第18話 成長と始まり ※女性に関する描写あり

13歳の誕生日を迎えた翌日のことだった。


 それ・・はまるで内臓が直接拗じられるような、そんな激しい痛みだった。知識としては知っていたが、まさかそれが自分に起こるとは。まさに想像を絶する出来事だ。


 顔面は蒼白になり、やたらとくらくらする上に、時折強い吐き気まで感じる。

 さらには身体の内側から溢れる不快な感覚で、立つこともままならない。

 そんな状況に混乱した俺は、真っ先にルーナのもとへ泣きついた。


「こんな時、日本あちら風に表現するなら『おめでとう、今夜は赤飯だ!』とでも言うべきなんだろうけど、赤飯なんて無いし……ともかく大丈夫、セラ?」


 ベッドに横たわる俺に、ルーナが話しかけた。

 赤飯を炊いてもらったところで、食える気が微塵もしない。


「うぇ……気持ち悪い。内臓がもげて口から出そう……」


「気持ちの悪い表現しないでよ。子供がようやく女の子になっただけでしょ?」


「女ってのはこんな痛みに耐えてたのか……ルーナを心から尊敬する。するからなんとかして」


 俺は再びルーナに泣きついた。


「私は症状が軽い方だから、そこまでつらくはないんだけど……。でも痛みや感じ方には個人差があるから、そこはなんとも言えないんだけどさ。とりあえずお腹を温めて休みなよ。ほら」


 そう言ってルーナは俺の腹に手をかざし、ほのかな光で温めた。

 光の魔力は便利だ。癒やす力だけでなく、こうして温める事ができるなんて。


 もそりと身体を動かすと、不快な感覚。


「うぁぁぁ、血が……出た……もう嫌だ」


 男の時には無関係でいられたものを、この先繰り返し味あわねばならないとは――正直絶望的な気持ちである。


「そこはもう慣れていくしかないわね。色々必要なものや使い方は教えたんだから、まぁ頑張れ。でも良かった、私は10歳の時には来てたのに、セラは全然何も言ってこないから心配してたんだ。前の性別のせいで問題があったらどうしようって」


 ルーナの唇の端がにやりと上がった。

 本気で心配してくれていた事に気付いて喜びそうになったが、そもそも俺がこうなったのはルーナのせいなので、遠慮なく光の魔力を使ってもらうことにした。


セラになったのはルーナのせいなんだから、俺もなんとか頑張ってみるけど、全力でのサポート頼むわ」


「あいあいさー!」


 ルーナはそう言いながら敬礼をして、またにやりと笑った。



+ + +


 俺のそばを離れずにいてくれたルーナだったが、今は俺一人だ。


 午後からは婚約者となったファレルと二人、デートへと出かけていった。

 横になったまま動けないでいる俺を心配して、ルーナはその予定を取りやめようとさえしてくれた。しかしファレルが宮廷での職務に就いてからというもの、二人で会える機会が減ったことを知っているからこそ、会いに行く事をすすめたのだ。


 それに少しではあるがルーナのおかげで痛みは和らいだ。だが、まだ起き上がれるほどの元気はない。

 目を開けていると、くらくらと世界が回るような感覚で気持ち悪いのだが、目を閉じたところで眠れるわけもない。


 つまり、こんな状況ではあったが正直暇を持て余していた。


 天井の四隅をなんとなく順番に眺めていたそんな時、部屋のドアが勢いよく開いた。


「セラ、大丈夫か? 欲しいものはあるか? 添い寝して歌でも歌うか?」

 そう言いながら、勢いよくベッドまで駆け寄る親父殿に続いて、母様が心配そうに歩いてくる。その手には水差しと薬を持って。


「お前も……とうとう一人前なんだな」

 何故か照れた様子で鼻を擦りながら「おめでとう」などと言ってくる。


 これは、俺の様子を詰め寄られたルーナが口を割ってしまったに違いない。

 なにもこんな面倒な親父殿に言わなくてもいいのに。


「花束でも持ってこれば良かったか? それとも甘いものか――」

 そう続けざまに言葉を吐く親父殿の背後……というか、開いた扉の向こうで軽く咳をする音が聞こえた。


 母様が暴走しそうな親父殿を視線でたしなめる。

 僅かな動作で落ち着かせるとは、さすがは母様である。


「セラ、調子はどうですか、つらいところはありませんか? ジェラードが貴女に会いに来ていますが――話す元気はありますか?」


 俺の角度からは見えなかったが、面白くなさそうな様子の親父殿が、廊下にちらちらと目線を動かしているところを見ると、やはり彼がそこにいるらしい。


「話す事は大丈夫。起き上がるのはつらいけど……」


「なら、そのままこちらに通しますね」

 そして小さく「良かったわね」と母様が微笑んだ。


 母様と親父殿が部屋を出ていく。

「絶対に扉を締め切らないように、何があるかわからないから必ず開けておくんだぞ! 万が一にも何かあったら、即俺を呼ぶんだぞ!」

 そんな、ある意味年頃の娘を持つ父親らしい言葉を残して。


(万が一って何があるんだ?)


