第14話 脈動

 俺は何も出来なかった。


 あんな大変な時にもかかわらず、また、見ている事しかできなかったのだ。



 ドクン、と胸に強い痛みが走る。



「あんたって、八方美人だよね」



 声がした方向をみると、そこには好きだった彼女の姿があった。

 何度も「褒め言葉じゃない」と叱られたけれど、少し垂れた目がまるで眠そうな狸みたいで、本当に可愛いと思っていた。


 鈍い俺にとって、見た目以上にハッキリと物を言う彼女の存在はありがたかった。


 口から出る言葉のすべてが本心なのだと、そう思えたから。



 そんな彼女が怒ったようにいう。



「そうやって中途半端に生きてるから、どこにも居場所が無いんだよ」



 やめてくれ。



「私さ、あんたは私の事が好きなんだと思ってた」



 俺は耳を塞ぐことも許されず、なおも彼女は言葉を続ける。



「あんたは親友かれも私も、結局選べなくて。だから、こうして距離が離れちゃったんだよね」



 傷付けたくなかった。

 壊したくなかった。


 大切だったから動けなかった。



 それが、余計に二人を傷付ける結果となる事が、あの時の俺は気付けなかった。




+ + +




 ベッドの横に置いた椅子に座り、眠る彼の姿を見ているうちに、気づけば俺も眠っていたらしい。



 状況は違えど、ジェラードのそばにいる時の俺はよく眠っている気がする。彼のもつ加護には安眠効果でもあるのだろうか。



 目が覚めて部屋を見渡したが、当たり前のように彼女はいない。


 なぜか、ホッと胸を撫で下ろした。



(今、何時なんだろう)



 部屋の明かりは消え、窓から入る月明かりだけが、俺とジェラードを青白く照らしている。


 幸せな記憶もあるはずなのに、夢にみる過去はいつも痛い。



「俺は、どうしたら良かったんだろうな」



 ため息とともに吐き出した言葉が、部屋に虚しく響く。



「好きだと伝えたら、結果は変わっていたのかな」


 しかし、彼女に伝えた言葉で親友あいつを傷付けたとしたら、それもまた、苦しい。



 眠るジェラードの表情は穏やかだ。

 その顔を見つめながら、俺は呟いた。



「俺は、親友も彼女もどちらも好きで、結局動くことは出来なかった。もちろん今も後悔はある。だけど、きっと繰り返してもそれ以上の選択は出来ないと思う。ジェラード、お前はどうだ?」



 ぽすっと彼の胸に顔を埋めた。

 とくん、とくんと彼の鼓動が聞こえる。

 人の心音というのは、何故か不思議と心を落ち着かせてくれる。



 その時、眠っていたはずのジェラードの手が動き、俺の頭を抱いた。



「……先程も言ったが『俺』というのははやめた方がいい。ヴァルター様はともかく、そなたは幼くとも女なのだから」


「目が覚めたのか?」


「そなたの独り言が大きくてな」


 そう言って、ふっと笑った。


「今は、夜だ。俺がここにいるのは夢だと思ってくれてもいい。俺でよければ、母様への気持ちを吐き出してもいいぞ?」


 その言葉が彼にどう届いたのかはわからない。しかし彼はぽつりぽつりと語ってくれた。



 彼にとって母様との恋が初恋だった事。


 恋敵となる前からヴァルターの存在を知っていて、陛下に仕えるその姿を見て憧れていた、と。


 過去の事件――いわゆる前作のゲームの山場である「聖女の力に目覚めた乙女セシリアが、溢れる魔族を封印するために、闇の塔へ行く。その相手パートナーを選ぶ」という場面で、セシリアはヴァルターを選択したこと。


 ヴァルターの実力や人柄は知っていたから、そこが悔しいわけではない。


 セシリアにとって、自分では相応しくなかったのならば仕方がないと受け入れたが、それでも恋人であった僅かな時間はなんだったのかと虚しさが残った。


 彼もまた、ヴァルターとセシリアが大切だったからこそ、全ての感情を一人で飲み込もうとしたのだ。


 時間が癒やしてくれる事を信じて。



 それを聞きながら、俺は泣いていた。ゲームを淡々と進めていた時には、画面の向こうのどのキャラを選んでも物語に胸が痛むことはなかった。だけど、この世界で生きている彼と出会ってしまったら。彼を知ってしまったら……。


傷つきやすく、不器用なジェラード。きっと、彼と俺は似ている。


 一人傷を癒そうとしていた彼の前に、母様に似た俺があらわれ、彼の心に小さなヒビを入れた。


しかし彼は俺をセシリアの娘ではなく、「セラ」として受け入れてくれた。



 その日々の中、母様が何故か徐々に不穏になり、あのような行動にでた。きっとそれもまた鈍い俺が、知らず母様も傷つけていたのだろう。


 そしてまた、彼を深く傷付けた。



「ごめん、ジェラード」



 ジェラードが、あの日の俺と重なる。


 どちらも大切で、動けないから、どこにも居場所がない。



「でも、一人にだけはならないで欲しい」



 一人で受け止めるには、あまりにも痛い。


 俺の頭を抱きしめるジェラードの手が離れ、彼はベッドから上半身を起こした。


 そして、するりと俺をベッドに引き上げた。


 力を入れたからなのか、腹を抑えながらその表情が歪んだ。



「……痛い、な」


 そういえば、親父殿が何か技を入れていたな。


 それをジェラードに伝えると、彼は苦笑した。



「ジェラード様が拳を使ったなら、この痛みも頷けるな。相変わらず容赦がない」



 そう言って伸ばされた手が、遠慮がちに、俺をそっと引き寄せた。



「――正直なところ、これがどういう感情かはわからない。だが今は、先程のセシリアの姿を思うより、今ここにいるそなたの涙のほうが、痛い」



 気づけば、俺は彼の腕の中にいた。


 あたたかくて、優しい。


 胸が掴まれたように苦しいのに、それでいて柔らかくて甘い。



 どうしよう……この状態が嫌ではない。


 友情なのか、師弟愛なのか、それとも――。



「もし――だけどな。俺が、この先誰かを選ばいといけない時が来たら、その時はジェラード、あんたを選んでいいか?」


 そんな言葉がするりと口からでた。


 一瞬の間を置いて、ビシッという音と頭頂部に鈍い痛みが走る。


「んなっ!?」


 直角に手刀をくらったようだ。


「そなた、少々口が悪いのではないか?前にも言ったが、立場ある家の娘なのだから、『俺』は直したほうがいい。あと、仮にもそなたに魔力を教える師となった私に対して『あんた』はどうかと思うのだが……」


「だからって今このタイミングで言うことか?それに手刀はどうかと思うぞ? かなり痛かったんだけど……」



 続けてビシッビシッと手刀の雨が降る。


「魔力の勉強云々の前に、そなたの口調をなんとかせねばならぬな」


「やろうと思えば出来ないわけじゃないんだから、二人でいる時はくらい見逃して見てくれてもいいのに」


 そんな話をしながら、俺達は小さな声で笑いあった。


 七歳の俺が言った言葉を、彼がどう受け止めたかはわからない。


 だけど俺は俺のまま、ジェラードといられたいい、そう思った。




 腕に優しく抱かれたまま見た月は、何故かやたらと綺麗に見えた。

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