第12話 穏やかな時間の先

 ジェラードの屋敷についた俺は、そのまま庭へと案内された。



 彼と初めて会った庭園。



 沢山の青い花に囲まれた庭の木陰で、木に背を預けたま彼は午睡していた。手元にはいくつかの本が置いてあるところを見ると、随分と穏やかな時間を過ごしていたのだろう。


 どうしたものかと思ったが、せっかく穏やかな表情をして眠っているのだから、起こすのも申し訳ない気がして、目覚めるまでのんびりと待つ事にした。



 彼の家の者に起こさないでもらえるよう頼むと、置いてある本の中から適当な本を数冊選び、眠るジェラードの隣に腰をおろした。


 お茶と焼き菓子まで用意され、まるでピクニックのような気分を味わいながら読書をする事にした。



 さて、どれを読もうかと広げた時、一冊だけタイトルも作者も書かれていないものがあることに気がついた。


その異質さになんとなく惹かれて、俺はそれを読む事にした。




 それは、どこにでもあるような恋の物語だった。


 少年が一人の綺麗な少女に出会い、恋をする。幸せな日々の中、少女を誘惑する妖艶な悪魔に出会い、気づけば攫われてしまう。


 少女や悪魔の描写がとても丁寧に描かれていた。



 鈍い俺でも読み終えた時にはなんとなく気付いた。少女の描写が、母様に酷似していた。つまり、これは、もしかして……いわゆる自作小説かと。


 彼は忘れられない恋を、物語へと書きだしたのだとしたら。


 であるならば、俺がこれを読んでしまった事がバレたら正直マズイ。



 もし俺だったら、目の前で、自作の甘酸っぱい恋愛物語を読まれるなんて、恥ずかしくて憤死しそうである。


 なんとか彼が目覚める前に、元あった場所に戻さねば!!


 そう思い、急いで立ち上がろうとした。


 しかし、焦りがミスをよぶ。ふわりとしたスカートの裾を手で抑えたままで立ち上がれるわけもなく、大きく体勢を崩してしまった。



 ――そう、まるで、彼の胸に倒れ込むように。



「う……」


 そう言って、彼が苦しそうな表情で目を開けた。


 彼にしてみれば、居ないはずの俺が突如あらわれ、さらには至近距離で横座りしているような状況だ。

 それに気付いたジェラードは、目を見開いた。



「……セラ? そなた何故ここに?」


 ですよね。


「いや、その、会いに来たら……眠っている姿が見えて、つい?」


「眠る相手の許可もなく、突然膝に乗るのか……立場ある令嬢が?」



(めずらしく目が据わってる)



「乗りたくて乗ったわけじゃなくて、転んだというか。それに、寝顔は見たけど襲うつもりとかは全くなくて、そうだ出来心!! 出来心で」


 あわあわとしながら言えばいうほど胡散臭い言い訳になる。


 それをしばらく黙って聞いてたジェラードが、突然吹き出した。



「……くっ、あはははは! わかっている。そなたは悪さをするような性格ではない。ただ、どのような言い訳をするのか聞いて見たかったのだ」


 ジェラードは俺をそっと持ち上げて隣におろしてくれた。


 優しい。が、意地悪にもほどがある。


 だけど、こうして笑顔でいてくれることが嬉しかった。




 しかし、その笑顔が消えた。彼の視線は俺の手に注がれている。


「――それを、読んだのか?」


 ジェラードの声が低い。そして表情は真顔だ。


「ジェラード様を起こすのも申し訳なかったので、手近にあった一冊をお借りしたのです。いけませんでしたか?」


 こうなったら笑顔で上目遣いだ。


「童話のような切ない恋の物語でした……」


 あくまで、この話のモデルは知らぬ存ぜぬで通すしかない。


「――そなたが、その物語の主人公ならば、どうする?」


 突然の問いかけ。


 彼の意図はわからないけれど、俺ならどうするだろう。

 好きな相手を、自分では敵わないような相手に奪われて。


「そう、ですね。俺は、見ている事しか出来なかったからいつまでも『後悔』が残っている。今、もしその時をやりなおせるなら、全てを伝えたい。だから、そうだな。彼女を奪い去られる前に、悪魔と向き合ってみる。そして少女に精一杯愛を伝えて……引き留められるかはわからないけれど、ちゃんと足掻きたい」


 不思議そうな表情のまま、ジェラードはさらに問う。


「まるで、恋でもしたことがあるような口ぶりだな。それに『俺』とは」


 しまった! ――そう思ったが。


「そなたの父の影響か? 彼の口調をそなたが真似るのはどうかと思うが……」


 そう誤解してくれたおかげで、言い訳がひとつ減った。


「恋は、そう、物語の中でしたことがあります。沢山の恋物語を読むと、知らず恋に似た気持ちになりませんか?」


 質問で彼へと返す。


 彼が書いたであろう本を手渡しながら、その顔を窺った。


 自然と見つめあい、まるで目が合ったかのように見えるが、彼の瞳に俺はいない。こういう時は、彼は俺ではない女性をみているのだ。――俺とよく似ていたという最愛の。


「……セシリア?」


 彼の顔に、突如驚愕の色が浮かぶ。


 その視線は俺の背後の一点を見据えた。


 振り返ると、いつから、どうやって来たのか。華やかな青い花を一輪耳に飾った、美しい母様がいた。


そしてこちらを振り向くと、微笑んだ。




 その顔は、いままでになく慈愛に満ちていた。

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