 そう考えていると、入れ替わるようにジェラードが入って来た。


 親父殿の時と違い、部屋全体に穏やかな空気が流れるような気さえする。彼はベッドの隣に置かれた椅子に腰をおろすと、俺の頭をそっと撫でた。


「セラ、大丈夫か? 私に何かできる事はあるか?」


 瞬時に「人生で初体験の生理痛を代わって欲しい」などという残念な言葉が脳裏に浮かんだが、言ったところで叶うはずもないし、さすがに俺でも口に出すのが恥ずかしい。


「いや……実は暇だったから、こうして来てくれた事が嬉しいよ」


 それは本心だ。

 ただ最近、彼と目が合うと逸らしたくなるような感覚に襲われる。

 来てくれて嬉しい。会えて幸せなのに、二人で居ると胸が苦しい。


 でも帰ってしまったら、きっと寂しい。


 この気持ちが何なのか、その答えにはもう気づいているのに、まだ認めたくはない。認めてしまうと「男」だった頃の俺を蔑ろにしてしまうようで、まだ受け入れられずにいた。


「どうした?」


 ジェラードが俺の頬に触れる。

 いつからか、彼はよく俺に触れるようになった。


 触れられると、それだけで自分の中に鼓動が響く。

 触れた場所からその音が伝わってしまいそうで、どうしたらいいかわからなくなってしまう。

 思わず目を逸らし、紅潮していく頬の熱が冷めることを祈った。


 ジェラードは、そんな俺の様子に機嫌を損ねることもなく、ただ静かに笑っている。


(大人の余裕……ってやつなのかな?)


 俺だって元は大人だったんだから、負けたくない気持ちはある。だが、気持ちを伝える事ができた恋というのが初めてだから、どうしたらいいかわからない。


「――セラ?」


 俺が長く沈黙していたせいか、彼はどこか心配そうな表情をしていた。


「俺、ジェラードが嫌いなわけじゃないんだ。それに、こんな態度になる理由がわからないわけでもない。ただ、まだ大人じゃないのが苦しくて、悔しくて。隣に並びたいのに、それも出来なくて……」


 何を言ってるんだろう、俺は。

 そういえば、こういう時はやたら感情的になることがあると聞いた事がある。きっと、今がまさにその状態なのだろう。


「……女って、面倒臭いんだな」


 そう言うと、ジェラードが苦笑した。


「そなたも女だろう。だが、そんなセラも嫌いではない。だから今はゆっくり休むがいい」


 そう言うと、慣れた仕草で俺の額にそっと口付けをし、部屋を後にした。

 俺の好きな、くつろいだ猫のような微笑みを残して。



 こうなることを覚悟していたが、やはりジェラードの姿が見えなくなると寂しい。

 ベッドで横になりながら、彼が出ていった扉を見つめる。


 今更こんな事を聞いたら困らせてしまうかもしれないが……俺たちの関係はなんだろう?


 俺たちの間に、いわゆる「付き合って下さい」「はい」のやり取りがないまま、距離だけが縮まってしまった。

 三次元での恋愛経験がない俺には、現実のお付き合いというものがよくわからない。漫画やゲーム、映画やドラマでは、付き合いを始める言葉があったはずなのに。


 もしかして、それがなくても、お付き合いはできるものなんだろうか。


 こんな初歩的なことで躓くなんて……ルーナには情けなくて聞けないし、母様に聞くのは恥ずかしい。そして口が裂けても親父殿にだけは言いたくない。もちろんジェラードに本人に聞くのは言語道断。返ってくるであろう答えを聞くのも怖い。


 考えているうちに、またくらくらと世界がまわる。


 いつかは俺も、彼に触れたくてたまらなくなる、そんな日が来てしまうのだろうか――目を閉じ、その姿を鮮明に思い描いてしまい、ひとり赤面した。

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