第15話 地震、雷、火事、親父殿
朝の光が瞼を刺激する。
ぼんやりと目をあけると、正面にジェラードの顔があった。
「うおっ!!」
思わずからだが跳ねそうになったが、全く動かないところをみると彼にがっちりと抱きしめられているらしい。
いわゆる抱き枕状態である。
明け方近くまで思いつくままに話をしていたせいか、ジェラードの眠りは深い。正直、動けないこの状況も暇なので、ここぞとばかりに観察することにした。
艶のある髪はもちろん睫毛の長さ、肌の白さときめ細やかさ。真っすぐに伸びた鼻梁に、少し薄い唇。ただ眠っているだけなのに、攻略対象キャラというのは絵になるのが羨ましい。
しみじみ眺めていると、ばぁんと激しい音をたて、勢いよく扉が開かれた。
――嫌な予感しかしない。
大き過ぎる音のせいか、隣のジェラードがむくりと身を起こした。
そしてその横にいるのは、俺。
やはり、とは思ったが案の定扉の前で立っていたのは、わなわなと震える親父殿。
「……ジェラード、貴様。俺の娘と一緒に寝た……だと?」
ジェラードは涼しい顔で俺をちらと見た。
「……そのようだな」
覚えているくせに、しらっと答えるジェラード。
「たとえお前でも嫁にはやらん! 誰であってもだ!!」
鬼のような表情の親父殿がつかつかと歩み寄り、ベッドに居た俺を抱え上げた。
「お、親父殿!? 落ち着いて」
「落ち着けるか!! 俺の大事なお姫様が他の男と寝ている姿をみせられて、落ち着けるわけないだろう。俺だってこの数年一緒に寝てもらえないのに!」
怒る理由はそれか。
昨日の姿を見たからか、親父殿が普通で良かった。心からそう思った。
「と、ところで親父殿、そんな事より母様の様子はどうなんだ? 少しは落ち着かれていると良いのだけれど」
そう問うと、親父殿は俺をそっとおろした。
「今は……光の塔で深く眠っている。あの後も長く混乱していてな、陛下がお力を貸して下さったんだ。陛下の祈りで、しばらくセシリアは眠り続けることだろう。セシリアには休息が必要だ」そう寂しげに言う。
それを聞いたジェラードもまた、「そうだな」と頷いた。
陛下の力は母様やルーナと同じではあるが、それ以上に強い光の加護だ。光は民を公平に照らす。そして尊い癒やしの力でもある。
その力を妹である母様のために使ってくれたのだ。
ルーナもゲームの流れとはいえ、いつか陛下の歩んだ道と同じ『光の聖女』になるのだから、ゆくゆくはこの国の王に選ばれるのだろうか。
「ともかく」と親父殿は力強く言葉を続けると「お前に娘はやらん!」そう宣言し、再び強く俺を抱きしめた。
「あいだだだだっ、強い、力が強いっ! 折れる!!」
内臓ごと潰されそうになりながらも、どうにか俺は親父殿の腕から脱出することに成功した。
「あのな、親父殿! 俺には俺の人生がある。親父殿には母様がいるんだから、俺のことは気にするな。俺は、そうしなくちゃならない時は自分の意思で相手を決める!」
「そんな事より、ずっと考えていたんだが――セラ、お前もそろそろ年頃になるわけだから、親父殿なんて可愛げのない呼び方をやめて、可愛い声で『お父様』と呼べ、お父様と!」
わかっていたが、こういう時の親父殿とは全く会話にならない。
「ヴァルター様、そこではなくセラが自分を『俺』と言っている事を気にした方がいい。貴方の自由すぎる言葉遣いが、そのままご息女に遺伝しているかのようだ。貴方の事は今も尊敬しているが、そこだけは直した方がいい。貴方も、もう、家族をもつ父親なのだから」
そう言って、ジェラードは俺のそばへ歩み寄る。
「まぁ、言葉遣いが直らなかったとしても、セラと共に生きるのも楽しそうではあるが」
そうヴァルターに向けてにやりと笑う。
「貴様っ!!」
ヴァルターは俺を取り返そうと近寄ったが、俺もまたジェラードの背後に隠れる。
しばらくの間、そんなくるくるとした平和な追いかけっこが続いた。
+ + +
屋敷に戻ると、ルーナとファレルが待っていた。
「ルーナ、ファレル、昨日はありがとう。もちろん親父殿もだけど、来てくれたおかげで助かったよ」
「いいえ、私はお母様が不安定になられた理由に、なんとなく気付いていたのに、それをセラやお父様に言わなかった。こんな事になるなら、ちゃんと話してみれば良かったね……ごめん」
「また母様が落ち着いたら、教えてくれるか?」
「ええ。多分、セラは知っておいた方がいいと思うし」
今はただ、母様の心が穏やかになるまで、静かに休ませてあげたい。
それから俺は、二人に今までの事を全て話した。
「僕は誤解していたのですね」
ファレルはその「誤解」にあたる部分を教えてくれた。
セシリアを慕う者たちの間で噂になっていたのは、こういう話だ。
かつてセシリアとジェラードは恋仲であった。
しかし、突如ジェラードがセシリアに対し、冷酷非道な振り方をする。
傷つき悲しみにくれたセシリアは、魔族が溢れた闇の塔へ光の魔力の全てを注ぎ込み、自らの存在ごと厳重な封印を施した。
しかし、炎の加護を持つヴァルターが、その魔力で魔物を抑え込みセシリアを救い出す。
そんな二人が幸せになるのを妬んだジェラードは、あてつけに闇の塔での貴重な職務の全てを放棄し、若くして隠者となる道を選んだ。
そしてその事に、再びセシリアは心に深い傷を負った。
――というものである。
それを聞けば、確かにわだかまりも生まれるだろう。
だけど。
「確かに色々あったけど、ジェラードはそんなヤツじゃない。不器用すぎる部分はあるけれど……それはわかってもらえますか?」
まずはファレルの誤解を全て解きたい。
彼も、ルーナと俺にとって大切な人だから。
「もちろんです。会える機会があったらその時は謝罪するつもりです」
「謝る……って、先生が誤解していた事をジェラードは知らないのに?」
「ええ。出会う前からそんな風に思ってしまっていた事を謝罪して、改めて関係を築いていけたらありがたいですね。僕も、知識としての闇の魔力には興味もありますし」
隣でルーナが微笑みながら頷いた。
そんな笑顔が出来るようになったのかと驚いたが、それは口に出さずにいようと思う。
きっと、この素直さが、ルーナが彼を好きになった魅力の一つかもしれない。
そう思った。
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