男だと知っても、気持ち悪くはないのか?」
男の額に口づけをしたり、抱きしめたりできるのか。
そう詳しく聞いてしまいたかったが、さすがにそれは言えなかった。
拒否されること、嫌悪されてしまう事が怖かった。
俺は彼の瞳を見つめた。
ジェラードは顎に手をあて、彼もまた俺の瞳を見ていた。
ふむ、と小さく呟いたあと、彼は立ち上がり俺の側へ歩み寄った。
片膝をつき、俺の顔にその手を添える。
そして。
額に、頬に唇をあてた。
「んなっ!? じぇ、ジェラード、何を?」
触れた箇所が途端に熱をもつ。
その温度が嬉しくて、自分の手をそっと重ねる。
その様子を見たジェラードの目は優しい。
「こうしてみても、気持ち悪さは微塵もないな。むしろ――」
彼は何かを言いかけて、目をそらした。
俺は彼の唇が頬に触れた事に舞い上がっていて、言いかけた言葉に気づいていなかった。
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