第11話 羊のフリをする狼 ※ルーナ視点

 今日ばかりはセラを褒めてやりたい。


 それほどまでに、あの鈍いセラが的確に空気を読んだ。



 私がファレルに対し、街への見学を口実にしてデートに誘ったのだと気付いたらしい。



 子ども相手だからか、当のファレル自身は私の気持ちに全く気付いていない様子だけれど。



 七歳の私の歩幅にあわせ、ゆっくりと隣を歩くファレルを見上げた。


 いくらお母様に似て美しいと賞賛される私でも、この年齢で彼の恋愛対象になるのは難しい。


 事前情報を見た時「二番目に好きだから最初に落とそう!」と攻略できる日を楽しみにしていた対象キャラクターだった彼に、早々に会えた事が本当に嬉しかった。


 正直なところ、現実リアルとしてこの世界で安定して幸せを考えるとしたら、これから会うであろう一推しのキャラクターではなくファレルが一番だ。


 そんな打算を含みながら、迷わず彼を選ぶつもりでいた。だが、中身を知るほど、それ以上に自分が惹かれていくのがわかる。



 いずれ出てくる推しキャラと会う前なのに、すでに心は彼推しへと変化している。



 ちなみに、私はセラと違って攻略情報は有効利用するタイプだ。


 せっかくこの世界に必要な知識と情報を持って生まれ変わったのだから、全力で幸せな未来を求めたって良いはずだ。



 ――さて、仕掛けるか。



 街への道は長い。


 休憩を兼ねた偶然を装い、必然的に立ち寄った湖は誂えたかのように、人影はない。



 散策しながら、ファレルの手にそっと自分の手を伸ばす。


 まだ躊躇う年齢でないのを利用して、彼と手を繋ぐ。




「どうしました? ルーナ。お腹でも空きましたか?」



 はい、鈍感。


 鈍いにもほどがある。


 私たちが主人公ヒロインとして活躍する頃には、宰相となっているはずの彼。そのファレルはこんなにも鈍いキャラだったのね。



「違います、先生。好きだから手を繋ぎたかったんです」



 そう言って必殺の上目遣いと微笑みのコンボを決めた。

 直球で気持ちを伝える素直さも子どもの魅力なのだ!



「ありがとう、僕も好きですよ」



 さらりと笑顔で受け止められた。


 これはあれだ「私は猫が好きです」「はい、僕も好きです」的な感覚か。


 鈍感相手には仕方ない、ならばもうひと押し!



「あのね、みんなには内緒の話があるから、少しだけだけお耳を貸して下さいな」



 そう言って、彼の服を引っ張る。

 ファレルは身を屈め、私の唇の近くに耳を近づけた。

 私は彼の顔にそっと触れると――。



(くらえ!!)


 その頬に唇をあてた。

 鈍い相手が気づくまでの間、唇は頬から離さなかった。



「な、ななななな何してるんですか、ルーナ!」



 一拍どころかゆうに三拍以上おいて、ようやく何をされたのか気付いたのだろう。


 私の唇が触れた場所に手をあてながら、ファレルが一歩下がる。

 周りに視線を彷徨わせているところをみると、誰かに見られていないか気にしているらしい。



 乗ってきた馬車や家のものたちからは離れているし、ここには人が立ち寄った形跡すらない。


 そんな配慮、しないわけないのに。



「ふふふ、こういう意味で大好きです」



 乙女ゲーム、少女漫画、ハーレクインに恋愛映画! 持てる知識を総動員して導き出したワザなのだから、少しは効くといいのだけど。



 真っ赤になって口をパクパクさせていたファレルが、目の前で二度深呼吸をした。



 そんな彼が一歩近づく。


 そして、ふわりと私の背に手を回した。



「まったく、突然何をしているんですか。こんなに可愛らしい告白を受けたのは初めてです」



 赤い顔のまま、嬉しそうに破顔した。


 まて、むしろ「何をしているんですか」はこちらのセリフだ。


 ワザを返されるなんて想像もしていなかったし、祐希まえの時は、いわゆる彼氏いない歴=年齢=享年の喪女(もじょ)だったから、こんな場合の返しが思い浮かばない。


 冷静さを取り戻せば二次元の知識も浮かぶのだろうが、ファレルの香りが――その香水のような優しい甘さが肺どころか脳にまで入ってしまったようで、思考も身体も硬直し、うまく呼吸することさえ出来ない。



 こんな無様な姿、セラには見せたくない。


 抱きしめられた事が嬉しすぎて、何故か彼の胸……より少し下、むしろ腹で泣いてしまったことだけは二人の秘密にしてもらおう。そして、未来のヒロインを抱きしめた罰として、彼の妻の座は私のために空けておいてもらわねば。


 どこか照れたような笑顔のまま慰めてくれる彼をみて、そう心に決めた。



 ちなみに、泣きすぎて目が腫れたため街へ行くのは断念したけれど、そのぶん湖のほとりでのんびりと過ごせた気がする。


 屋敷に帰り着いた時、少し目を腫らした私を見たお父様の笑顔が固まり、隣に立つファレルを見る瞳がまるで猛禽類か獅子のようで、ちょっとだけ面白かったのも内緒だ。

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